表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/35

14. セレナ・バーンティスト、公爵令嬢の危機を知る その2



「ああ、セレナ。ここに居たんだね?」


 お姉さまの無事を願ってカフェで吉報を待っていた私たちの元へ、何の前触れもなくディレム様がいらっしゃいました。


 驚きですわ。

 ここでお姉さまの街探索を見守っていた事は、ディレム様には伝えていなかったはずなのですから……。

 

「ディレム殿下、どうしてこちらに? 確か貴方様には城内での待機をお願いしていたはずですが……」

 

「すまないシャリアン殿。つい先ほどイリアーナ嬢の危機を知らされてね。居てもたってもいられなかったんだ。それに、セレナが気落ちしているんじゃないかと思って……」


 まあ~! ディレム様は、わたくしを案じてここまでいらして下さったのですか!?


 嬉しくて、傍に駆け寄るわたくしをディレム様はそっと抱きしめてくださいました。


「…君に会えて良かった。ここにいる事はシャリアン殿から聞いて知ってはいたけど、心配したよ、セレナ。君の事だから、イリアーナ嬢の危機に自ら飛び込み巻き込まれているんじゃないか、ってね」


「まあ…わたくし、そんなことは致しませんわ」


「うん、分かってる。それでも心配だったんだ……」


「…そのお言葉、とても嬉しいですわ、ディレム様!」


「セレナ……時と場所を弁えろ」


 見つめ合うわたくしたちの耳に、地を這うようなお兄様の声が届きました。


 そうでしたわ。今はディレム様に会えました! と喜んでいる訳にはいきませんわね。


 そっと、ディレム様の腕の中から離れると、わたくしは憮然として見ているお兄様と何処か冷え冷えとしたシャリアン様の眼差しに、思わず視線を外してしまいました。

 

「すまない、フェラン殿」


「いいえ、殿下に非はありませんよ。我が愚妹を案じて下さいましたそのお心、大変うれしく思います。しかし、今は―――」


「それも踏まえて、すまない、と言ったんだよ、フェラン」


「殿下?」


「イリアーナ嬢の無事が確認出来ていないのに、セレナに会えたと喜んだ自分を恥じているんだ」


 ディレム様を見つめると、どこか苦笑を浮かべておられました。

 そして、何かを思い出すかのように視線を上向かせると、ゆっくりとわたくしたちを一瞥したのです。


「王城にて何か御座いましたか? 殿下がセレナに会いたいが為にわざわざここまでお出でになるとは思えませんので……」


 シャリアン様の瞳が眇められます。

 ディレム様が、わたくしに会うためだけにここに来たのではない、とおっしゃりたいのでしょうか?


「セレナを案じていたのは本当だよ。だから、僕にも何か出来ないかと思案していたところに妙な噂話が舞い込んできたんだ」


「妙な噂話…ですか?」


 訳が分からずキョトンとするわたくしを、ディレム様は微笑ましく見つめながら、窓の外に一瞬だけ視線を巡らせました。


 何かあるのでしょうか?


「それをお伺いしてもよろしいのでしょうか?」


「それを伝える為にここまで来たんだよ、シャリアン殿」


「その噂話が、今回の件に絡んでいると?」


「その判断は僕にはつけようがないからね。聞いた後で兄上の側近でもある貴方の意見を訊きたい」


 普段の優しげな表情を一変させるディレム様は、どこか固い声音でシャリアン様に問うておりました。


「…わざわざ私の意見を訊くためにここまで足を運んだというのですか? それほど急を要すると?」


 探るような問いかけに、ディレム様はシャリアン様を見据えるように目を合わせると、しっかりと頷いておりました。

 その視線の強さにディレム様の真剣さを悟ったのか、シャリアン様は諦めたように先を促しました。


「…聞きましょう。お話し下さい、ディレム殿下」―――と。




 その後、ディレム様が語られたのは、首を傾げたくなるような妙な少女の噂話でした。




 ☆




「城下の街に住む少女が、今回の騒動を知っているみたいでね。奔走している騎士を捕まえては、「誰が攫われたの?」と聞いて回っているらしい」


「え? 騎士たちは民に扮しているはずですわよね?」


 そう聞いております。

 城下の民に扮して、殿下やお姉さまを護衛していたと……。


 でもそれ以前に、なぜ誰かが攫われたと思うのでしょうか?

 今回の騒動は『魔に染まった者』の犯行であって、民には何が起きたのかは把握できていないはずなのです。


「そうだよね? だけど、その少女はあらかじめ知っていたかのように、騎士に訊ねるそうだよ「あなた、近衛騎士団の人よね?」ってね」


 なぜ、庶民が近衛騎士団の方々を知っていらっしゃるの?


 王国の、特に王族を守護する近衛騎士団は、この国の精鋭部隊と聞いております。

 その実力は、最難関と言われる入団試験を合格した紛う事無き強者。尚且つ王族に接するという事でその身分は貴族階級のみで構成されております。


 その彼らを只の庶民が知っているのでしょうか?


「少女の言う「誰が攫われたの?」発言は、近衛騎士が動いていることからの推測らしい」


「それだけで……?」


 近衛騎士が動いているから、誰かが攫われた、なんて、どうして推測できますの? おかしいでしょう!

 

「そう、不思議だろう?」


「不思議で済ませられる事なのか?」


 お兄様の表情がかなり怖い事になっております。


「――面白いじゃないか。市井の民が近衛騎士をどこで知ったのか興味はあるね」


 面白いと言いつつも、シャリアン様の優美な顔に浮かぶ微笑みは、春の陽だまりのような柔らかい優しい笑みとは相反する、とてつもなく冷たい、まるで真冬の泉に張る氷のような冷たさですわ。あまりの冷やかさに、思わず腕を摩りたくなるほどの―――


「…セレナの事も気になっていたし、報告ついでにその噂を確かめてみようと街に下りてきたんだ……」


「それで、噂は確かめられましたの?」


 わたくしの問いかけに、なぜかディレム様が笑みを浮かべられました。それは楽しそうな笑みではありません。ディレム様にしてはとても珍しい程の冷笑ですわ。


「……実は、ここに来るまでもいろいろあってね」


「いろいろ、ですか?」


「そうだよ、セレナ。なんの偶然か、その噂の少女と会ったんだよ」


 そう言いながら楽しそうに笑うディレム様は――はっきり言って非常に怖いですわ。


 いったいその噂の少女と何があったのですか?




 ☆




「噂の真偽もだけど、まずはシャリアン殿に一報を入れてからと思いここの近くまで馬車で来たんだけど、降りて割とすぐだったかな……噂の少女とぶつかったのは…」


「ぶつかった?」


「ぶつかったというより、突進してきた少女を抱き止めたという方が正しいかな。ただ、その少女が、僕を見るなり酷く驚いた顔をしてね」


「驚いた? ディレム様を知っていらしたのかしら…」


 突然目の前にこの国の第2王子であるディレム様がいらしたら、誰だって驚きますわよね。


「そういう驚きではなかったかな…。僕を知っているのは間違いないんだろうけど、驚きながら呟いた言葉が妙に耳に残っていてね」


「言葉、ですか?」


「うん。「―――なんで、今ここで出会いイベントが始まるの…」少女はそう言っていた」


 出会いイベント?

 なんですの、それは? 


 眉を顰めるわたくしに、ディレム様は、そうだろう? とでも言いたげに頷いておりました。シャリアン様とお兄様もどこか怪訝そうにしております。


「少女の言葉も理解不能なんだけど、その少女が噂の少女だとは一目でわかったよ」


「どうしてですか?」


「報告にあった容姿……曰く、柔らかい日差しのような金の髪と晴天の空のように鮮やかな青い瞳のとても愛らしい美少女。報告に来た騎士の一人は、とても人目を引き付ける少女だと言っていた。だからこそ、その言動含め印象に残っているのだと……。念のため、一緒に来ていた護衛の騎士に確認したら、間違いない、と言われたよ」


「まあ…それほどの美少女なのですね、その庶民の娘は――」


 どこか刺々しくなるのは、許してくださいませ。

 たかだか庶民の娘を愛らしい、などと、ディレム様の口からはあまり聞きたくない言葉ですわ。

 

 当のディレム様は、まるでわたくしの反応を楽しんでいらっしゃるように面白そうに言葉を続けます。


「それからその少女は、なぜか少し離れたまま僕の後をつけていてね、まあ不審に思いながらも害はないと思って放置していたんだけど、たまたまイリアーナ嬢を探して街を走り回っていた令嬢の専属護衛と会った時に、「え? なんでここにルキト様がいるの!?」と外聞も憚らずルキトに近付きそう問いかけていたんだ」


「どういう事ですか? ルキトと顔見知りなのでしょうか。よく街に遊びに出かけるとは聞いていましたが、その時に知り合っているとかですか?」


「いや、初対面らしいよ。ルキトもかなり困惑していたしね」


「初対面!?」


「それにルキトがいくら近衛騎士じゃないと言っても、頑としてその少女は「どうして近衛騎士じゃないの? 時期的に近衛騎士団にいなきゃおかしいでしょう」と、まるでそれが決められていた事のように話すんだ」


「はぁ?」


 あいた口が塞がらない、とはこのことを言うのですね。

 どう考えたって、おかしいのはその庶民の娘でしょう?


 ルキトが近衛騎士に成らなかったのはお姉さまの専属護衛になるためでしたが、その庶民の娘に近衛騎士にいなきゃおかしいと、言われる筋合いはございませんわよ。


「まあ、その少女の所為で足止めをくらっている間に、カイレム殿とキアノス殿がやってきてね」


 どこか、呆れを含む口調になっているのは気のせいではないですわよね。お姉さまを必死で探している最中ですもの、そんな庶民の娘如きの為に時間を割くわけには行きませんもの。というか、まさか……カイレム様と魔法師様にも何か言ったのではないでしょうね。


 はははっ……とどこか渇いた笑いを浮かべるディレム様は、まるで記憶をゆっくりと思い出すかのように話を続けました。


「彼女、二人を見た瞬間に「カイレム様にキア様? うそ…ここで攻略対象揃い踏み? なんで? 駄目よ、今ここでイベントを起こしたらあたしの計画が……。そうだ、見なかったことにしよう。それが良いよね、うん、そうしよう」と一人でぶつくさ言いつつ雑踏に紛れて行っちゃった」


 なぜ、庶民の娘の言葉を一つ一つ覚えているのかは置いといて、めちゃくちゃ怪しいですわよ、その娘。なんですか、攻略対象って? 理解できません! それに、キア様? 誰ですか、それは? 


「キア様に……計画、ね」


 聞こえてきたのは、背筋も凍るほどの冷やかな声音。

 ふと、声の主を見たわたくしは、瞬時に目を逸らしました。


 怖い……怖いですわよ、シャリアン様。


 優美な顔立ちだからこそ、その冷やかな微笑みが余計に際立ちます。


「キアノス殿をキア様と呼ぶ一介の民でしかないその少女は、いったい何処まで知っているんだろうね……」


 あら、キア様とは魔法師様の事でしたのね。お名前がキアノス様ですので、キア様?


「随分と親しそうですわね、その娘と魔法師様は……」


「同感だ、セレナ。ぜひ見たかったね、その時のキアノス殿の顔を……」


「面白がらないで下さいよ、シャリアン殿…。かの御方は、かなりの不快を顕にしていましたよ。失言を咎める前に少女が姿をくらませたので、その場では何事もありませんでしたが……」


「キアノス殿の事だから、何かしたのではありませんか?」


「よく分かりますね。キアノス殿は、何やら、神の力を具現しておられましたよ」


 何をしたのかは分かりませんが…と言葉を続けるディレム様は、探るようにシャリアン様を見ておりました。


「おそらく、その娘を探っているのでしょう。私がその場にいても同じことをします。ただし、私は神の力ではなく配下の者を使って、になりますが……」


「やはり、その少女、相当怪しいですよね。だからこそ、彼女の言葉が記憶に残っていたんだけど、事は、それだけで済む問題でもないんだよね」


 まだありますの?


「――極めつけはあれだね」


 笑んでいるのに目は少しも笑ってはいないディレム様は、ここで衝撃の一言を告げました。


「彼女、首からメイグリム伯爵家の紋章を下げていたんだよね」


「…え?」


 メイグリム伯爵家の紋章?

 ……確か舞踏会の折に、伯爵が執拗にディレム様と王太子殿下に見せていた紋章の事ですわよね?


 あれ? それって、もしかしてお姉さまが気になさっておられる―――


 そうですわよ! あの舞踏会の後、お姉さまから見知らぬ令嬢の事を訊ねられた時、わたくし思いましたわよね、その伯爵の娘がお姉さまの気になさっている令嬢なのではないでしょうか…と。


「…? セレナ、どうしたの?」


 ……まさか、その怪しい庶民の娘がメイグリム伯爵の娘、とか言いませんわよね? 

 お姉さまが街へ行くことに拘ったのは、その娘に会うため……とか言いませんわよね?


「セレナ…?」


 いいえ、あり得ませんわ。

 それこそまさか―――ですわよ。

 第一に、お姉さまがそんな怪しい庶民の娘と知り合いとは思えませんものね。


「セレナ!」


 でも……なぜなのでしょうか? 

 とてつもなく嫌な予感がするのです。

 だってその娘が接した殿方は、一様にお姉さまの身近な方々ですのよ。全て偶然で片づけて良いのでしょうか? 良いわけありません。お姉さまの事だから絶対に巻き込まれるに決まっております!


「セレナ! しっかりしなさい!」


「え? お兄様?」


「お兄様、じゃないだろう。どうした?」


「心ここに在らず、だったよね、セレナ。何か心配事?」


 心配げに問うフェランお兄様とディレム様。


 シャリアン様は、ただじっと見つめてこられるだけです、が、その瞳は雄弁に語っております。曰く――隠さず、全て話してしまいなさい、と……。






 その後、わたくしは、お姉さまが見知らぬ令嬢を気にかけておられた事、メイグリム伯爵がご自身の令嬢を探しておられる事――ディレム様も証言してくださいました――そして、その令嬢がもしかしてお姉さまの探している令嬢なのではないかという事を、わたくしの憶測――お姉さまの事だから絶対に危険に巻き込まれる等――を交えて話しました。


 それを聞いたお兄様は、なぜか頭を抱えながら「なぜ、もっと早くに言わなかった。それを分かっていたなら、外出など屋敷に縛り付けてでもさせなかった」と物騒な事を言いだし、ディレム様は「大丈夫、これからは僕も力に成るよ。だからセレナ一人で抱え込まないで」と言って、微かにふるえるわたくしをまるで労わるように抱きしめてくださいました。


 そして、静かに笑みを浮かべるシャリアン様は――――




「その娘が元凶か……」




 あら、どこからか冷気が……。


 気のせいですわよね?

 ディレム様の温かい胸に抱きしめられているのに悪寒がする、なんて、絶対に気のせいですわ。




 ええ、気のせいだと―――思わせてくださいなっ!








ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ