第十二話 素直な気持ち
「ふう……」
一人違う場所で泳いでいたかむら。
プールから出て深く息を漏らす。
「やあ君。実にいい泳ぎっぷりだね」
そんなかむらに、五十代ほどの太った男が話しかけてきた。
首には、いかにも高価なネックレスをしている。
(欲にまみれた気配だ……これだから、嫌だったのだ)
こういう場は、普段隠している肌を晒す。
そのため体をじろじろと見てくる欲にまみれた者達が集まってくる。
ここへ来る途中も、体……主に胸を見られていた。
かむらは、呆れた様子でため息を漏らした。
こういうのは無視するに限る。
そう思ったかむらは、そのまま踵を返し、無言のまま立ち去っていく。
すると。
「ぎゃっ!?」
背後から短い悲鳴が響く。
振り向くと、そこには先ほどの太った男が倒れていた。
何事だと、周囲に居た男二人が近づいていく。
「あ、あのどうかしましたか?」
「まさか熱中症、なわけないよな」
「とりあえず運ぼうぜ」
「あ、ああ」
男達は、手慣れた感じに太った男をどこかへと運んでいく。
「……」
「やあ」
それと入れ違うように、やんわりとした笑顔の青年が声をかけてくる。
かむらは、その男を見て不機嫌そうに表情を歪める。
「兄上。やっぱりあなたでしたか」
かむらの実の兄。
剣咲霧一。薄い紫色の長い髪の毛を一本に纏めており、紅色の海パンにフードつきの白い上着を身に付けていた。
「何のことかな?」
「先ほどの男。あれは、睡眠針を射って眠らせたんですよね。そして、男を抱えていった二人は兄上の部下。違いますか?」
「あははは。さすがかむらちゃん。その通りだよ」
笑顔のまま拍手をする。
かむらは気づいていた。
このレジャー施設には、兄霧一とその部下達が居ることに。
「それにしても、何なんですか? まさか西のことを監視するために?」
一般客に紛れている部下達は、わかるだけで軽く二十人は超えている。
霧一が、これほどの部下を連れてやってくるというのは、相当な厄介事に関わっているとかむらは予想した。
「監視というのは当たってるね。だけど、対象が違うよ」
「違う? じゃあいったい」
自分が気づいていないだけで、他にも居るということか?
霧一の言葉に、思考するが、怪しい人物は見当たらなかった。
「それはね」
「それは?」
「僕の可愛い可愛い!! かむらちゃんだよ!!!」
ぐっと拳を握り締め、周囲に他の客達が居ることなどお構い無しに大声を上げる。
客達は、最初こそ驚いていたが、すぐに微笑ましそうにくすくすと笑みを浮かべる。
「ほら、かむらちゃん。最近、雰囲気が柔らかくなって今まで以上に可愛くなったから、プランクトン以下のクズどもが近づいてくるんじゃないかって、本当に心配で心配で……!」
「……」
いつも以上に愛が重い霧一にかむらはすんっと無表情で固まる。
「あにうえきもい」
そして、声にも感情が籠っていない。
そんな妹の反応に、霧一はハッと硬直。
「そんな声も出せるんだね……妹の成長が嬉しいよ!!」
完全に気持ち悪がられているというのに、霧一は嬉しそうに涙を流しながら無造作にスマートフォンのカメラ機能で、無の状態にあるかむらを撮った。
「……兄上。いい加減妹離れをしてください。まったくこんなことに部下達を使って」
「心配いらないよ。部下達は、僕と同じでかむらちゃんの幸せのために全力で協力してくれているから」
「えぇ……」
ここは喜ぶべきなのか。
心配してくれるのは嬉しいのだが、そこまでされると逆に困ってしまう。
周囲を見ると、笑顔でサムズアップをする男女がちらほらと。
「それだけ、かむらちゃんは愛されているってことだよ。ところで、かむらちゃん。体を鍛えるのは良いけど、今日はお友達と遊ぶんじゃなかったのかな?」
その言葉にかむらはそっぽを向く。
「どうしてこんなところに?」
「……どこに居ようと自分の勝手です」
「そうだけど。あんなに楽しそうにしてたのに」
「た、楽しそうになどしてません!」
「ふっふっふ。兄に隠し事などできないよ? 前日に水着を着て、鏡の前に立っていたのを僕は知っているんだ」
「覗いていたんですか!?」
「全然」
はめられた。
かむらは、ニコニコと笑みを浮かべる霧一を、今にも食いかかろうと言わんばかりに睨む。
「ごめんごめん。でも、素直になったほうがいいよ? かむらちゃんだって、まだまだ遊び盛りなんだから」
「自分は忍です。遊んでなど……」
「僕も忍だけど、普通に遊んでるよ?」
「俺も!」
「私も!」
「同じく!」
次々に遊んでる宣言をしてくる忍達に圧倒されたかむらは、観念したかのように肩の力を抜く。
「わかりました。遊んできますよ……まったく」
「うん、それでいいんだよ。あっ、その前に、ちゃんと聞いてなかったね。どうしてここに?」
「だからそれは……はあ」
嘘はいけないよと言う雰囲気にかむらは、そっぽを向いたまま恥ずかしそうに呟く。
「ーーーから」
「ん?」
「恥ずかしかったから!!」
いつもと違い年相応な叫びを上げ、かむらは逃げるように去る。
完全にかむらの姿が見えなくなったところで、霧一は口を開く。
「録音したか?」
すると、一人の女性が小さく笑みを浮かべながら頷く。
「バッチリです」
手に持っていた録音機の再生ボタンを押すと。
《恥ずかしかったから!!》
先ほどのかむらの台詞が流れる。
それを聞いた霧一は、心地いい音を聞いたかのように息を漏らす。
「映像も同時に撮れました」
「よくやった。これでまた新たなかむらちゃん成長記録が……!」
満足そうに映像を眺めた霧一は、さてと表情を変える。
「かむらちゃんが変わった原因である明日部零くん……どんな男なのか。僕も兄としてちょっと挨拶に行こうかな」




