第三章 密偵VS暗殺者・現れたのは (赤いタトゥー編)
フードを深くかぶった男は動く気配を見せず、私たちと一定の距離を保ったまま立ち尽くしていた。
正面から侵入してくるなんて初めてだわ・・・。
一体何者なのかしら・・・?
私はエイブレムの肩越しにフードの男へ視線を向けると、男は徐に手を持ち上げた。
突然動きを見せたフードの男を警戒するように、私たちは構えていた短剣をフードの男へと向け、戦闘態勢に入る。
窓から月明かりが差し込み、薄暗い部屋の中、ピリピリとした静けさがあたりを包んだ。
そんな中エイブレムは物音一つ立てない滑らかな動きで、一歩フードの男に近づいていく。
「お前・・・さっきこの屋敷をうろついていたやつだな?」
男は顔を上げ、フードからニヤリとした口元を覗かせた。
「レム、久しぶりだね」
フードの男は顔を隠したまま、じっとフード越しにエイブレムを見つめていた。
レム・・・?
エイブレムは眉間にシワを寄せると、警戒するように男を睨み付けた。
「誰だ・・・?」
「うーん、レムは僕の事を知らないだろうね・・・」
そうボソッと呟くと、男は徐にフードをめくり上げた。
「あなたは・・・!」
フードから現れたのはオレンジ色の鮮やかな髪に、トパーズの様に透き通った鮮やかなの瞳が私を見据えていた。
なぜ彼がここに?
「ヴァッカ様・・・?」
唖然とする中、私の口から漏れた。
エイブレムの言う通り彼が暗殺者なら・・・彼は第一王子専属の密偵兼暗殺者なのかしら・・・?
驚く私の様子に、彼はいたずらが成功したような可愛らしい笑顔で私を見据えると
「ふふっ、姫さんの今日の尾行の仕方がちょっと気になってたんだ。あれなら今まで誰にも気がつかれなかったんじゃない?僕も姫さんがどこからついてきていたのかはわからないけど・・・寂れたスラム街に入いった時、かすかな足音が一瞬聞こえて気が付いたんだ。同業者でもなければ、あれはなかなか気が付けない」
私は呆然としながらも、彼の言葉に素直に頷いた。
「あの尾行の仕方ないし気配の隠し方は暗殺者がよくする方法なんだ。騎士や武闘家たちが知っているはずもないし、一体誰に教わったのかなと思っていたけど・・・まさか、レムとつながりがあるなんて、想像もしていなかった。ふふっ本当に姫さんは面白いね」
彼は優しい眼差しを私に向けたまま、ニッコリと微笑むとそう語り掛けた。
彼の意味がわからない笑顔を訝し気に見つめていると、彼は私から視線を逸らしエイブレムへと向いた。
「暗殺者レム、ここ数年見ることはなかった君が、まさかこんな辺境の地にいるなんて驚きだよ。それに一人狼だった君がまさか・・・こんなかわいい姫さんに仕えるいるとは誰も思わない。ふふっ、君は僕の事を知らない・・・いや覚えていないだろうけど、王都で一度君と対峙したことがあるんだ。君は僕と同い年ぐらいにもかかわらず、僕をあっさり倒した。そして・・・倒れた僕に止めを刺すことなく、見向きもしないで去っていったことは今でも忘れないよ。」
エイブレムは短剣を構えたまま微動だにしない。
雲行きが怪しくなりそうな二人に、私は割って入るようにヴァッカに話しかけた。
「ヴァッカ様、こんな夜分遅くに何の御用ですか?」
ヴァッカはそうだったと何かを思い出すような素振りを見せると、私へ視線を向けた。
「まぁ用はルーカスにあったんだけど、レムが君に部屋に入っていくのが見えて戻ってきたんだ。」
彼の目的をはかりかねていると、彼は私をじっと見据え、ニヤリと意地悪い笑顔を見せた。
「姫さんは本当の彼を知っていて、レムを傍に置いていているのかな?」
彼の言葉にエイブレムの背中がビクッと揺れた。
本当のエイブレム・・・?
エイブレムの事はこちらに引き入れたときにできる限りの調査は行った。
彼はあの時、隣国に雇われていた暗殺者だった。
異常に発展していくこの街に脅威を抱き、見せしめの為領主の娘を殺そうとしていた。
そんな彼を私はこちらへ引き入れたわけだが・・・。
彼は今まで転々と拠点を変えて権力者からの暗殺の依頼を受け、金さえ払えばどんなことでもやってくれると調査でわかっている。
最初は金さえ払えばしたがってくれる彼を扱いやすいだろうと割り切った関係だったが、話していくうちに次第に彼が私に対して忠誠心のようなものを見せてくれるようになった。
しかし彼の生まれや親などについてはどんなに調査をしても出てこなかったが・・・。
「まぁそんな怖い顔しないでよレム、僕はただ確認しただけじゃないか」
ヴァッカは入ってきた扉を閉めると、私たちにゆっくりと近づいてきた。
私は今にも跳びかかりそうなエイブレムの肩に優しく手を添えると、徐にエイブレムの前へと進み出た。
正面に見える、オレンジの瞳を私はじっと見据えた。
「ええ、ちゃんと理解したうえで傍においているわ。」
「ふふっ、本当かな?彼は金の為なら女だろうが子供だろうが、敵だろうが味方だろうが簡単に殺しちゃう無慈悲な暗殺者だよ?王都でも彼は有名だった。幼いながらにどんな暗殺も完璧に成し遂げるってね。それに彼の家は、昔僕たちが滅ぼした国の密偵だったんだ。彼の家が従っていた王たちを殺した僕たちに恨みもあるだろう。だから姫さんもいつ寝首をかかれるかわからないよ。」
一気にまくし立てるように話すヴァッカに、私は表情一つ変える事無く見据え続けた。
滅んだ国に仕えていたか・・・。
「だからなに?あなたは何が言いたいの?」
「ふふっまったく動じないか・・・どうしてそんな危険な彼を傍に置いていられるのかな?」
じっと嘲笑うかのように私を見つめる彼に、私は冷たい視線を向ける。
「彼が何者でも関係ないわ。私には彼が必要な存在なの」
ヴァッカはへぇーと感心した様子を見せた。
「自分が殺されそうになっても?」
「えぇ、」
そう短く答えると、彼の表情が冷たい物へと変わっていく。
最初に殺されかけたしね、今更だわ。
ヴァッカは次第に無表情になると、私を見つめているオレンジの瞳が徐々にゴールドへと変化していく。
最初の和やかな雰囲気は一遍し、ヴァッカは鋭い瞳で私を強く睨みつけていた。




