第三話 東と西
「こちら剣咲かむら。報告にあった地点で闇を断った」
かむらは、右耳に装着している通信機で諜報部隊へと連絡をとっている。
ほとんどの人々が眠りに落ちている時刻。
彼女は、人知れず夜を駆け、害をなす闇を切り裂いている。
《お疲れ様です。相変わらずのお手並みですね》
「今回の相手が弱すぎただけだ」
夜風に長いポニーテールをなびかせながら、かむらは小さく笑む。
《ふふ》
「な、なんだ?」
別に笑われるようなことは言っていないと思ったかむらは、眉をひそめる。
《すみません。なんだか最近のかむらさんは、どこか年相応というか。楽しそうな雰囲気なのもので》
「ど、どういう意味だ!」
《お気づきでないのですか? 以前よりかむらさんの表情も声音も柔らかくなっていることに》
そうなのか? とかむらは悩む。
「馬鹿なことを言うな。自分は、いつも通りだ。それより、もうこの辺りには反応はないのか?」
《少々お待ちください……そこから南南東三キロ先に反応あり。それも二つ。どちらも小さいですが》
「了解した。すぐに向かう」
《お気をつけて》
通信を切り、かむらは一息いれて南南東へと駆ける。
移動している最中も、先ほどの言葉が頭をから離れないかむら。
楽しい。
自分が?
思い当たる節は、ひとつしかないが。
(いや、楽しいなんてこと……)
脳裏に浮かぶのは、監視することになった零。
あおねやここねを加え、焼き肉パーティーをした日。
「違う違う! 楽しんでなどいない自分は!」
必死にその時の光景を振り払うように左右に顔を振る。
「この角を曲がれば」
そうしている間にも、目的地へと到着する。
が、そこで見たのは。
「あら? あなたは」
断つべき闇の姿はなく、立っていたのは修道服に身を包んだ女性と少女。
どちらも顔の上部だけを隠すような仮面を被っており、笑みを浮かべるだけでどこか不気味さを感じる。
「君達は……西の」
「そういうあなたは東の方ね。ふふ、残念ですが。すでに闇は私達が祓ったわ」
「珍しいものだ。君達は、憑依した魔を祓うだけかと思っていたが」
「そんなことはないわよ。ただ、そうね……確かに私達は人々に憑依する魔を祓うことが多いけど、物理的に祓う時もあるのよ」
遭遇したのは、かむらと同じこの世の闇と戦う者達。
かむらが東の退魔士ならば、彼女達は西の退魔士だ。
仲が悪いわけではない。
だが、協力し合うことはほとんどない。互いに、自分達のやり方でこの世を護ってきている。
そのため、こうして遭遇することもあるのだ。
「そうだったのか。変態集団だと思っていたが、ちゃんと戦えるのだな」
「変態だなんてひどいわ。あれは、より効率よく魔を祓うために必要な儀式。それに、いつもやっているわけじゃないのよ? いつもは聖なる祈りで……あっ、そういえば」
話の途中で、女性はなにかを思い出したかのように声を上げる。
「ちょっと小耳にはさんだことなんだけど。最近、東はとある男子高校生にお熱だって……本当なの?」
「なんのことだ? 自分達が、たかが男子高校生に? なんだって?」
かむらの反応に、女性はしらばく思考し、そう……と短く呟く。
「ごめんなさいね。変なこと聞いちゃって。それじゃあ、私達はこれで。お互い、世のために頑張りましょう!」
おー、と拳を天に突き上げた後、女性は少女と共に闇に溶けていく。
完全に気配が消えたところで、かむらは通信機に触れる。
「かむらだ。報告したいことがある」
・・・・
「……ふう」
夏休みが始まった途端、気が緩んだ。
本当は緩めるわけにはいかないのだが、どうにも長期休みという魔力には人をダメにする効力がある。
まあ、長期休みは学生の時しか味わえない。だったら、思う存分味わおうじゃないか。
「ねー、零ー」
「なんだー」
「お昼は冷たいものがいいー」
「じゃあ、そうめんとかにするか」
「流し?」
「いや、普通のだよ。なんで流す」
「一度やってみたいなーって」
「……そのうちな」
現在、俺は必死に宿題をやっている。それは、夏休みをなるべく多くエンジョイするため。
これは夏休みに入る前の会議で決まったことだ。
夏休みをエンジョイしている最中に、あっ……宿題終わってない、なんて思い出したら台無しになる。
そのため、遊ぶのをぐっと我慢。
康太も、最初はかなり嫌がっていたが、今はひーひー言いながら頑張っているようだ。
「にしても、こいつ本当に宿題してるのか? さっきからメッセージが止まないぞ……」
テーブルの上に置いてあるスマホからメッセージが受信する時の音が数分、数十分置きにくる。
<やっぱ一緒にやらね?>
ついには勉強の誘いがくる始末。
まあ、予想はしていたが思っていたより早かった。俺は、ため息を漏らした後、メッセージを返す。
<わかった。昼過ぎでいいか?>
すると、すぐ。
<おっしゃ! じゃあ、みやんところの喫茶店でやろうぜ!>
急に元気になったな、こいつ。
俺は、やっていた宿題を閉じ、出掛ける準備を整える。
「あれ? どこか行くの?」
「ちょっとな。とりあえず、昼飯を食った後だ」
そう言って、俺は買っていたそうめんを茹でる。
「ネギ……は、そういえばなかったんだった。まあ、なくてもいいか」
「ほほう? お昼はそうめんですか。いいですねぇ、夏ですねぇ」
……相変わらず心臓に悪いな。
「ちゃんと玄関から入ってこい」
「えへへ、ついくせで。それより先輩、お伝えしたことがありまして」
「伝えたいこと?」
まさか、忍者の仕事の都合で予定を変更するとかか?
「はい。実は」




