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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第三章 波乱の道中
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3-7 旅の夜

「──いくら街道がろくに整備されていないとはいえ、沼地となるとこうも進まないものなんですね」


 一行が旅を始めてから四日目の夜。


 涼し気な虫の音や夜行性の獣の鳴き声を聞きながら、共に見張りとして警戒を行っている使用人のフュンに、ロウは溜息を漏らしながら語り掛けた。


 ぬかるみに車輪をとられ、更には頻繁に遭遇する魔物たちによって足止めされ。草原地帯を進んでいたころとはうってかわって、この大湿原での進行は(にぶ)いものとなっていた。


 最初の内は風景を楽しんでいたロウも、遅々(ちち)として進まぬ状況や蒸せるような気候で、数時間のうちに辟易(へきえき)とした表情を浮かべるに至った。


 美しい景色には過酷な現実がつきものであるが故である。


「ふふ……実はこれでも相当進んだ方なのですよ。なにせセルケト様やロウ様がひとたび先陣を切れば、魔物の障害などあってないようなものですからね。本来なら戦闘後アルダたちの精神が落ち着くまで、しばらく進行を止めて待たなければいけないのですが、あっという間に済むおかげで随分と時間が短縮されました」


 馬車を引く魔獣アルデンネも馬と同様、興奮状態となれば人の指示など聞かなくなる。否、魔物化しているため馬以上に制御が難しくなる。


 このため魔物と遭遇した場合、通常は精神状態が安定するまで数分から数十分の間歩みを止めねばならないのだ。ロウやセルケトが一も二もなく蹂躙(じゅうりん)していなければ、今日進んだ距離の半分ほどしか進むことができなかったことだろう。


「これでも進んだ方だったんですね……。セルケトはこの速度だと乗り物酔いにもならないみたいですから、明日も頑張ってもらいましょう」

「心強いです。セルケト様の槍捌きは、それは凄まじいものでしたから。あの大槍をああまで巧みに操るとは」


 見張りをしながら馬車の点検を行っていたフュンは、一突一殺、正に必殺の一撃を放つ竜胆色(りんどういろ)の勇姿を思い返しながら、感嘆の息を吐いた。


 彼女が強く感心するのも当然と言える。魔の気配が漏れ出ぬよう身体強化を抑えていようとも、セルケトの強さは他と一線を画すものだからだ。


 突きを放てば魔物を貫くどころか当たった部位を泣き別れにし、薙ぎ払えば魔物の巨体が(たば)で吹き飛ぶ。正に桁違いの戦力である。


 他方、ロウもロウで恐ろしい戦力だ。


 黒刀の居合を構えれば、切れぬものなしと五メートル以上先の対象まで両断し、近寄った敵に銀刀を閃かせれば、鉄塊の如き大剣を持った鬼人を武器ごと真っ二つにする剛剣となる。


 寄らば斬る、寄らねど斬るが黒い影。故に魔物は会えば死ぬ。


 そんな二人なのだから、戦闘は正に蹂躙。“来た、見た、勝った”そのものである。魔獣アルデンネが興奮する間もないのは道理だった。


「あまり本人の前では褒めないで下さいね。あいつ、水を吸い込むガーゼ並みに増長するので」

「ぶふっ!? ……失礼しました。セルケト様の鼻高々な様子が、あまりにもはっきりと浮かんだもので」


 ロウの言葉に思わず吹き出してしまうフュン。


 まだ付き合いの短い彼女にもありありと姿を想像させるあたり、セルケトのキャラクター性は非常に強い。分かりやすいともいうが。


「──ロウ様、交代のお時間です。警戒、ありがとうございました」

「はい。それではお二人とも、おやすみなさい」


 休憩を終えたアイシャが戻ってきたことで役目も終わり、ロウは使用人たちに挨拶をして寝床へ向かう。女性たちは馬車の中で眠り、彼は馬車の傍にあるヤームルが土魔術で(こしら)えたベッドでの就寝である。


(お疲れ様です。ロウ)(おかえり。念話が制限されて暇で仕方がないぞ)


(はいはいただいまーっと。カルラやエスリウから疑われてるんだから仕方が無いだろ。もうしばらく辛抱してくれ。……硬いけど、毛皮を敷けば意外と悪くないな、このベッド)


 退屈だと不満を垂れる曲刀たちに軽く返しつつベッドに潜り込んだ少年は、その寝心地に感心しながら眠りに落ちていった。


◇◆◇◆


 ロウが就寝してから三十分ほど経った頃、馬車の近くに造られた簡易浴場にて。


「──ふぅ」


 土魔術で(こしら)えられた石の浴槽に湯をなみなみと満たし、肩まで湯船に浸かる美女が一人。新緑を思わせる鮮やかな長髪を持つ人型の上位精霊、マルトである。


 人型精霊の肉体は基本的に人族のそれと大差ない。


 精霊の場合は頭部に脳みそが無かったり、身体に流れる血液が白濁していたり、血液を送り出す心臓の他にリンパ液を送り出す心臓を持っていたりするが、些細なことだ。


 人に近い肉体を持つため当然代謝が行われるし、肉体の最適温度を保つために発汗もする。人型精霊が人と同じように身体を清める習慣を持つに至るのは、自然なことだった。


「……」


 しかし、人同様に憩いの時間である入浴中なのに、彼女の表情はどこか(うれ)いを帯びている。本来なら表情変化の稀な彼女も顔をほころばせる、数少ない瞬間なのだが……。


「──悩みが顔に出ていますよ、マルト」

「お嬢様……」


 透き通るような美声と共に現れるは、彼女の主人エスリウ。


 同性でさえ目を奪われるであろう白くきめ細やかな肌に、梨ほどの実りのある豊かなバスト。筋肉で引き締まった腰回りに、艶めかしい曲線を描く下腹部と、そこから連なる蠱惑的(こわくてき)なヒップ。従者同様の一糸まとわぬ姿である。


 仮にロウが彼女の裸体を見れば、「大変素晴らしいおへそですこと! 鼠径部(そけいぶ)も超エロい! 過去最高と思われていたあのダリアを超えるスケベ指数です。驚天動地(きょうてんどうち)ですよこれは!」などと妄言を吐き、いたく感激した事だろう。


「貴女は普段が普段だから、考え事をしているとかえって分かりやすくなるのね」


 そう言いながら、自身の魔術で創り出した巨大な水球で全身を洗い流すエスリウ。象牙色の長髪をタオルで纏めると、マルトが浸かる浴槽へと自身も入っていく。入る際に特に許可を求めないあたり、流石主従である。


「……以後、気を付けます」

「貴女が思い悩むことなんてそうそう無いでしょうから、あまり気にしなくても良いですよ。悩みの元を解消すれば済む話です」


 だから話してごらんなさい? と主人から(うなが)され、マルトは重そうにしながらも口を開く。


「お嬢様がお察しの通りだとは思いますが。今日改めて彼の剣捌きを見て、肝が冷えました。もし、初めて対峙した時に彼が私を殺すつもりだったらと考えると……生きた心地がしませんね」


 そこまで語り、彼女はぶるりと身を震わせて口を閉ざす。


 彼女は上位精霊として長くの時を生きてきたため、戦闘術全般に造詣(ぞうけい)が深く卓越した技量を有している。


 その彼女をして恐ろしいと言わしめるのが、(くだん)の褐色少年だった。


「ムスターファさんの屋敷で見た時とは違って、殺意がのっていたものね。その上、彼は精霊魔法まで扱える……。信じられないことだけれど、全力を出した貴女に比肩(ひけん)しうる力を持っているのでしょうね。そして恐らく、セルケトさんも同様に」

「……」


 上位精霊の本領は近接戦闘術などではなく、精霊魔法にある。


 元より外界に満ちるマナが自我を持った存在が精霊なのだから、マナの操作など容易いものだ。


 加えて、通常の精霊使役者と異なり、自分自身がマナを操れるため発動までのタイムラグが無い。正に魔法のように扱えるのだ。


 それでいて、マナを操作して世界に干渉するため、自身の魔力のみで世界に干渉する魔法の十数分の一の消費量で済むところは変わらない。燃費の悪い魔法のみを扱うロウが知れば、さぞ(うらや)んだことだろう。


 なんにしても、マルトが扱う精霊魔法は精霊使役者のそれとは桁が違う。故にエスリウは、従者が全力を出せば、精霊使役者(実際には魔法を自在に操る魔神)であるロウにも劣らないだろうと考えていたのだ。


「あれ程までの力を持つ彼らがどういう意図で旅をしているのかは不明だけれど……今のところは彼らと敵対しないよう立ち回るほかないから、解決策も単純といえば単純ね」

「そうなのですが……お嬢様、ロウに対してもう少し干渉を緩められませんか? 彼のお嬢様への印象は、中々に酷い状態です」


「うふふ、それは少し難しいかもしれません。あの子を見ていると反応が面白いものだから、ついついちょっかい……もとい、お話を続けたくなってしまうもの。マルトには緩衝材(かんしょうざい)として上手く取り入ってもらわないとね」

「……どうかご自重下さい」


「あら? 貴女だって彼と話しているときは楽しそうにしているじゃない。ワタクシが“ちょっとした”干渉を続けることで、貴女にも彼との会話の切っ掛けが生まれる。ワタクシも楽しい気分になれるし、貴女も同様。ふふっ、素敵なことだわ」


 湯船から立ち上がりながら嫣然(えんぜん)と微笑む象牙色の美少女。やたらと介入されてストレスを溜めているロウのことなどお構いなしである。


 やはり彼女も魔神であり、本質的には身勝手な存在であった。


「はぁ……お嬢様はお変わりないですね。身体の方は成長してお美しくなられたのに」

「あら、ありがとう。背は貴女より低いけれど、胸はもう追い抜いてしまったものね。あの子と話していると、胸への視線を感じることが多々あるわ……ふふ、触りたいのかしら?」

「……」


 微笑みを浮かべたまま自身の豊かなバストを寄せるように揉み上げるエスリウ。


 そんな主人の胸元に顕現する深い谷間に、能面のような表情を一層無機質にするマルト。


 ──彼女はキョウブ・ヒラタイ族だった。


「お嬢様、湯冷めしてしまいます。早く上がりましょう」

「そうですね」


 しかし、そこは上位精霊。


 嫉妬などという人族的な感情に振り回されることはなく、素早く主人の健康を気遣う言葉を捻り出す。心の内に生まれた敗北感など、従者としての使命に比べれば取るに足らないものなのだ。


(お嬢様に話を聞いてもらったのは良いけれど。結局悩みは解決していないような気が……)


 湯から上がって主人の身体を拭きながら、自身の悩み解決の目途が立っていないことに気付き、憮然(ぶぜん)とした表情を浮かべるマルトだった。

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