第三章 密偵VS暗殺者・お買い物 (赤いタトゥー編)
私はあの事件後、お兄様から怪我が治るまで外出禁止令を出された。
何でもアドルフに抱きかかえられて戻った私は、丸一日寝ていたそうだ。
これは怒られても仕方がないわね・・・。
はぁ、もっと体力をつけて怪我もしないようにしないと・・・。
その後、安静にしなさい、とお兄様に何度も諭されたが、私は部屋で何もしない状況に耐えられず、コッソリ赤いタトゥーについて調べ始めていた。
呆れた顔を見せるアランに、お父様の書斎にある本を片っ端から持ってきてと指示を出すと、毎日毎日本を読み漁るが、一向に赤いタトゥーの記述を見つける事はできなかった。
絶対どこかで見たことがあるのに・・・。
私は記憶を探りながら、本をまた一冊手に取り、パラパラとページを眺めていく。
うーん、やっぱり見当たらないわ。
お父様の書斎の本じゃないとすれば、直に見たのかしら・・・?
はぁ、これ以上本を漁ってもしかたがないわね、シヴァルお爺様のところへ聞きに行ってみようかしら。
私はそう考えると、そっと本を閉じた。
シヴァ爺とは、アドルフに警備兵の統括をお願いしていた時期に、街の治安悪化を抑制する為、この街のスラム街へと足を運んだ時に出会った。
シヴァ爺はその当時、スラム街のリーダー的存在で、治安の悪いスラム街をまとめていた。
彼はスラム街の住人が絶大なる信頼を寄せる存在で、当初は会う事すらできなかったが、何度も何度もスラム街を訪れる私の存在に、ようやく一度お目通りできる機会を得ることができた。
出会った当初シヴァ爺は頬に傷を持つ、厳つい顔に鋭い目をしていた。
私はそんな彼の存在に怯むことなく、堂々とした態度で、私の街理想を熱弁するが・・・
シヴァ爺は私の言葉に目を細めると、何も言わずに私をスラム街から追い払った。
そう簡単にいくはずないとわかっていた私は、くじけることなく何度もスラム街へ訪れていると、スラム街に住む人たちと触れ合う機会が増えていった。
私は彼らの貧しい生活現状を把握すると、その現状を変える為、前世の知識から新しい対策を打ち出し、すぐに行動を起こし、改善に努めていった。
スラム街の改善活動に続けていくと、私は次第に住民の信頼を得ることに成功していった。
そうして街の信頼を得た私の存在に、ようやくシヴァ爺は目を向けてくれるようになった。
そこからジヴァ爺と会うことができるようになると、彼は疑念を持ちながらも、私の理想とする街づくりに協力してくれるようになった。
そうやって彼と親密になるにつれて、彼の事を知ることができた。
何でも若いときは王都でヤンチャしていたそうだ。
加えて彼は裏の世界に精通しているようで、様々な情報を持っていた。
私は度々彼から情報を買い、街の対策を進めていった。
でも・・・・アラン、あの場所に行くのを嫌がるのよね・・・。
さてどうしたものかしら・・・。
私は考えを巡らしながら、太陽がサンサンと降り注ぐ窓の外へと目を向けた。
軟禁生活を続ける中、お父様の書斎にあった本を一通り読み終えると、私は部屋でゴロゴロと暇を持て余していた。
はぁ・・・・もう怪我はほとんど完治しているのに、一体いつになったら外出許可が下りるのかしら・・・?
私は包帯のとられた足へと目を向け、ベットの上で深いため息をつくと、扉から最近私専属のメイドとなったセリーナが入ってきた。
彼女は数年前からこの屋敷でメイド見習いを務め、私の前メイド長からお墨付きを頂いた事で、私の専属へと昇格した。
彼女は孤児院出身で、アランの次に優秀な少女だった。
「セリーナ、もうそろそろ外に出てもいいかしら?」
「行けませんわ!まだルーカス様より外出許可をいただいておりませんもの!」
私はベットに項垂れると、セリーナは私の頬に残る傷痕を、痛々しそうに視線を向けと、
「お嬢様、自業自得ですわよ」
メイドのきつい言葉に、私は意気消沈した。
数日後、ようやく外出禁止令が解かれた。
お兄様は私の部屋へとやってくると、もう絶対に危険な行動はしないこと!と何度も私に言い聞かせる。
善処します・・・と返すと、お兄様は深いため息をつき私の頬を軽く引っ張った。
お兄様が部屋を出ていくのを確認すると、私はさっさとシヴァル爺のところへ情報を得る為、ベットから勢いよく起き上がる。
「さぁ、出掛けるわよ!」
ワゴンの前で、私の朝食を用意していたセリーナに視線を投げた。
「お嬢様、アランは本日外出中でございます」
「えぇ、だから行くのよ」
私はいたずらっ子のようにニヤリと笑うと、
「お嬢様・・・わたくしアランから伝言を受けておりますわ。僕がいない間に出掛けようとすれば全力で引き留めなさいと・・・ですので、本日はまだお屋敷内にてお過ごし下さいませ」
まぁ当然か・・・、でもシヴァ爺に会いに行けるよう、アランを外出させたのだから・・・ここで引くわけにはいかないわ。
私はセリーナに目を向けると、
「そうだわ!セリーナ、一緒にお出かけしましょう!」
「お嬢様!!!」
怒るセリーナに着替えを急かせると、でもアランに・・・ボソボソと困った様子を浮かべながらも、外出用の服を手に取った。
「アランが戻る前に帰ってくれば問題ないわ!それに女の子同士でショッピングなんてもう何年もしていないの・・・ねぇお願い、それにこんな昼間に危険なことなんて起こるはずも、するはずもないわ。そう思うでしょう?」
私はセリーナに微笑みを浮かべると、そっと彼女の手を握った。
はぁ、と深いため息をついたセリーナは、渋々といった様子で、外出用の洋服をもって部屋を後にする。
私は、質素なワンピースに袖を通し、ブラウンのウィッグを付け、背を向けたセリーナに馬車の準備の指示を出した。
彼女が扉から出て行ったのを確認すると、私は首についた青い宝石のネックレスを外し、いつも短剣を忍ばせている太ももへと隠した。
セリーナを連れ馬車へと乗り込み街へ赴く。
あぁ、やっぱり外はいいわねぇ。
私は馬車から入ってくる、そよ風を感じながら目を瞑った。
街へ着くと、馬車を預け、セリーナと繁華街へと足を運ぶ。
「ねぇ気が付いている?」
「はい、お嬢様」
私はそう、とセーリナに微笑みを投げると、セリーナの手を取り、洋服店へといざなった。
最近巷で人気のボレロが店の入り口にあるショーウィンドウに並び、中には女性客が楽しそうに会話を弾ませている姿が目に入った。
私は久しぶりの女の子との買い物に心を踊らせる中、店のシンプルな洋服が並ぶ近くへと足を向けると、セリーナに似合う服を探し始めた。
ブラウンのストレートヘヤーにクールな容姿、出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでいるセリーナのスタイルに似合いそうな、シックなVネックワンピースを手に取って眺めていた。
これ良いわね。
そんな事を考えながら洋服を眺めていると、洋服店のガラスの向こうに見知った姿が目に留まった。
あれはお兄様のお友達のヴァッカ・・・?
彼は、特徴のあるオレンジの髪に、人懐っこい笑顔を浮かべ、女性に声をかけていた。
いったい何をやっているのかしら?
ヴァッカと話をしている女性は顔を赤らめながら、照れる様子を見せ、彼に笑顔を返している。
ナンパ・・・かしら?
私はあきれた表情を浮かべると。ヴァッカから視線を外し、セリーナへ見つけたワンピースを持っていき、昇格祝いとして彼女に手渡した。
セリーナは私が自分の服を探していたことに驚いた様子で、ご自分の服を探してください!!!と顔を真っ赤にしながらも、私の渡したワンピースを大事そうに抱えていた。
セリーナはツンデレなのね、可愛いわ。
私はそんなセリーナの手をとり、試着室へと連れていった。
セリーナの洋服を購入し店を出ると、セリーナは疲れた様子を見せていた。
まぁあれだけ色々試着させれば、疲れるわよね。
私はセリーナと噴水広場にあるベンチへ腰かけると、人混みの中、またオレンジの髪型を見つけた。
今度は隣に女性はおらず、場末へと向かっている。
あの方向は・・・・。
「セリーナ、お願いがあるんだけど」
彼女は私に真剣な眼差しを向ける。
私は彼女へ顔を寄せると、囁くような声で囁いた。
「先に屋敷へ戻って、私の部屋を見張ってもらえないかしら?」
彼女は怪訝な表情を浮かべると、私の命令に異議を唱えようとする彼女に、私は真剣な眼差しを向ける。
「セリーナお願い。私は大丈夫、危険なことは絶対しない」
私はそう言い残すと、セリーナに背を向け、オレンジの髪を追いかけていった。




