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30. お茶会という名の報告会?

 



 ―――王都公爵邸談話室。


 暖炉の中では薪がパチパチと音を立てながら燃えております。

 寒さ厳しい冬の最中にありながら、この部屋はぽかぽかとした温かさで満たされていて、とても居心地が良いのです。


 その部屋の中で私は、仄かに香り立つ香草茶を片手にゆったりとソファに座り窓の外を眺めております。


 見える景色は見事な白銀の世界。


 樹木に降り積もった雪が光を振りまきながら風に飛ばされて行きます。

 きらきらと光って、とっても綺麗です。


 王都を発って公爵領に向かった時は、まだ冬の気配など微塵も感じない季節だったから、公爵領から王都に戻ってすぐに城下の街が一晩で真っ白に染まった時は驚きましたわ。

 いつもは、雪が降り始める前には帰ってきていましたものね。王都に戻ってこんなに早く雪を見ることになるなんて思いませんでしたわ。


 王都到着後もいろいろとありましてもう一月(ひとつき)たちました。その間に王宮で開かれる新年の大舞踏会も終わり、今は冬真っ只中。例年なら、春が待ち遠しくて仕方のない季節なのですけれど………。


 ちらりと向ける先は、降り積もった新雪。


 ああ、あの中を歩きたい………。


 別に現実逃避をしているわけではありませんわよ。ただ、新雪の上に足跡を付けるのって、なぜかワクワクしませんか? 妙にはしゃぎたくなるというか。それに、晴天の空の下、雪に囲まれて熱いお茶を飲むのも好きなのです。なぜか体調を崩すからと言って止められるのですが……。


 一度くらいは良いと思いません? もう魔法具の弊害で突然眠るなんてありませんもの。今度、皆を誘って雪見お茶会でも開こうかしら。


「何か、また良からぬことを考えていますね、イリアーナ様」


 ギクッ


 ちらりと伺いみる視線の先には魔法師様。


「はははっ。イリアーナの事だから、雪で遊びたい、とかじゃないのか?」


 笑い交じりで私の頭をぽんぽんと叩くのは二の兄上様。


「止めておけ。せっかく治った病がぶり返すぞ」


 憮然とした表情でお茶を飲んでいるのはフェラン兄様。


 ええ、そうなのです。

 実は私、王都に戻ってすぐ、体調を崩し寝込んだのです。

 

 魔法師様がおっしゃるには、心労から来る体調不良との診断でしたが、その時に飲まされた薬湯がものすごく苦くて思い出すだけでも寒気が………。


「少しだけなら後で付き合ってあげるよ、イリアーナ」


 そう言ったのは、一の兄上様。


「……え?」


 聞き間違い?

 まさか一の兄上様が付き合ってくださるなんて、これは……夢?


 思わず頬をつねっておりましたら、一の兄上様に冷めた目で見られてしまいました。


「その時は俺たちも付き合いますよ」


 ルキトの言葉にゼン、ソリンさん、そしてロンナやセシャまでもにこやかに頷いてくださいました。


 けれど――――


「……セレナ。どうしたの?」


 視線を隣に向けると、そこには、ずっと口を噤んだまま私の腕にしがみ付いて離れないセレナがいるのです。


 


 ☆




 ミデアの街で伯爵子息様のお話を伺った翌日、私は魔法師様からその後のお話の内容を聞きました。


 なんでもヒロインことユイアナさんは、前世の記憶を神のお力の一つである先見の力と称して語っていたのだそうです。

 でも確か神の力には、未来を見通すものは無かったはずなのですが、あまりにも的確に当てられるため皆信じてしまわれたのだとか……。


 そして伯爵様――実の父親に語ったのは、いずれ自分はこの国の王太子妃となるという事。そこまでの経緯含め詳しく語った娘の言葉を鵜呑みにし、エンディス公爵家を巻き込んで実行に移した。


 それを聞いた時、私は確信しました。

 間違いなくユイアナさんは前世の記憶を持っていると―――

 だから記憶を頼りにゲームの開始以前に伯爵様に接触し、自分の目的のためにあえて街で生活していた。


 魔法師様もそれは思い至ったらしく、


「私もその娘は前世の記憶とやらを持っている…と、そう感じました。けれど、伯爵子息から聞いたその娘の思惑を覆すためには、貴女の知っている前世の知識が必要とも思うのです」


 私の知識など前に話した以上の事なんてないのに、魔法師様は、いったい何を探ろうとしていらっしゃるのでしょう。


 その後、父様と母様が宿に到着なさり、その慌ただしさの中で、魔法師様が探ろうとしていた事には触れることが出来ませんでした。


 そして、王都の屋敷に到着したとたんに私は倒れてしまったのです。

 その所為で、新年の舞踏会――セレナの婚約のお披露目も確か行われるはずだったのですけれど、なぜか延期されたと一の兄上様から聞きました――にも出席できなかったのです。


 それは良いのです。

 ミエンナ様からの便りに――見舞いと称した文の中にありました――新年の舞踏会でもアーク様からエスコートを申し込まれているの、という一文がありましたもの。

 胸は痛むけれど、仲睦まじく寄り添うお二人を見ることが無くてむしろほっとしました。

 それに、それとは別に、一の兄上様から、アーク様がミエンナ様をエスコートするのには理由がある、と聞いていたので、心のどこかで安心している自分もいたのです。


 一の兄上様はその理由までは教えてくださいませんでしたが、その舞踏会からあまり間をあけずに叔父様――エンディス公爵様――が訪ねていらしたと聞きました。


 叔父様が訪ねてきた理由は、未だに聞いておりません。


 私の体調が良くなってからも、兄上様方や魔法師様は忙しくなされていて、やっと今日時間を合せて皆さん我が屋敷にいらしてくださったのです。


 そして、久しぶりに会ったセレナは、会うなり泣き出してずっと私に抱き付いたまま離れなくなったのです。


「ねえ、セレナ。どうしたの?」


「……うれしいのですわ」


「え?」


「こうしてお姉さまが笑ってここにいることが、すごくうれしいのです」


 泣きはらした目を私に向けるセレナは、僅かに照れた様子で笑みを浮かべました。


 私が笑って………?


 あっ……もしかしてセレナ、ずっと心配して? 

 ああ、きっとそうですわね! 

 あの時――公爵領に向かうとき、確か一言の挨拶もせずに向かったのですわよね。セレナが心配しているとも知らずに……自分の事ばかりに気を取られて……。


 本当、このままでは親友失格ですわ。


 私はそっとセレナの手を握り、視線を合せました。


「ごめんなさい、セレナ。そして、ありがとう。私はもう大丈夫よ」


 心からの笑みを浮かべてセレナを見ると、セレナは安心したように微笑みました。


「私がいくら大丈夫と伝えても、セレナは信じてくれないんだよ」


「この目でお姉さまを見るまでは信じられるわけがありませんわ、シャリアン様」


 ………ん?


 気のせい……かしら?


 ……いえ、気のせいではありませんわね。


 どうしてセレナは一の兄上様と視線を合わせようとしないのかしら? 失礼に当たらないように控えめに視線をずらしているとかそういうものではありませんわよね。だって、思いっきり顔を背けておりますもの。なんでしょう、セレナらしくありませんわ。私がいない間に何かありましたの?


 ちらちらとお二人を交互に見ていましたら、何やら不穏な空気を一の兄上様の方から感じ、思わず腕を摩ってしまいました。


「さて、今日集まってもらったのは言うまでもないが、例の娘の事だ」


 何事も無かったかのように一の兄上様が口火を切ります。


「お互いの情報を照らし合わせる、という事ですか?」


「ああ。魔法師殿も得ているのだろう?」


 一の兄上様の問いかけに、魔法師様は僅かに笑んで、


「件の伯爵子息から得た情報ならばあります。ここにいる彼らも聞いていましたが、私の見解交えて話しましょう」


 ちらりと視線の向ける先は、私の背後にいる護衛騎士たち。

 魔法師様は静かに瞑目すると、ゆっくりと話し始めました。


「まずは伯爵子息ですが、彼はただ単に己の欲に忠実なだけでしょう。王宮の舞踏会でイリアーナ様を見初め自らの手中に収めようと画策しただけです。恋心ゆえの暴走でしょうね」


 その手段に、『魔に染まった者』を利用するなど言語道断ですが……。と言を続ける魔法師様の目が据わっておりました。


「なら、昨年の女神の祝祭にはすでにその娘は動いていたという事かな?」


「そういう事です、シャリアン殿。伯爵子息の行動自体が、例の娘が言う先見の力の所為なのですよ。自らの妹が王太子妃となるなら伯爵家は王家と姻戚関係になる。なら公爵令嬢を自らの伴侶としても何も問題はないだろうと……」


「王太子妃、ね。ああ、そういえば、その娘も婚約者候補に名が上っていたね。それも、噂に聞く神の力の所為なのかな?」


「そうじゃないか、兄さん。彼女が先見の力を持っているって街でもかなり噂になっていたし、自分でも言っていたらしいよ。『近い未来に私は、この国の王太子妃になるの』ってね」


 兄上様たちが、面白そうに語っております。

 言葉の端端には揶揄する響きがありますので、もとからその噂を信じていないのでしょう。


「街での噂の信憑性はどのくらいでしょうか?」


「う~ん、かなり高かったと思うよ。先見の力自体は自分に関わることに限定されるらしいけど、なんでも、自分が伯爵家の血をひくと早くから知っていたそうだ。ああ、彼女の身の上話も聞いてきたよ」


「それは…?」


 魔法師様の問いかけに、二の兄上様は、少し長くなるよ、と前置きをしてから話し始めました。


 その内容は、ヒロイン――ユイアナさんの母親は街の東区にある小さな商家の生まれで、行儀見習いとして伯爵家で働いていた時に伯爵に見初められ子を身ごもった。けれど、伯爵の奥方がそれを知って激怒し母親は実家に帰されたとのこと。帰された母親は、伯爵夫人の怒りを恐れた実家により追い出されてしまう。


 ああ、これは、ゲームのヒロインの設定そのままです。

 なら、この後に続くのは――――


「街を追い出された母親のその後を知る人はいなかったんだけど、5年ほど前かな、彼女が母親の実家を訪ねてきたんだそうだよ。自らを証明する母親の形見――実家を出るときに気の毒と思った兄から渡された古い短剣――を持ち、なおかつ自分が伯爵家の血をひく娘なのだから大事にした方が良いという言葉と共にね」


 あれ?


 母親の形見を持って実家に来るのは分かるんだけど――その後しぶしぶ引き取られるはずです――どうしてここで伯爵家の名が出るの? ヒロインは母親から渡された伯爵家の紋章の意味など知らないはずですわよね? 実家の方も養う事はしても、伯爵夫人の怒りを恐れ、ヒロインには何も教えなかったはずなのです。


 確か、ディレム様に出会って初めて紋章の意味を知る、でしたわよ。

 

 これってやっぱりあれかしら……。

 その5年前にはすでに前世の記憶を思い出していて、ここがゲームの世界だと認識したうえで行動していたのかしら?


 本当なら、ヒロインは引き取られた母親の実家で邪魔者扱いされるはずですもの。かなり辛い毎日だったとゲームの設定には書かれておりました。

 まさか、それを避けるために自分の身分を伝えたのでしょうか?


 あの~、ユイアナさん。健気に頑張るヒロインはどこに行ったのですか? 設定から外れて大丈夫?


「その様子だと、そのころにはすでに知っていたという事ですね」


「そうみたいだね。彼女の知人にそれとなく訊いてみたけど、当時は妄想癖のある娘と思われていたようだよ」


 妄想癖―――


 そりゃあ、ゲームの内容を話したところで、誰も信じてはくださいませんわ。


「それでも、飛切り人目を引く容姿と、持ち前の明るさ、そして彼女の言う事が一概に妄想とは言えなくなってきた辺りから噂が広まり始めたんだ。街に、先見の力を持つ娘がいる、とね」


「それは、いつ頃から?」


「噂が出始めたのは、去年の夏。ちょうどイリアーナが『魔に染まった者』に攫われる事件があったころからだね」


「ああ……あの時ですか。そういえばその娘、こちらの事情を知っておられましたね。もちろん、伏せていた素性さえ―――」


「それが切っ掛けらしいよ。走り回っていた俺たちの事を知っていたことに踏まえ、俺たちの知らないところで、イリアーナが閉じ込められていた場所を言い当てていたらしい。俺たちに伝えなかったのは、言っても信じてもらえないから、だとか」


 私が攫われた事件……?


 あれって、ゲームのイベントではないですわよね? だって、まだゲームは始まっていないはずですもの。


 なら、どうしてユイアナさんは私の居場所を断定できたのかしら?


「確かその庶民の娘、近衛騎士を捕まえては、誰が攫われたの? と聞いて回っていたのですわよね」


「よく覚えているね、セレナ」


「ディレム様がおっしゃっていた事ですもの。覚えておりますわ」


 なぜか得意げな顔をして言い切るセレナが可愛いです。

 本当にディレム様が好きなのですね。


 ゾクッ


 突然、妙な悪寒に襲われふと視線をめぐらすと、静かに微笑んでセレナを見ている一の兄上様がおりました。


 うん………見なかったことにいたします。


 怖い――――


「今思えば、それはすべてその娘から聞いた伯爵子息が企んだものなのでしょうね」


 何事もなくそう話し始めるのは魔法師様。


「あの時は、シャリアン殿の意向を踏まえ、事前にイリアーナ様が街に行くことをユコに伝えていましたので、きっと、それを知って好機ととらえたのでしょう。イリアーナ様を自分のものに出来る、と」


 ああ、確かあの時の兄上様たちは何か企んでいるような気がいたしました。まさか、とは思いますが、あの時も私は『魔に染まった者』を捕えるための囮にされたのでしょうか? 


 考えたくはありませんが、無いとは言い切れない自分もおります。それでも責める気が起きないのは、あの時、街に行きたいと言い出したのは私だから……。


 それに――――アーク様に出会えた。


「まったく愚かな人です。ですが、娘から聞いた未来に起きるその話を聞いていたなら、それと似たような現象を起こし何も知らない娘を連れ去るなど雑作もない事だと思ったのでしょう。彼の手駒には神の力を具現するものが二人いたのですから……。ま、そのうちの一人は、こちらの手の者ですが」


 似たような現象……ですか?


 ああ、だからユイアナさんはイベントが始まったと思って聞いて回っていたの? 

 

 誰が攫われたの? って。


 そうですわよね、本来なら、未来にディレム様ルートで起こる事件ですもの。それも自分が攫われる………。それが、まさかゲーム開始前に起こるなんて思ってもみませんわよね。

 

 けれどこれで一つ分かったことがあります。

 それは、あの事件に、直接ユイアナさんは関わっていないという事です。ただ、未来の一つにこんなことがあるのよ、と……そう自分のお兄様に話しただけなのだと。


 そうなると、ますます分からなくなることもあります。


 なぜユイアナさんはゲームの内容を先見の力と称して伯爵様に話しているのでしょう。ゲームのように――私は知りませんが――アーク様とのエンディングを望むのなら、他者に攻略内容を話すのはかなり危険だと思うのです。

 だって、話す事でゲーム本来の流れから外れる可能性だってありますもの。


 フラグを折る――ご自分で王太子妃になると言っておられるので――為にわざとそういう行動をしているとは思いませんが……。


 もしかして、そのように行動しなければ、アーク様のエンディングには辿りつけないとでもいうのでしょうか?




 分からない………。




 本当に……ヒロイン――ユイアナさんの行動は良く分からないですわ。








 

ありがとうございました!

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