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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第三章 波乱の道中
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3-5 竜たちの井戸端会議

 ところ変わってレムリア大陸中央部。


 山頂火口までの高さが三十キロメートル、直径五百キロメートルにも及ぶ超巨大活火山を内包する、タルシス火山平原にて。


【──あの馬鹿者はそれほどの大魔法を放っていたのか。この火山であっても魔力の波動を感じ取れたのは道理よな】

【肝心のドレイクは雲隠れしており、あやつが大魔法を放った周辺は焼け野原、どころか溶岩地帯も拡大しつつある様子。我の風雨や嵐などでは(おとろ)えの兆しさえ見えぬ、面妖怪奇(めんようかいき)な溶岩である故、どうか事態の収拾にご助力願えぬだろうか? 大地竜ティアマトよ】


 火山性堆積物(たいせきぶつ)に含まれる酸化物の影響を受け赤く染まった大地の上で、二つの巨影が向かい合う。


 腹や手足をべたりと地に着けて伏す山の如き巨大な赤き竜と、その巨竜が生み出した、とぐろを巻く蛇のように捻じ曲がった樹木に寝そべる白き竜。


 この二柱の竜は、ある若き竜がしでかしたことについて相談をしていた。


【助力願うと請われてものう。我がその溶岩を消さんとすれば、大地を裂いて地下へ流し込むか、あるいは溶岩を食らう魔樹(まじゅ)を植え付けるか。いずれにしても、溶岩と同等か、それ以上の影響が出ようものでしか解決を図れん】


 ふんす、と鼻息で竜巻じみたつむじ風を発生させながら答える、赤き巨竜ティアマト。


 捻じ曲がった樹木の上で寝そべっている月白竜(げっぱくりゅう)シュガールの上司にあたるこの巨竜は、神をも凌ぐ力を有する古き竜の一柱である。


 元々、大陸西部に巨大な竜の魔力を感じ取って部下のシュガールに調査を行わせたのは、このティアマトだ。


 感じられた魔力の性質からおおよそ“犯人”についての目星がついていたため、その竜の知己(ちき)であるシュガールを現地へと派遣したのだが……。結果は嵐を(つかさど)る彼でさえ収拾不能というものだった。


【魔樹が論外なことは、溶岩を食らい尽くし生育した後に、育ち切った魔樹が周囲の動植物をも食らい尽くす故と理解できるが……。大地を裂き、地の底へ溶岩を追い落とすことにも、何らかの問題があるのだろうか?】


【大抵の場合、地下というのは水脈があるからのう。おぬしの話では、その溶岩は冷えぬ上に熱量自体も相当に高いようだ。仮にその溶岩が地下水と触れれば、たちまち水に爆発的な蒸発現象が起こり、その衝撃で溶岩を更なる広範囲へと撒き散らすに至るであろう】


【恐るべきことであるな。……だがそうであるならば、このままかの溶岩を放っておいても、いずれ地下水と接触してしまう可能性があるのではないか? 拡大の兆しが見えているということは、徐々にだが大地を侵食しているのであろう】


 ドレイクが生み出した溶岩が爆発と共に撒き散らされる様を幻視したのか、鱗を鳴らして震えるシュガール。


 だが、このまま溶岩が冷えなければどうなるかに思い至ると、居住(いず)まいを正し目の前の巨竜に答えを求めた。


【──然り。このまま放っておけば、あの馬鹿者が放った大魔法の規模の、数十倍は下らない甚大な影響を、周囲にもたらすであろうな】

【ハァ……。そのようなことになれば気ままな魔神どもはともかく、口煩(くちうるさ)い神たちが黙っておらぬだろう。下手を打てば、あの琥珀竜(こはくりゅう)ヴリトラが創り出した大砂漠並みの被害に至るやもしれん……これは一大事ではないか】


【左様。故に我は汝が件の地へ赴く際、万が一に備えて、ドレイクの馬鹿に対処しうる竜をもう一柱呼び寄せておったのだ。そやつは──……ふむ、来たか】


 赤き巨竜の言葉で自身の懸念が間違いでないと知ると、雷光の混じった盛大な吐息を吐くシュガール。その様子を見たティアマトが対処済みだと続けようとしたところで──丁度話題に上げた協力者が、氷雪を撒き散らしながら到着した。


 正に山といった巨体のティアマトには言うに及ばず、ドレイクやシュガールと比べても線が細く華奢(きゃしゃ)な印象を抱かせる青白き体躯。


 霜が降ったように先端が白くなった、頭部より生える緩やかにうねった六本角。青白い腕の先から生える、黒曜石のように黒い爪。


 水晶のような透明な棘が無数に生える長い尾に、背部から生え腕部を発達させ被膜を持つに至ったような翼。


 シュガールとは方向性を異にしながらも、この竜もまた王者というに相応しい風貌であった。


【ウィルムか。冷気を司るこやつなら、確かに溶岩に対処するは適任かもしれぬが……大丈夫であろうか?】

【やい、シュガール。折角出てきてやったのに、いきなり妾を煽るとは良い度胸だな? ドレイクの阿呆をシメる前に、ぬしから矯正(きょうせい)してやっても良いのだぞっ!】


 自分たちの前へとやってきた青白き竜──青玉竜(せいぎょくりゅう)ウィルムを見て、思わずといった様子で嘆息する月白竜。


 彼の態度を見た青玉竜は、呼ばれたのだから遠路遥々やってきたのにと憤慨(ふんがい)し、ガーネットの如き瞳を(たぎ)らせて怒りを露にする。


【ふぁ……ふぅむ、シュガールよ、少し間違っておるぞ。我はウィルムに直接溶岩の収束を図らせようとは考えておらん。こやつには自身の配下である冷気を纏う亜竜を率いさせ、亜竜たちの冷気の息吹でもって冷却を成そうと考えておるのだ。こやつがドレイクの大魔法を無力化するだけの大魔法を放てば、それこそ神たちが見過ごさぬだろうからな】


 一瞬欠伸(あくび)のように大口を開きかけ、即座にそれを噛み潰した赤き巨竜は、金の魔力を(ほとばし)らせ周囲を凍結させる青玉竜など目に入らぬと話を進める。


 彼女が若き竜たちを束ねる立場にある以上、いちいちこの程度のことに目くじらを立てていても仕方がないのだ。実は眠いだとかあやすのが面倒だとか、欠伸をかみ殺していたなどということは無関係である。


【そういうことであったか。なれば安心よな。してウィルム、件の亜竜たちの姿が見えぬが、これから迎えに行くのか?】

【妾の言葉を……まあ良い。此処へは妾の配下も連れ立ってきたが、やつらは鈍い上に貧弱だからな。妾の速度にはついてこれなんだ】


 ふん、とウィルムが吐いた鼻息の水分がたちまち凍り付き、氷霧のような煌めきを残す。


 彼女の尊大な様子に口を開きかけたシュガールだったが、ここで言い合っても仕方が無いし、同族は大体こんなものだったと思い直す事で、口論への発展を避けた。彼は竜属では珍しい我慢ができる大人なのだ。


 ──当然、彼自身がウィルムに対し礼を失した態度を取っていたということなど、彼は忘却の彼方である。やはり彼もまた竜であった。


 他方、月白竜と青玉竜のやり取りを、眠たげな眼で見つめる赤き巨竜はというと。


(我ら真なる竜が大魔法を使わずとも、亜竜が大集団となって行動すれば神や人族の目につくか? ……いや、ウィルムが大魔法を放とうものなら、ドレイクに対抗心を滾らせて過剰となりかねんし、やはりこのままで良いか。それに、神たちに難癖をつけられたとしても、亜竜たちであれば移動させることなど造作もなかろう。……何より、もはや訂正するのも面倒である)


 などと、怠惰(たいだ)なことを考えていた。


 これが大地母神のように農耕を行う人々から信仰を集める竜の姿なのだから、人の信仰の対象とは分からぬものである。


 紅き巨竜の(まぶた)がいよいよ落ちようとしていると、暇を持て余した若き竜が尻尾を大地へ叩きつけ、その眠りを妨げる。


【妾の配下が集うまで暇だ。やい、ティアマトよ、何か面白いことはないか?】

【ふぅ……。我の生んだ魔樹たちと(たわむ)れてくるがよい。あれらは熱や冷気に耐性を持つが故、暇つぶしくらいにはなろう】

【ははっ! それは良いな。ドレイクの代わりだと思って存分に叩き潰してくれよう】


 もはや眠いことを隠そうともしない赤き巨竜が、瞼を閉じたまま提案すると、喜んで飛びつくウィルム。


 彼女も若い竜の中で特に力ある竜の一柱だが、やはり若い故に血気盛んな気性が見られる。もっとも、彼女の場合はドレイクに対する対抗心からくるものでもあるようだが。


【ドレイクのやつも、アレに絡まれるというのも難儀よな。まあ、あやつの場合は舌禍(ぜっか)であるが】

【なに、あれはじゃれ合い、世に言うところの兄妹喧嘩のようなものだ。殺し合わぬ程度に血を流すのが、血の気の多いあやつらには丁度良いのだろうて】


 冷気を散らして飛び去ったウィルムの尾を見ながら、姿の見えぬ友に対し同情気味に呟いたシュガールへ、何も心配することはないと告げるティアマト。


 竜の兄妹喧嘩など一体どれほどの被害を周囲にもたらすのか。既に半分寝ている赤き巨竜には、考えが及ばぬところであった。


 ──こうして、半ば適当な形でレムリア大陸西部へ亜竜の派遣が決まり、リーヨン公国の南部に、亜竜たちが大集団として押し寄せることになる。


 その姿が頻繁(ひんぱん)に目撃されるようになり、竜信仰が加熱したり、天変地異の兆しだ動乱の兆候だと憶測が飛び交ったりと、リーヨン公国国内は大きな混乱に包まれるが……。


 竜たちは知らぬところであるし、興味も持たぬところである。


 彼らは環境に配慮くらいはするが、自身の行動が人の世へと与える影響までは斟酌(しんしゃく)しないのだ。


 人族たちから見ればドレイクの至大魔法もウィルムの亜竜大軍勢も等しく大災厄なのだが、そのことに気が付く竜はこの場に居なかったのだった。

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