閑話 エイブレムの過去・中編
俺は莫大な報酬金に目がくらむと、すぐ王都を飛び出し、辺境の地へと向かった。
辺境の地へは一度も行った事はなく、噂でしか耳にしたことはない。
道中にある町などで軽く休憩をとりながら、3週間かけてようやく辺境の地へとたどり着いた。
俺は辺境の地を実際に街を目の当たりにし、その姿に驚愕した。
噂では聞いていたが、これはすげぇ・・・王都並みじゃねぇか。
多くの人が行きかう街の門から離れ、人通りが少ない山の中へ姿を隠すと、街の周辺を巡回している警備兵の目を盗み、辺境の地へと侵入した。
俺は依頼書を片手にまず下見へと向うと、ターゲットがいる領主の屋敷はすぐに見つかった。
繁華街から少し離れた丘の上にひときわ目立った大きな屋敷だ。
屋敷の門から丘のふもとには隠れるような場所はなく、屋敷の裏側には要塞だろうか、高い壁が建設され、簡単には近寄れなくなっていた。
俺は警備騎士の視覚を利用しながら、正面の門を超えてみたが・・・
それでもまだ本宅はまったく見えない。
今日はここで引き返すか・・・。
俺は繁華街へ戻ると、情報の集まる酒場へと足を向けた。
酒場で情報収集を続けること数週間、ようやく屋敷の見取り図を手に入れることができた。
そして月が隠れた真夜中に、警備騎士が歩き回る庭の中を俺は足音を殺し、ゆっくりゆっくりと屋敷へ接近していった。
どれぐらい歩いただろうか、額には汗が流れていた。
くそっ、広すぎだろう・・・。
しばらく歩いていくと、ようやく屋敷の姿が確認できた。
俺は警備が手薄な部屋を見つけると、そっと窓のカギを開け忍び込んだ。
忍び込んだ部屋を出ると、メイドが目の前に立っていた。
恐怖の表情を浮かべ、叫び声を上げようとしたメイドの背後に素早く回ると、気絶させた。
気絶させたメイドは部屋へと運び込み人目につかないように隠しておいた。
あぶねぇ・・・。
俺は真っ暗な廊下を慎重に足音を殺し進んでいくと、誰に会うことなく目的の場所へと到着した。
はぁ、さっさと済ませるか。
相手は子供しかも女でお嬢様ときた、まぁちょろいだろう。
俺はフードを深くかぶると、カギのかかった扉をあっさりと開けた。
そこには俺に背を向けスヤスヤと寝息を立てる少女がいた。
俺はゆっくりベットへ近づくと、寝入っている女の横顔を覗き込んだ。
軽くウェーブのかかった淡い赤色髪に、整った顔立ちをした少女だ。
綺麗だな・・・。
しばし見惚れていると、女がモゾモゾと動き始めた。
殺すには惜しいが、これも仕事だ。悪く思うなよ・・・。
俺は懐からナイフを取り出すと、彼女の首の真上へとかかげた。
その瞬間女が飛び起き、俺の首元へナイフを突きつけた。
俺はナイフを振り払い女を抑え込もうとすると、目の前に強い意志を持った美しい瞳がじっと俺を見つめていた。
フードからチラッと見えたその瞳に囚われるように、俺は動くことができなくなっていた。
彼女は小さく震えている手で、ナイフを俺の首へと近づけると、そっと囁いた。
「ねぇ・・・私が倍の金額で雇うからその剣先をしまってくださらないかしら」
この状況でとんでもないことを言い出した女に、あまりの驚きに固まっていると、女はゆっくりと俺のフードを取った。
寝ているときも美しかったが、起きてニッコリと微笑む姿は、不思議と俺の心を満たしていった。
そうして俺は嬢さんの密偵となった。
彼女は別に私の仕事一筋じゃなくていいわと言っていたが、なぜか俺はもう暗殺者の仕事を引き受ける気にはなれなかった。
俺は嬢さんの密偵になるとすぐに隣国へと足を運び、嬢さんの暗殺依頼をした貴族の元へと向かった。
貴族は俺の姿を見ると、怯えた様子を見せ、外に待機しているであろう護衛騎士たちを呼び寄せようとした男の首へナイフを突き刺した。
血を噴き出しながらゆっくりと倒れていく男を見据えると、すぐにフードを深くかぶり部屋を後にした。
そして俺は嬢さんの元で密偵としての仕事をこなしていった。
必要な情報を見つけ、嬢さんの期待に応えるように仕事をこなす中、頻繁に屋敷へと侵入してくる輩を排除し、嬢さんの安全を確保していった。
そんな生活が続く中、
「嬢さんは人殺しの俺が怖くないのか?」
嬢さんニッコリと微笑みを浮かべると、まったく想像もしていなかった返答をしてきた。
俺はそんな嬢さんと一緒に居たい、守りたいと次第に強く思うようになっていった。
嬢さんの日々の様子を遠くから観察していると、嬢さんの周りには多くの人が集まっていった。
日の光が当たる場所でいつも嬢さんの隣に居れる存在を羨ましく思った。
俺は闇の中でしか生きられないから・・・。
そんなある日、嬢さんは、
「エイブレムの事、私の仲間たちに話してもいいかしら?」
そんな事を聞いてくる彼女に目を丸くした。
俺を紹介するだって・・・?
ダメだ、嬢さんの周りには彼女を大事に思っているやつらばかりだ。
俺のような存在が彼女の傍にいるとわかれば・・・きっと俺を排除しようと動き出すだろう・・・。
「ダメだ・・・」
彼女は驚いた様子でクリッとした大きな瞳で俺をじっと見据えると、
「そっか、わかったわ。」
彼女は少し寂しそうに微笑みを浮かべていた。
ある日彼女が舞踏会へ参加する為、馬車で隣町へと移動している道中、何者かに襲われた。
襲ったやつらは、用意周到に彼女を襲う前に守っていた騎士や従者を引き離し、少人数になった馬車へ乗り込むと、彼女を素早く連れ去ったのだ。
少し離れた場所から一部始終を見ていた俺は、すぐに彼女の後を追いかけた。
けもの道を彼女を抱えたまま移動する数人の男たちの後を追いかけていくと、馬車が見えた。
あれで、嬢さんを運ぶつもりか・・・。
俺は先回りするように馬車へと向かうと、あいつらには見えないように馬車の陰に隠れた。
「膨大な報酬額にしては楽な仕事だったな。」
「兄貴!引き渡す前にちょこっと味見してもいいか?」
リーダーのような男にバシと殴られた子分のような男は不貞腐れた表情をしていた。
肩に担がれた彼女は声を上げることも、暴れることもなく大人しく運ばれていた。
意識がないのか・・・?
馬車に近づいてくる男たちをじっと待ち構えていると、突然大人しく担がれていた少女が肩から飛び降りた。
男たちは驚いた様子を見せるがすぐに、飛び降りた少女を囲うように追い込んでいく。
「なぁ、大人しくしてろ。痛い目にあいたくないだろ?」
リーダーのような男はナイフを彼女にちらつかせると、嫌な視線を向けていた。
しかし彼女は怯える事無く、着ていたドレスの裾を徐に持ち上げると、太ももからナイフを取り出すし、勢いよくドレスのスカートを切り取った。
「ふぅ、これで動きやすくなったわ」
そうこちると、ナイフを構え戦闘態勢にはいる。
嬢さん・・・まさか一人で5人の相手をする気か?正気じゃない。
俺は慌てて馬車から飛び出すと、彼女がリーダーの男に切りかかるところだった。
彼女の勇ましい瞳の中に、わずかに怯えが見えた気がした。
俺は少し離れた場所にいた男の背後に、音を立てずに静かに近づくと、首を切り落とした。
嬢さんは小さい体だが体格のいい男をねじ伏せ、形勢は優勢だ。
そんな二人の様子に、彼女に襲い掛かろとする男の胸に俺はナイフを投げた。
こちらに気が付いた男2人が慌ててナイフと取り出し俺に向かってくるが、それを軽くあしらい首を切り落としていく。
4人の雑魚を倒した俺は嬢さんに視線を向けると、嬢さんがリーダーのような男に馬乗りになり、ナイフを掲げているところだった。
嬢さんさすがだな、早く突き刺しちまえ。
しかし嬢さんはナイフを掲げたまま固まっていた。
よく見るとその手は震え、勇ましかった瞳に恐れや恐怖がより濃く見える。
リーダーのような男はそんな彼女の様子に、ニヤリと微笑みを浮かべると、隠しもっていたナイフを取り出し切りかかった。




