第十二話 何かが起きる予感
「いやぁ、モテモテだねぇ」
「あれをモテてると言っていいのか? 観察するとか言われてるんだぞ?」
ここねとのデートを終えた日の夜。
夕飯のさばのみそ煮を見詰めたまま、眉をひそめた。
「でも、あれって遠回しに零のことが気になってるって言ってるんだと思うけど」
「気になってるの方向性が違うと思うんだが」
「そうかな?」
それに結局ここねが、どうしてデートをしたいと思ったのかわからなかった。
俺を観察するため、だと思うんだが。
あれで、俺の何がわかったのか。
普通に楽しんでいた。
こっちはこっちで、ここねのことを知ることができたけど。
可愛いものが好きだったり、肉と同じぐらい甘いものが好きだったり。
物静かな雰囲気だと思ったら、案外お喋りなところがあったり。
「あー、少年少女の青春って見ていて良いものだねぇ。ご飯が進みますなぁ」
と、いつも以上にたくさん白米を食べる。
……米、買っておかないと。
「まあ、ともかくだ。今日で、ここねは普通の女の子ってことは知れた」
忍者ってことは変わらない。
なんでかな。
今まではここねも自分があたかも普通の女の子って感じで接してきたが、今日をきっかけに何かが変わるような予感がする。
さすがに私忍者だったんだ! なんていきなり言うはずないだろうけど。
「物語が、動き出す! て感じ?」
「さあな。それは相手の出方次第だ」
「主人公は、だいたい巻き込まれる側だからねぇ」
「自分から突っ込んでいくってパターンもあるけどな」
「零は、どっちかって言うと巻き込まれる側、かな?」
俺か。
俺はどっちなんだろうな。今までのことを考えると、巻き込まれるほうが多いかもな。
「零ー、豚汁おかわりー。後、白米もー」
「……自分で盛れよ」
「動きたくない」
ダメだ、この神。
顔が本気だ。
本気で動きたくないって思ってる。顔が、俺が盛るのが当たり前、だと言っているようにしか見えない。
それにしても、こいつこれだけ食べて、だらだらしているのによく太らないな……などと思いつつ白米を盛るのだった。
・・・・
「……あむ」
ここねは昼間に訪れた展望台にあるベンチに腰を掛け、フランクフルトを食べていた。
夜空に輝く星々を見詰めながら、考え事をしている。
「底が見えない人だったな」
今日のデートは、不思議な空気を漂わせる零を近くで観察するのが目的だった。
いつも遠くから観察していた時と違い、すぐ零の変化に気づける。
そのためにしつこく誘った。
「あっちもなんだか私のことを観察しているみたいだったけど……」
正体がばれるようなことはしなかった。
そもそも忍者なんて一般人からしたら本当に居るかどうかも疑わしい存在。
昔はどうあれ、現代では主に創作物の存在でしかない。
「まったく。相変わらず、やり方が回りくどいな」
「……かむら」
聞き覚えのある声に振り向くと、暗闇から姿を現したのは紫のメッシュが入った黒髪ポニーテールの少女。
幼い見た目からは考えられない鋭く研ぎ澄まされた赤い目。
大正時代を思わせる衣服に身を包んでおり、立ち上がったここねと並ぶと、わずかだがここねのほうが身長は大きい。
が、ある一部。
胸部だけは、圧倒的に黒髪の少女……かむらのほうが大きい。
「君が興味を示すほどの男だから、どんな強者かと思えば。どこにでも居る一般人と変わらないな」
「そんなことはない。零は、普通とは違う。それはあおねだって思ってること。かむらだって感じてるんでしょ?」
「……確かに、彼からは底知らない力を感じた。だが、それも弱々しいもの。自分は、君達のようには興味が持てないな」
どうかしているぞ、と鼻で笑う。
「そんなことより、前回の任務で取り逃がした連中が動き出したようだぞ」
「……」
「君が取り逃がした連中だ。しっかり後始末をしろ。自分は、他の任務がある。あおねにも、言っておけ。いつまでも遊んでないで忍として闇を切り裂けと」
そう言い残し、かむらは闇へと溶けていく。
また一人となったここねは、食べ途中だったフランクフルトに噛みつく。
「いやぁ、かむらちゃんは相変わらずのつんつんですね」
「来てたんだ」
「今しがた」
かむらが立ち去ってからすぐあおねが現れる。
すぐベンチに腰掛け、ココアが入った缶を置く。
「どうぞ」
「……ありがとう」
ここねが缶を手に取り、隣に座るとあおねは自分の分の缶を開けた。
「かむらちゃん。あれはフラグだってことを気づいていませんね」
「なんの?」
「当然、先輩に興味を持つフラグですよ!」
「かむらが簡単に堕ちるとは思えないけど」
くいっとココアを飲みながら言うここね。
「わかってませんねぇ、ここねは。零先輩には、そういう力があるんですよ」
「どういう力?」
「ここねも実感しているはずです。零先輩と関わっていく内に、自然と興味を示してしまっているでしょう?」
「……うん」
「そういうところなんですよ。それに、先輩の近くに居ると飽きずに済みそうな感じがしますし」
まただ、とここねは不思議そうに笑顔のあおねを見詰める。
あおねが楽しいことに積極的なのはいつものことだ。
だが、最近は……。
零と出会ってからは、その笑顔はいつもと違うように見える。ここねは、そのことも気になって積極的に零を観察していたのだ。
「ところで、今日私達のこと尾行してたよね」
「ありゃ。やっぱりばれていましたか」
「あおねだけならともかく、素人三人が一緒じゃバレバレ」
「いやはや。だって、気になるんですもん!」
「……まあ気にしてないから良いけど」
缶を手にしたままここねは立ち上がる。
「零には、これからも観察を続けるって宣言したし。明日から頑張らないと」
「頑張れー。あっ、でもちゃんとお仕事の方も頑張ってくださいよ。じゃないと、先輩達の日常が崩れちゃいますからね」
「わかってる」
「この間は、先輩のことが気になりすぎて集中力が欠けていましたからねぇ」
「もう大丈夫。前のようなミスはしない」
そう言って、両手で温かな缶を包み込みながらここねは夜空を見上げた。




