3-1 門出
今回から第三章となります。章タイトルが道中というだけあって、前章ほど長くはありません。
ボルドー商業区大通り。天は快晴、気温がじりじりと上がり出す夏の午前九時ごろ。
人間族の姿へと姿を変じている異形の魔物セルケトと、日本からの転生者兼魔神ロウは、衆目を集めながらも待ち合わせ場所を目指し歩いていた。
「やっぱり目立つな。今回はその大槍持ってるから、尚更か」
「むっ? ロウが大槍を出しておけと言ったのではないか。我とて態々顕現させて目立つ様な真似などしたくないのだぞ」
「いやまあそうなんだけど。予め大槍を出しておかないと、いざって時に振り回せないだろ? まさか戦闘中にパッと出すわけにもいかないし、んなことすりゃ一発で人外ってバレる」
並外れた美しさを備えるセルケトは常に目立つが、今回は成人男性の身の丈を大きく超える長大な槍を持つため、彼女は一層注意を引く結果となっていた。
彼女の外殻から造られし赤黒い大槍は異様の一言。魔力反応に鈍い人物であってもただならぬ気配を感じるほど、凄まじい逸品である。
故に彼らは目立ちつつも声を掛けられることのない、周囲から浮いたような状態で通りを歩いていた。
「ふむ。我がこの大槍を振るうほどの事態が起こるとは到底思えぬが……。この辺りの魔物など素手で縊ることなど我には容易いし、それだけでなくロウもいる。慎重に過ぎると思うがな」
「そうかもしれないけど、竜が出たって話もあったろ? 何が起こるか分からないときは用心に越したことはないもんだ」
話している内に商業区を抜けて、ロウたちは都市の東側である工業区へと入っていく。
鉄と油の臭いを嗅いだロウが傭兵団を壊滅させたときのことを思い出していると、興味深そうに周囲を見回していたセルケトが興奮気味に少年へ話しかける。
「──ほう、ほう! このような場所がこの都市にはあったのか!? ロウよ、何故教えてくれなかったのだ!」
「俺だってここに来るのは二回目で、あんまり知ってるわけじゃなかったからなあ。こういう鉱山街的な雰囲気は好きだけど、俺は武器にも防具にも用が無かったし」
(ふふふ。なにせロウには私たちが付いていますからね。他の武器など不要と断言しましょう)
(防具にしたって金属鎧も自前の肌より貧弱だしな。高級品ともなればお前さん以上の防御力だろうが……ククッ、そのナリじゃ着込むのは無理だろうしな)
「ムカッ! 頼めば子供用に調整してくれたと思うぞ。まあ、そこまでする気にはならなかったから検討すらしなかったんだけども」
「ふむ、そういうものなのか。確かにロウは丈夫よな。半日前に我が大槍で穿ち薙ぎ払ったにもかかわらず、全くそれらの怪我の気配を感じぬ……いや、血の匂いもしない、か?」
「うおぉッ!? 急に顔近付けんなって」
昨日の戦闘を思い出したセルケトがロウの肩口に顔を寄せ匂いを嗅ぐ、そうすると意志ある武器である黒い曲刀がイチャイチャだと断ずる。
そのような不毛なやり取りを繰り広げているうちに、彼らは東門へ到着した。
城門の外で待機していたのは、銀髪を後頭部でシニヨン風に纏めた豪商ムスターファ家の使用人フュン。そして、金のポニーテールが眩しいアーリア商店の女性店員であるアイシャだった。
不思議なことに、今の彼女の服はフュンと同じく使用人であることを示すメイド服を纏っている。
「あれ? フュンさんのことは聞いていましたけど、アイシャさんもですか? それに、その格好は……?」
「おはようございます、ロウ様。今回は私がお嬢様の従者として同行することになりましたので、ご一緒させていただくこととなりました。道中、よろしくお願いいたします」
「ロウ様、おはようございます。アイシャは私と同じムスターファ家の使用人なのですよ。普段は商店で働いていますが、こうしてお嬢様が遠出する際は従者としてお供することもあります。……もっとも、今回は本人たっての申し出があったからですが」
「ちょ、フュン!? 余計なこと言わなくていいから!」
優雅なカーテシーと共にアイシャも同行することを説明したフュンがぼそりと付け加えると、大いに狼狽えて彼女の口を塞ごうとするアイシャ。
そんな彼女たちの様子を見たギルタブが溜息交じりの思念を飛ばす。
(はぁ……私の知らないところで、また女性を誑かしてきたんですか? ロウも懲りませんね。馬に蹴られて肥溜めに落ちてしまえばいいのです)
(微妙にあり得そうな不幸で呪うのは止めろ)
(ククッ、ロウが懲りないのは確かにそうだな。まあ魔神なら貞操観念が緩いというのも、さもありなん、だな)
「ふむ? 馬車というのはアレなのか? 我が想像していたよりも随分こぢんまりとしているが」
ロウと曲刀たちが脳内漫才を繰り広げる一方で、彼らの話など耳に入らぬセルケトは興味の向くままに周囲を観察していく。
セルケトが見ていたのは二頭立て四輪馬車である。
後部に荷車を連結した馬車は、前後に三人掛けの席が向かい合い、側面には個人用の席が向かい合う。計八人まで座ることが可能なそれなりの大きさのものだ。
しかし、セルケトは己の持つ武器や異形状態の肉体を尺度としたのか、手狭という評価を下していた。
「まあ、セルケトさん基準だとそんなに大きくないのかも……おはようございます、お二方。今日からよろしくお願いしますね」
外の話声を聞き取ったのか、少女たちが馬車から出てきてロウたちに挨拶を行う。
その面々はムスターファの孫娘であるヤームルに隣国へ帰る予定となっている猫人族のカルラ、公爵令嬢のエスリウと、その使用人のマルト。
──そして、精霊使いの少女アイラであった。
「おはようございます、おにーさん! えへへ」
「……んん?」
「ふふ、アイラは親御さんを説得して、魔術大学で試験を受けることになったんですよ。大学には精霊魔法に関する研究を行う学部もありますから、アイラくらい優れた精霊使役者ならきっと入学できるでしょう」
「頑張りますっ! えへへ、ヤームルさんやエスリウ様と一緒に大学へ行くの、楽しみです」
アイラの姿を確認したロウが目を点にしていると、してやったりといった表情でヤームルがネタばらしをした。
アイラに頼まれた彼女は祖父の説得や宿の手配、推薦状の用意など資金面や手続きを支援していたが、ロウはこのことに全く気が付かなかったのである。
「──マジっすか。それで一緒に隣国に行くってことになったのか。凄い行動力だな」
「あたしもおにーさんやヤームルさんを見てたら、このままじゃダメだーって思って、ムスターファさんやお母さんにお願いしたんです。私もおにーさんみたいな凄い精霊使いになりたいって」
「ムスターファさんにお願いしたのかー……なんかOKしてくれたのには、もの凄ーく裏を感じてしまう」
「お爺様のことをよく理解していますね、ロウさん。恐らく想像通りですよ。身内として、悪意が無いのは保証しますけど」
ムスターファの高笑いを思い出したロウが身震いしていると、ヤームルもやや疲れた表情で少年の言葉に同意した。
身内であろうと平気で利用するのが彼である。悪意が無かろうとも大いに振り回された経験がある彼女は、少年が思わず身を震わせる心情が十分に理解できたのだ。
「うう、アイラちゃんは立派だなあ……わたし、お母さんのお手伝いくらいしかしてこなかったから、ちょっと恥ずかしくなっちゃう」
「うふふ、カルラさんも立派な『眼』を持っていますから、卑下することなんてないですよ? きっとムスターファさんも、貴女の力を見抜いたうえで庇護したのでしょうから」
(──うっ。流石エスリウさん。カルラさんの特殊な力だけじゃなくて、お爺様の狙いも見破ってる。カルラに変なこと吹き込まないでくださいよ?)
慈母のような微笑みを浮かべてカルラを慰めるエスリウに、ビビっとアイコンタクトを飛ばすヤームル。会話しながら目配せしたり心情を推し量ったりと、彼女も忙しい人である。
「むう。槍を持っては入れんか」
「セルケト様、お預かりいたしますよ……これは、凄まじい品ですね」
「フュンさんっ! 時間があるときに精霊魔法を見てもらってもいいですか?」
「はい、構いませんよ。御者をやっているときは難しいですが」
「色々大丈夫か、これ」
「……ふぅ」
マイペースを貫き槍を持ったまま馬車に乗り込もうとする美女に、待ったをかける使用人。男一人で大丈夫なのかと不安に駆られる少年に、それらを傍観して騒がしい旅になりそうだと悄然とした気配を滲ませる魔神の従者。
彼女の予想は寸分違わず的中し、賑やかで姦しくもある道中となるが……それ以上に、予想外の事態に陥ってしまうこととなる。
兎にも角にも、こうしてロウたちの魔導国への旅は始まるのだった。
◇◆◇◆
他方、若葉色の上位精霊が嘆息している頃、ボルドー上層区にあるムスターファの屋敷では。
「──御屋形様。もうお嬢様がボルドーを発たれるお時間となりますが、よろしいのですか?」
「構わんよ。既に別れを済ませているし、何より儂が出向くとロウ君からアイラちゃんのことで色々と詰問されそうだ」
「ロウ様はアイラ様のこととなると過保護になるところがありますからね。フフ、確かに御屋形様のことをなじったかもしれません」
屋敷の書斎では主と老執事が、ちょうどロウたちのことについて話をしていた。
「それにしても……ロウ様はともかく、アイラ様の支援までなされるとは思ってもいませんでした」
「フッ。年若く技量は拙くとも、もって生まれた才能だけでこの家一番の精霊使いであるフュンを唸らせる逸材だぞ? 支援など当然。更にヤームルの同年代でお互いが友好な関係にあるならば、捨て置くなど論外だ」
意外そうに発したアルデスに、ムスターファは当然のことだと切り返す。彼から見れば若い精霊使いというのはそれだけで価値あるものなのだ。
元々精霊使いというのは、精霊と契約せねばならない関係上、稀な存在である。
そのため、戦闘を生業としている国の騎士や冒険者、精霊使役者の研究を行う学術機関に在籍でもしない限り、精霊使いは自身と同じような使い手に巡り合うということがない。
それにより、精霊使いとしての技量を磨く手段が自己流の鍛錬に限られてしまい、結果として実力が伸び悩む者が多くなりがちだ。
フュンのように指導にあたった者からの地獄のようなシゴキの中で覚醒した例外を除けば、殆どが精霊魔法を感覚的に使用しているだけの未熟な使役者なのだ。
その点、ムスターファが言うように、アイラは逸材である。
未熟であるにもかかわらず熟練者を唸らせるほどの破壊的な使役力、魔力量。本人の高い向上心に加えて、まだまだ伸び盛りである年齢。彼が今のうちに囲っておきたいというのも道理である。
もっとも──。
「──最大の目的は、ロウ君を慕っているアイラちゃんを近くに置くことで、ヤームルを動じさせることなんじゃがのう。カァーッハッハッハッ!」
「……左様でございますか」
高笑いする主人に作り笑いを張り付けて見守る従者。ヤームルたちが出発した後も、ムスターファの屋敷は平和そのものだった。





