閑話 エイブレムの過去・前編
残酷な描写があります。苦手な方はお気をつけ下さい。
俺が見ていたのは、真っ赤に染まった血だらけな世界だった。
幼少期から小さなナイフを持たされると、毎日毎日人を殺す術を学んだ。
ある程度人を殺す方法を身に着けると、両親は殺しの依頼を俺にさせるようになった。
他の子供がどうなのかはしらないが・・・それが俺にとっての日常だったんだ。
父さん、母さんとも暗殺を生業としていた。
父さんは俺が生まれるとすぐに、右手にナイフを持たせたらしい。
俺が物心つく頃には、人を殺す術を教えられ、俺が5歳になった日初めて人間を殺した。
父と母は簡単な殺しの依頼を引き受けると、5歳の俺に依頼書を手渡した。
字の勉強をしていなかった俺は父に依頼書を呼んでもらい、殺すターゲットを理解する。
殺すのは貴族の年老いた爺さんだった。
まだ幼かった俺にはピッタリな仕事だったんだろう。
俺はさっそく殺しをしに外へ飛びだそうとすると、父は小さな俺の手をとり引き留めた。
「これを着ていきなさい。」
手には子供用の黒いフードが付きローブが置かれていた。
俺は父の突然のプレゼントに驚きながらも、急いで真っ黒なローブを頭からかぶった。
夜の街を軽やかに進み、目的の屋敷へと到着した。
俺はカギがかかっている窓を素早く開けると、ベットで寝息を立てる爺さんの顔を確認した。
こいつだな・・・。
そして俺はナイフを爺さんの喉元へ持っていき、勢いよく首を掻っ切った。
血が噴き出し、父にもらったローブが血だらけになっていく。
顔にも血が飛び散り、視界が赤く染まっていった。
俺はベットに横たわる爺さんに目を向けると、赤く染まった血の海の中静かに眠っていた。
家に戻ると父さんは俺の頭を優しく撫で、母さんは嬉しそうな顔で豪華な夕飯を作ってくれた。
明るい表情を浮かべる二人の様子に俺は嬉しくなった。
久しぶりに家族団らんで食事をとっていると、母が懐かしむような視線で話し始めた。
「私の主はね、素晴らしい人だったのよ。あなたもこれからどんどん暗殺術を磨いて、立派な主を見つけなさいね。」
主・・・?
母の言葉を理解できなかった俺は、じっと母の綺麗な笑顔を見つめていた。
それから俺は字の勉強を始め、自分で依頼書を理解できるようになると、率先して殺しの依頼を引き受け、次々とこなしていった。
俺らの仕事は太陽が昇り始める朝に眠り、太陽が沈み始める夕方に起きる。
殺しの訓練も、暗殺も夜にならないと始まらない。
そんなある日俺は太陽がまだ高い位置にある頃に目が覚めた。
ふと眩しい光がかすかに差し込む窓へと近づき、隙間から外を眺めると、楽しそうに外で走りまわっている同じ年ぐらいの子供たちを見つけた。
楽しそう・・・、何してんだろう?
それから俺は毎日親には内緒で、お昼時に窓から子供たちを見ることが日課となった。
次第に自分も混ざりたいと思い始めると、俺は親が寝静まっている寝室を抜け、外へと飛び出した。
「ねぇ、僕も一緒に遊んでいい?」
子供たちは笑顔で俺を受け入れてくれた。
遊ぶ輪の中で俺は父に教わった暗殺術を、子供たちに見せてみた。
子供たちは感嘆とした表情を浮かべ、楽しそうに笑ってくれた。
俺は調子に乗ってナイフを何度も振り回していた。
何度も昼に家を抜け出し、子供たちと遊んでいると、俺の振り回していたナイフが幼い少女にあたってしまった。
少女の腕から血が流れ、痛みで泣きわめき始めると、異常を感じた街の大人たちが集まってきた。
血の滴るナイフを持った俺を、大人たちは蔑むように見据えていた。
集まった大人たちは俺から素早くナイフを取り上げと、怒鳴り声が響いた。
何やってんだ!クソガキ!!
きゃああ!何してるの!!!
向こうへいけ!
子供達から離れろ!!
そんな中コソコソと大人たちが俺に軽蔑するような眼差しを向けているのがわかった。
見て、あんな血だらけなナイフを持って・・・平然と立ってるなんて気持ち悪いわ。
ナイフなんて持って一体どんな教育をしたらこんな子供に育つのかしら!
本当にねぇ・・・見てあの目つき・・子供の目じゃないわ・・・
あっ、あの子あの家の子供でしょ?
あそこの親、まったく家から出ないで、何をしているのかわかったもんじゃないわ。
まったく、こんな子供にナイフを持たすなんて親は何をしているのかしら。
あんな子が子供達の輪に入るなんてやめてほしいわね。
それにこんな暑い日にローブなんて着て変な子、近寄らないほうがいいわ。
俺は大人たちの攻撃的な言葉に、急いで家へと逃げ込んだ。
初めて向けられた強い言葉に俺は混乱していた。
俺の親は・・・俺はおかしいのか?
ナイフは子供が振り回しちゃいけないものなのか?
俺が今まで普通だと思っていたものは異常なのだと初めて気が付いた。
それから俺は太陽が出ている間に家から出ることはなくなった。
俺を異端者として見る大人たちのあの瞳が頭から離れなかった。
そして俺はやっと理解した、俺はこの世界でしか生きられないのだと・・・。
そうして俺が7歳になった頃、両親は俺を呼びつけた。
蝋燭の明かりが照らす居間で、真剣な顔した両親と向かい合っているとゆっくりと語り始めた。
「私たちの家系はな、数十年前の戦争で滅んだ国に仕えていた密偵だった。この国に滅ぼされ、先代が仕えていた主が死んでしまった。そして私たちの主も・・・シヴァルという男が率いた反乱軍に入り、王国の騎士に殺されてしまった・・・。
・・・私はこの国が憎い。だから国に反乱の意志がある仲間を集め、新たに国へ革命を起こそうと思っている。」
そう話す父は徐に袖を持ち上げると、赤黒く浮かぶ痣を俺に見せた。
「お前にもこの痣があるだろう?この痣は我母国だった選ばれた民だけに現れる模様・・・これは私たちの誇りそして証だ。シュバル殿はこの痣を腕に掘り、私たちの主と一緒に戦ったのだ。」
俺は自分の肩にある痣を強く掴むと、なぜか熱を感じた。
その後、俺は直接反乱にかかわることなく、いつも通り殺しの仕事をこなし8歳となった。
父さんはなぜ、あんな話を俺にしたのか?
反乱軍に入れというわけでもなさそうだし、一体何だったんだ?
そんなある日、両親が家に戻ってこなくなった。
以前父と母が話していた【反乱】の言葉が頭をよぎった。
俺は2~3日家で帰りを待ったが・・・戻らない両親を諦め、家を捨てた。
父と母はどこかで捕まったのかもしれない、殺されたのかもしれない。
国に反乱を起こすのは重罪だ、その追手が俺の家へやってくる可能性がある。
俺は行く当てもないまま、8歳で孤独となった。
一人にはなったが手に職がある俺は、いつものようにギルドへ足を運び、片っ端から殺しの依頼を受け、実績を積み重ね、金を稼いでいった。
俺は仕事で稼いだ金で色々な街を周り、情報を集め、必死に両親を探していた。
そんな生活を続け、俺が9歳になるころには暗殺者レムと呼ばれるようになり、王都で有名になっていた。
俺の周りには、俺に殺しを依頼しようと腐った貴族たちが集まり、俺に恨みを持つ輩が殺しに来ることも多々あった。
時には俺によく依頼していた貴族が、裏では邪魔な俺を殺そうと刺客を送り込まれることもあった。
依頼されたまったく知らない人間を殺める中で、危険な目にもあった、死にかけることもあった・・・
暗い世界で生きていた俺は、人を信用することもなくなり・・・
気が付いた時には、俺の手は血で染まりきっていた。
ふと母の言っていた「主」を思い出した。
「こんな世界で見つかる気しねぇわ。」
真っ赤に染まったナイフを手に雲に隠れた月を見上げながらそう呟いた。
俺はいつものように金を稼ぐ為に王都へ向かうと、俺と同じ年ぐらいの子供と出会った。
そいつも黒いローブをかぶり、俺の存在に気が付くと、俺をじっと見据えナイフを手に持った。
俺はじっと少年を観察すると、かすかにナイフを持つ手が震えていた。
ふん、こいつビビっているのか。
俺は鼻で嘲笑うと、そいつに向かってナイフを投げた。
少年は焦った様子で俺のナイフを叩き落としたが、その隙に俺は少年の背後へ回り込むと、新しく取り出し、少年の小刻みに震える肩にナイフを突き立てると、痛みにうめき声をあげ、地面に蹲った。
地面に転がる少年を見下ろすと、ローブの隙間からオレンジの髪が見えた。
あっやべ、こんな雑魚相手にしてる場合じゃねぇな。
俺は少年をそのままに月が隠れる闇中を走っていった。
今日もギルドに来ると、裏の仕事が多く掲示されていたが、どれも安い報酬金だった。
あぁ~、もっとでっかく稼げる仕事がねぇかなぁ~。
そんな事を考えていると、ギルドに新しい依頼が掲示された。
すぐに張り出された依頼書を確認すると、報酬金がべらぼうに高い。
何でも、辺境の地にいる領主の娘を殺せとの内容だった。
依頼者は辺境の地に隣接している隣国の貴族。
娘か、楽勝だな。
そう考えた俺はすぐにその依頼を引き受け、辺境の地へと向かっていった。




