第二十九話 踊る心
「さあ、始まりましたね。零先輩とかむらちゃんのでー、おほん! 一対一の勝負が!」
「さっきデートって言いかけたよね?」
「なんのことですか?」
「……まあいいけど」
六月最後の日曜日。
気温も丁度良く、涼しげな風が吹いている。
そんな中で、あおねとここねはとあるビルの屋上から望遠鏡で零とかむらの二人を監視していた。
「さてさて、今のところは零先輩がやや不利って感じですね。かむらちゃんも、かなり警戒しているみたいで」
その様子を見てから、ここねはマスクをずらす。
「……とりあえず、今のところは悪臭はしない」
「それは良好。では」
あおねは、スマートフォンをかかかかと片手で素早く文字を打ち込む。
「送信、と」
ここねの鼻は、獣以上と言われており、特に悪の臭い……この世の悪をかぎ分けることに長けている。
普段は、それを特別製のマスクで抑えているのだ。
「軽いジャブとして、かむらちゃんの心を踊らせる場所へ向かっていますが、どこまで動かせますかね」
「かむらは、ああ見えて子供っぽいところがあるから」
「今の喋り方も、かっこいいと思ってやっていますからねぇ」
望遠鏡から目を離し、すっと立ち上がるあおね。
「警戒すべきは危険は三つ! まずは【欲魔】! あんなことがあったというのに、ここまで零先輩に接触する気配がまったくなかったのがかなり不気味ですからね」
「それは、私に任せて。あいつらは、常に悪臭を漂わせてるから簡単にかぎ分けられる」
「次に、忍達。こちらが不穏な動きをしていることはおそらく上層部の方には伝わっている可能性が高い。まあ、よほどのことがない限りあたし達と同じく監視程度で済むと思いますが……」
油断はできない。
あおねとここねは踵を返し、ビルの内へと入っていく。
「最後は?」
階段を素早く降りながらここねが問う。
「うおっ!? な、なんだ? 風?」
「いや、ここ屋内だぞ?」
あまりの速さに通行人達には認識されず。
一分とかからず屋上から一階へと到着した二人は、零とかむらが向かった場所へと歩き出す。
「不確定要素、ですかね」
「ふむ」
「零先輩はあたし以上に、何かを引き付ける力がありますからね。常に周囲の警戒を怠らないようにしませんと」
「了解」
・・・・
「で、ここが最初の目的地なのか?」
「ああ、そうだ」
「……ただの玩具屋じゃないか」
そう。俺達が、向かった最初の場所は玩具屋。
中学生ぐらいからは、こういった店には来なくなったが、いざ来るとなると不思議と気分が高揚する。
俺もまだまだ子供心が残っている証拠か。
「まったく、こんなところで勝負とは」
「勝負と言っても、血で血を洗うようなやつじゃないからな」
俺達が訪れたのはこの辺りでは一番大きな玩具屋だ。
日曜日ということもあって、今日は家族連れが多い。
「それで、ここで何をするつもりだ?」
「何をって、こういうところに来たらやることは限られるだろ?」
俺は、気になる商品を見つけて手に取る。
「ほら、今放送してるやつの武器だ」
「興味ないな」
と、かむらは俺から離れていく。
「あ、おい!」
商品を戻して、かむらを追いかけようとするが。
「っと」
「あ、すみません」
「いやいや、大丈夫だよ」
幼稚園児ぐらいの女の子を連れた男性にぶつかりそうになる。
その一瞬。
ほんの一瞬だったのに、かむらを見失ってしまった。
「たく……」
ここまで避けられるとは。
とはいえ、俺から完全に離れるということはず……おそらくどこか別の場所に。
「居た」
人が多く、店も結構広いこともあって少し時間がかかったが、かむらを見つけた。
やはり興味があるようで、フィギュアを見ていた。
俺が近づくと振り向くことなく、その場から離れる。
「おい、あんまり離れるなよ。……凄い作りだよな」
「作り込みだけは素直に凄いと思う。作りだけ! はな」
やっぱり嘘が下手だな、この子。
「ほら、一緒に居ないと勝負にならないだろ?」
俺は手を差し出す。
「なんだ、その手は」
「迷子にならないようにと思って」
「自分はそこまで子供ではない」
ちょっと対応を間違ったか? 俺は、手を下げ頭を掻く。
「悪かった。じゃあ、手を繋がなくてもいいから。一緒に見て回ろう」
「なぜ、自分が君と」
「頼む! 一緒に居てくれるだけで良いんだ。な?」
俺の必死の願いに、かむらは一度フィギュアを見てから歩き出す。
だ、だめか?
「どうした」
「え?」
しかし、かむらは立ち止まり振り向くことなく語りかけてくる。
「見て回るのではないのか?」
「……お、おう」
どうやら願いを聞き受けてくれたようだ。
俺は、すぐにかむらの隣に移動し、そのまま平行して歩き出す。
「勘違いをするな。自分は、早くこの店から出るために君に従っているだけだ。ここから出ない限り、次へいけないからな」
「それもそうだな。じゃあ、どこから見て回る?」
「なぜ、自分に聞く。自分は、ただ君についていくだけだ」
「そうだったな。じゃあ、まずは」
その後、俺は特撮系の玩具が売っているコーナーを見て回った。
自分で楽しみつつも、かむらにも楽しんでもらえるように、ちょっと強引だったが、商品を手に持ってもらったり。
口では興味がないと言っていたかむらだったが、俺には普通に楽しんでいるように見えた。
でも、まだまだ壁がある。軽いジャブとしては……良い方、なのか?




