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13. セレナ・バーンティスト、公爵令嬢の危機を知る その1



「どういう事ですか!?」


 わたくし、セレナ・バーンティストは城下の街へ出かけたお姉さまを陰で見守るべく、『時知らせの塔』近くにあるカフェに居ります。

 

 もちろん心配性の皆さんもおりますわよ。

 シャリアン様始め、カイレム様にフェランお兄様、そして…、


「イリアーナ様が攫われた、という事ですよ」


 苦々しい表情で告げるのは、神殿の魔法師、キアノス様です。


「そういう事を訊いているのではありません。何故、あの御方が側に居ながらみすみすお姉さまが攫われるのです! いったい何をしているのですか、殿下は――!」






 時を遡る事数刻前。


 事前にお兄様から今日お姉さまが街へ行かれることは聞いておりました。いくら危険だからと反対してもお姉さまの事、絶対に行動するだろうことは分かっておりましたもの。

 まさか、身分を隠し、市井の民に紛れての探索だとは思いもしませんでしたが……。

 シャリアン様が許された、というのも驚きましたわ――


 それでも心配は尽きません。

 お姉さまが城下の街に行くこと事態が、何かを引き起こすのではないかという懸念もあるのです。ましてや、今城下の街には魔に染まった者が潜伏していると言われておりますもの……。


 そんな警戒時に街に行ったら、お姉さまの事、絶対に巻き込まれる事必至ですわ。


 シャリアン様も良くお分かりのようで、


「すでに守りは固めているよ。かの御仁にも協力を仰いでいるしね」


 と、人の悪い笑みを浮かべながらおっしゃっております。


 かの御仁とは王太子殿下の事ですわよね。その殿下に協力を仰いでいるのですか……? どうして…?


 まさか―――!? 


 思わず顔を顰めたくなるのは、その言葉に含まれるシャリアン様の思惑に気付いたから……。


「シャリアン様……殿下とお姉さまを会わせるおつもりですか?」


「会わせろとうるさくてね。まあ、すべては殿下次第かな。イリアーナの行動の範囲は伝えるけどその先までは面倒見きれない」


 なんにせよ、面白くなると思うよ、と語るシャリアン様は何と言いますか、ただ面白がっている風には見えなくて……。


「……試すつもりか?」


 お兄様の問いにシャリアン様は、この上なく美しい笑みを其の(かんばせ)に浮かべました。思わず、見惚れ…いえいえ、後ずさりたくなるような怖さの笑みです。


 絶対に何か企んでいる――


 そう思わずにはいられませんでした。


 その後、お姉さまが出かけられたとの報を受け、わたくしたちは馬車で街に降り立ったのです。

 もちろん、人目を避ける為市井の民が使用する馬車に乗ってですが……。


 乗り心地?


 はっきり言って最悪ですわ! でも、お姉さまに知られるわけにもいきませんし、ここは我慢です。


 




 馬車が止まったのは、『時知らせの塔』の近くの広場の裏通りにある小さなカフェの前。

 事前に貸し切りとしていたため、お姉さまの関係者以外ここにはおりませんわ。

 店主も公爵家ゆかりの方らしく――元公爵家お抱えの騎士団におられたとか――快くお店を貸して下さったとのことです。


 お姉さま初の城下の街探索という事で、今此処には、お姉さまを案じる皆さんが一堂に集っておりますわ。


 お姉さま達を監視していた騎士から逐一報告が入るたびにシャリアン様の顔色が冷やかになってゆくのは、護衛騎士の一人、ルキトの所為ですわね。

 あちらこちらでお姉さまを口説いていたらしいと報告を受けておりますもの。当のお姉さま本人はルキトの気持ちなど微塵も気付いておられないみたいですが……。


 度を超しますと、後で怖いですわよ、ルキト。


「しかたがないね、ルキトも。今回の外出の裏を知らせてあるから焦る気持ちも分かるけど、兄さんを宥める俺の苦労も分かってほしいよ」


 そうぼやくカイレム様は、シャリアン様をちらりと見ると大きなため息をつきました。


 これはあれですか? 

 今回の外出に殿下が絡んでいると知っての行動ですか?


 馬鹿ですわね~、焦ってお姉さまを口説いたって伝わるわけがありませんのに。只でさえ、恋心にとてつもなく鈍感なお姉さまですもの、何を言われたって、からかわれているとしか思いませんわ。


 ふと隣のお兄様に視線を巡らすと、こちらもシャリアン様ほどではありませんが、かなりの不機嫌さが伺えます。


 その中で奇妙に映るのは、静かに瞑想を続ける魔法師様。


 気にならないはずはないと思うのですけれど、なぜこうも落ち着いていらっしゃるのでしょう? むしろ、誰よりも今回の事を遺憾に思っているはずなのに―――


「…なにか?」


「落ち着いていらっしゃいますわね? 今回の事、何も感じないのですか?」


「何を感じろと? 私は、自らの宣言を反故にする気はありませんよ。守護の翼はあの方の側におらずとも広げられております。故に誰がどんな思いでイリアーナ様に接しようが、私には関係のない事です。私は自らの居場所を定めました。これは、この先何が起ころうとも変わることは無いのです」


 わたくしの不躾な問いに対し、魔法師様はその口の端に微かに笑みを浮かべると、そうおっしゃいました。


 それはあれですか?

 仮にお姉さまが貴方意外と結ばれたとしても、貴方はそれが何処であろうと絶対に付いていくという事ですか? でも、お姉さまは絶対に嫌がりますわよ、魔法師様……。 


 心の声が聞こえたのか、不審げに見つめるわたくしに、魔法師様はこの上なく麗しい微笑みを向けられてきました。

 

 決意を秘めたその瞳は漆黒。

 まるで吸い込まれそうなその瞳に思わず、視線を外してしまいました。

 

 お姉さまが苦手と言う理由、何となく分かりましたわ。

 あの瞳は危険です。

 見つめられると、本当に囚われそうになりますもの。


 魔法師―――いえ、キアノス様は本当にただの魔法師様なのでしょうか? 






「奴らが動きました!」


 お姉さまが入られた食堂での情報――何でも、殿下はお姉さまとお会いになったらしいのですが、未だに名乗ることはしていないという報告ですわ――がもたらされたその直後、間髪入れずに騎士の一人がカフェの扉を叩きそう叫びました。


「騎士団は? 殿下はどうしている?」


「民に扮した騎士たちは殿下の守りを固めております。ただ、イリアーナ様の方が……」


 シャリアン様の問いかけに、言いにくそうに口ごもる騎士。


 どういう事です? 

 奴ら、とは、おそらく魔に染まった者ですわよね? 


 今回の件に関して、王国騎士団と連携をとっていると聞いております。王太子殿下の護衛の為、一部の近衛騎士も同行していて、尚且つ、彼らには殿下ともどもお姉さまの護衛も一任されていたはずなのです。


 殿下の守りは強固にしていましても、お姉さまの守りが薄いという事ですか? 


 一気に血の気が引きました。

 

 守り手が少ないなんて、お姉さまに何かあったらどうするのですか? 

 そもそも殿下も何呑気に護衛に囲まれているのですか! 貴方、お姉さまを守るために街にいらっしゃるのではないのですか? ただ、会いたいが為などとおっしゃいましたら許しませんわよ!


 不敬になりますので、声に出しては言えないあまり、わたくしは相当きつい表情をしていたのだと思います。報告に来ていた騎士が、わたくしの顔を見るなり後ずさりましたもの。


「落ち着け、セレナ」


「……お兄様」


「大丈夫だよ、セレナ。イリアーナの守りには、彼女たちが動いているから」


 憤るわたくしをポンポンと宥めるように頭をたたくカイレム様は、その目元を僅かに綻ばせ、安心させるようにそう告げました。


「彼女たち? ああ、聞いたことがありますわ。女性でありながら男性顔負けの強さを誇る騎士がいると」


「その彼女たちが、今回イリアーナの守りを買って出てくれたんだよ」


 意外と殿下より頼りになるかもね~、と、ふざけた物言いで言葉を続けておりましたが、僅かに店外へ目を向けたその瞬間、カイレム様から笑みが消えました。

 飄々とした雰囲気を一変させ、その立ち姿はまるで研ぎ澄まされた刃のようです。


 いったい、何が?

 

「……風が」


 視線を店外へと向けた時です。

 ぽつりと呟かれた魔法師様の声と同時に、辺りが急激に暗くなりました。


 異変を感じた皆が店外へと目を向けておられます。


 異常な速度で暗雲が垂れこみ、今にも雨が降ってきそうです。

 遠くで鳴っているのは雷鳴?


「…キアノス殿、これは?」


 眉根を寄せ、外を凝視している魔法師様にシャリアン様が問いかけました。


「神の力、ですね。となれば、動きますよ、奴らが……」


「狙いは分かるか?」


「もちろん。奴らの狙いは――!」


 ピシっ! 


「きゃあ!」


 魔法師様の言葉を遮るように突然閃光が走り、次いで耳を塞ぎたくなるような音と震動を感じた私は、思わずシャリアン様にしがみつき悲鳴を上げていました。


「…大丈夫か? セレナ」


 か…雷は苦手なのです―――!

 

 恐る恐る顔を上げると、シャリアン様がわたくしを抱きとめながらも外を凝視していました。


「キアノス殿、今の雷は……」


 シャリアン様の問いかけに、魔法師様は外を――『時知らせの塔』を一瞥した後、まるで何かを探るように瞳を閉じました。


「…少し、遅かったようですね。奴らはすでに行動を起こしたようです。狙いは――イリアーナ様ですよ」




 バンッ!!




「カイレム様!」


 魔法師様が魔に染まった者たちの狙いを告げたその瞬間、扉を叩きつけるように入ってきたのは赤毛の女性。

 よほど急いで走ってきたのか、肩で息をするその女性は、呼吸が整うのすら時間が惜しいと言わんばかりに悲痛な声で告げてきたのです。




「お嬢様が……イリアーナ様が攫われました!」


 

 

 ☆




「どういう事ですか!?」


「イリアーナ様が攫われた、という事ですよ」


 苦々しい表情で告げるのは、神殿の魔法師、キアノス様。


 そんなことは分かっております!

 たった今、そう聞かされたではありませんか!




 女性騎士――王国騎士団に所属する女性騎士の一人だと伺いました――が言うには、お姉さまは、一見するとまったく悪意の欠片さえ見当たらない少年に攫われたという事です。


 一瞬の隙をつかれたらしいのですが、護衛をしていたルキトとゼンは、すぐにお姉さまの捜索を開始しているという事です。ただ、少年と一緒に風に飛ばされたようなので現状どこまで辿れるのか分からないとも言っていたと―――


 近くで様子を窺っていた女性騎士たちも、空の急変に気をとられ、お姉さまから目を逸らしたことを深く謝罪しておりました。

 

 確かにルキトもゼンも女性騎士たちも油断していたとは思いますわよ。

 でも、でもですね、そこには殿下もいらっしゃったはずですわよね?


「そういう事を訊いているのではありません。何故、あの御方が側に居ながらみすみすお姉さまが攫われるのです! いったい何をしているのですか、殿下は――!」


「落ち着きなさい、セレナ」


「でも、シャリアン様……」


「憤るのは分かるけど、イリアーナは大丈夫だから…」


「…え?」


 困惑するわたくしを余所にシャリアン様は周りを一瞥すると、一瞬その口元に笑みを浮かべました。


「兄さん、もしかしてこれも計画の範疇なのか?」


「半々、かな。イリアーナの事だから、絶対に奴らを引き寄せるとは思っていたが、まさか攫われるとは予定外だよ」


「シャリアン、こうなることを見越していたのか?」

「お姉さまが危険に晒されると分かっておられたのですか?」


 お兄様と同時に声を発したわたくしたちに、シャリアン様は僅かに苦笑を浮かべました。


「心外だね。君等だって薄々気づいていただろう?」

 

 そ…それは、まあ、お姉さまの運の無さ――いいえ、苦手なもの嫌いなものほど引き寄せるという体質を知っていますので、絶対にない、とは言い切れませんけれど……。

 お兄様をちらりと見やると、なぜか視線を泳がせておりました。


 ああ、お兄様も分かっておられるのですね。お姉さまが街に出かけて、何事もなく済むはずがない……と。


 そのお兄様は「だから、あれほど反対だと言ったんだ」とぶつくさと呟いておりますが、今更、もう手遅れですわよ。


「さて、殿下も既に動いている事だろうから、こちらも行動に移すとしよう。行けるか、カイレム?」


 項垂れるお兄様を余所に、シャリアン様の声が響きます。

 

「言われずとも」


「キアノス殿、奴らの足跡を辿れそうか?」


「誰に向かって言っているのですか? 出来ないわけがありませんよ」


「それは、失礼をした。では、急ぎイリアーナの元へ案内を頼みます」


 了承した、とでも言いたげに魔法師様はシャリアン様に目配せをした後、店を出て行かれました。


「カイレム、分かっているな?」


「もちろんだよ、兄さん。…イリアーナは必ず無事に助け出す。ソリン、行くぞ」


「はい!」


 カイレム様は、魔法師様の後を追うようにソリンと呼ばれた女性騎士の方と共に店を出て行かれました。


 出来ればわたくしとてお姉さまを救いに行きたい。でも、行動を共にするという事は、とてつもなく足手まといになるという事も理解しております。ですから、その背に礼をすることでわたくしの思いを託させていただきます。


 カイレム様、ついでに魔法師様、お姉さまを、お願いいたします。

 



 それとおまけに王太子殿下。


 お姉さまに怪我の一つでも負わせてごらんなさい。

 わたくし、徹底的にお姉さまとの恋路を邪魔して差し上げますわよ!








ありがとうございました!

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