閑話 アドルフとの関係・中編
彼女とあの少年が並ぶ姿を、たびたび見かけるようになった。
俺は二人の姿から目を逸らすようになり、モヤモヤした気持ちを振り払うように、剣を没頭した。
そして月日は流れ、俺は12歳になった。
俺は孤児院へいく為、いつものようにお嬢の屋敷へ迎えにいくと、そこにはあの少年が立っていた。
なんでここにいるんだ?
俺は眉を寄せ少年を見据えると、少年は緊張した面持ちで、いつものラフな服装ではなく、執事のような姿で彼女の隣に並んでいた。
「あら、アドルフごきげんよう。」
彼女は幼さが残る微笑みを浮かべ、俺の傍へ走り寄る。
「紹介しておくわ、彼はアラン。私の専属執事になるのよ」
専属執事・・・?なんだそれ。
俺は少年に視線を向けると、顔を強張らせたまま深く礼をとった。
「彼はまず見習いとしてこの屋敷で生活することになるわ、アドルフよく顔を会わせることになると思うの。よろしくね」
「おう、・・・・俺はアドルフだ、宜しくな」
彼女と少年の並ぶ姿を見て、また胸が締め付けられる気がした。
俺はそんな心を隠すように、笑顔で少年に握手を求めた。
「初めまして、アランと申します。これから宜しくお願いします」
再度丁寧な礼をとったアランは、笑顔で俺の握手に応えた。
アランが執事見習いとなってから、彼は剣や武術も学び始めた。
親父はまたこの屋敷へと足を運ぶようになり、アランに指導をしていく。
何でも、専属執事になるためには彼女を守れる力もなければならないらしい。
俺なら彼女を守れるのに・・・どうして俺じゃないんだ。
そんな事を考えながら俺はアランの練習を眺めていた。
線が細い彼は親父の力に吹っ飛びながらも、何度も何度も立ち上がってくる。
そんな少年の姿は昔の彼女と重なって見えた。
俺が14歳になると、アランは正式にお嬢の執事となり、彼女の傍にいることが多くなった。
そんな二人の姿を見ていると、毎回なぜか胸がチクチクと痛んだ。
クソッ、これはなんなんだよ。
俺はわけも変わらずムシャクシャする気持ちに、苛立ちを募らせていった。
そしてまた彼女の屋敷に新しいメンバーが増えた。
領主様が連れてきた少年ルーカスだ。
彼はアランとは違い、冷めた目で俺を見据えていた。
ルーカスはお兄様と呼ばれるようになり、度々俺とお嬢の剣の練習に参加する事となった。
軽い気持ちでルーカスはお嬢に剣を挑むと、彼女の剣の実力に圧勝され、悔しい顔を浮かべていた。
そんな中ルーカスは、俺に稽古をつけてくれとお願いしてきた。
俺はそれを快く引き受けると、ルーカスの上達速度に舌を巻いた。
これなら数か月でお嬢は負けちまうな・・・。
彼女の悲しそうな表情を思い浮かべ、複雑な気持ちになった。
俺はルーカスの事を呼び捨てで呼んでいた。
そんなある日、彼女は俺の傍へ来ると、徐に顔を近づけ呟いた。
「お兄様の事はルーカス様って呼んだ方がいいわ」
俺は彼女の言葉に訝しげに彼女を見据えたが、黙って頷いた。
彼女の周りにはルーカス、アランが常に寄り添うようになり、俺は彼女と過ごせる時間が減っていった。
彼らよりも彼女と早くに出会い、彼女の傍で一番寄り添っていたのに・・・。
俺以外の前で楽しそうに笑う姿を見るたびに、心はチクチクと痛むのだった。
クソッ、本当に、なんなんだよこれは・・・。
俺は胸を強く握りしめ、顔を歪めた。
そんなある日、彼女は俺に警備兵の再統制を取りたいからと、俺に警備兵の指南役をお願いしてきた。
俺は彼女に頼られたことに嬉しく、何も考えずにまかせろ、と強く返事を返した。
そしていざ警備兵に足を運ぶとそこには、自分よりも年長者がたくさん集まっていた。
俺は大人たちに圧倒されながらも、自分にできることを探し、彼女の期待に添えるように努力した。
最初は英雄の孫だがなんだか知らないが・・・こんな若造が、と鼻で笑っていた大人たちを見据えるように睨みつけると、毎日鍛錬に励んだ。
虐めや、陰湿な嫌がらせが続く中、俺は気にも留めず、堕落している大人たちを横目に鍛錬をつづけた。
お嬢の言葉に軽く返事をしたが・・・結構大変だな。
そんな辛い生活の中、俺の姿に数人の若い警備兵がついてくるようになると、どんどん俺を慕ってくれる仲間が増えていった。
次第に変化していく中、堕落していた大人たちも渋々といった様子だが、俺の指示に従ってくれるようになっていった。
そんな中、たびたびアランからお嬢の伝令を受け、俺も近況の報告をあげる。
そんな時、いつも彼女の傍にいれるアランをとても羨ましく思った。
彼女と剣を練習することもなくなり、会うこともなくなり、俺は警備兵の仕事に追われていく中、ようやく数年にわたる俺の努力は報われ、警備兵の統率を取っていくことに成功していった。
そんな生活を続け数年の月日が流れ、俺は18歳となった。
警備兵の統率がようやく整い、一息ついた俺はお嬢の屋敷へと足を運んだ。
久しぶりに見る屋敷の庭園に目を向けると、昔とまったく変わっていなかった。
俺はこの数年で身長はかなり伸び、体つきもしっかりすると、声も低くなった。
俺自身変わったのかはわからないが・・・。
爺さんは俺の姿を見るたびに若い頃の儂にそっくりじゃと笑っていた。
彼女も変わっているのだろうか。
屋敷の扉が開くと、見慣れたアランの姿があった。
俺は軽く挨拶交わすと、その後ろから、腰ほどまでに伸びたワインレッドの髪をなびかせ、白のワンピースの胸元にふっくら膨らんだシルエットに目がいった。
顔に視線を向けると、美しい貴族令嬢が俺に笑顔を向けていた。
「アドルフ、久しぶりね。筋肉もついて、身長もそんなに伸びて羨ましいわ」
彼女は俺の傍にくると見上げるように、懐かしい微笑みを浮かべた。
俺は彼女の変わりように言葉を失った。
これがお嬢だと・・・前にあったときはまだ少年のような体つきだったのに・・・。
胸元へいこうとする視線をなんとか抑え、俺はお嬢の顔に視線を固定した。
「警備兵の仕事はどう?大変な事を任せて苦労をかけたでしょう・・・、ごめんなさい」
彼女は申し訳なさそうな様子をみせた。
「いや、俺もいい勉強になった。俺を選んでくれてありがとな」
俺は照れるように彼女に笑顔を向けた。
その後ろからルーカスがこちらを見ていた。
俺は深く礼を取ると、ルーカスは微笑みを浮かべたまま俺の元へ寄ると、彼女から隠すようにそっと紙を俺の手に忍ばせた。
そこには彼女は今危険に足を踏み込んでいる詳しい旨と、協力者についてが書かれていた。




