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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第二章 工業都市ボルドー
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2-58 ボルドー生活最終日

 ボルドー生活最終日、未明。


 ほのかに香る甘い匂いで目が覚める。寝ぼけ眼をこすって見れば、シアンブルーな美女の寝顔。何故か我がベッドの中に。


「何が悲しくて記念すべき異性との初同衾(どうきん)を、自前の眷属(けんぞく)で済ませにゃならんのだ」


 ちょっとドキッとしたけど、なんだか無性に悔しいので誤魔化す様に独り言つ。別に娘みたいなもんだし、服を着ていないわけでもないし、動揺する要素は無いはずだ。


(おはよう。いきなり異空間を出て行ってそのままベッドで寝たから焦ったぞ)

(おはようございます、ロウ。身体の具合は大丈夫ですか?)


「おはようさん。何も言わずに出ていって悪かった。割と尋常じゃない頭痛だったから休みたかったんだよ。異空間で休むと門が閉じたら時間の流れがズレるし、なんとしても自室に戻らなきゃならなかったからな。それで、あの後どうなった?」


 深呼吸を行い心を平静へと導いていると、俺の独り言に対して返事が返る。


 曲刀たちの疑問に答えてその後のことを尋ねてみると、どうやらシアンが曲刀たちを自室まで運び、そのまま俺の様子を見守っていたようだ。


「──見守ってくれるのは有難いんだけど、ベッドに潜り込むのはどうなんだ?」

[──?]

(私が止めても聞く耳を持ちませんでしたよ、シアンは。全く、誰に似たのやら)


 はて? 何のことを言っているのやら。


 ギルタブの言葉をすっとぼけていなし、ベッドから這い出て身体の調子を確かめる。


 怪我は残るが痛み無し。薙ぎ払われた足も大槍が擦過(さっか)して出来た傷も既に出血はなく、順調に癒えているようだ。病院要らずの素晴らしい肉体である。


 セルケトとの模擬戦(という名の実戦)を通して服も身体も汗やら血やらで塗れているが、一風呂浴びる前に日課の訓練をこなすべく異空間の門を開く。


(相変わらず熱心だな、お前さん。セルケトとやり合った後だし、今日はやらなくても良いんじゃないか?)


「前にも言ったけど趣味みたいな側面があるからな。……ついでに、あいつの実力を見て危機感を覚えたのもある。まさか接近戦で不覚を取るとは思ってもいなかったし、正直魔法無しだったらきつかっただろうな」

「──ふふふん。そうだろう。我は人の身にあろうとも、強さに一切(かげ)りなし、だ」

「うぉッ!?」


 サルガスと話しているとセルケトがドヤ顔で会話に割り込んできた。


 おめーも居たのかよ。俺の部屋だぞここ。


(セルケトもシアンと一緒にロウの様子を見守っていましたよ。流石に同衾はしていませんが。口では何のかんのと言いつつ心配だったのでしょう)

「!? ……ふん、我の治療をしたことで体調を崩されては寝ざめが悪いからな。こうして看てやっていたのだ。感謝するがいい」

「……おう、ありがとな」


 ツンデレかよ。純粋素直系傲岸(ごうがん)ツンデレ女子(魔物)って属性過多にも程があるだろ。食あたり起こすわ。


◇◆◇◆


 セルケトの出現で気勢を削がれたが、気持ちを切り替えて門を潜り異空間にて套路(とうろ)を始める。


「──フッ!」


 陳式太極拳の基本的な鍛錬方法である老架式(ろうかしき)、より精密な動きを要求する小架式(しょうかしき)


 続いて、八極拳の基本的な技を内包し、優れた鍛錬方法でもある八大架式(はちだいかしき)金剛八式(こんごうはっしき)


 同じく基礎を養い、肘打ちや膝蹴り、前蹴りなどの基本動作が詰まった小八極(しょうはっきょく)


 投げ技への対処や相手の攻撃への反撃など、実戦的要素が色濃い大八極(だいはっきょく)


 そして、大八極よりも増して実戦的な側面が強い六大開(ろくだいかい)


 頭の天辺から足のつま先まで神経を巡らせ、ひたすら無心に套路へ打ち込む。


 掌打で風が唸り、震脚で地が響く。ただその音だけが異空間に反響する。


「──フゥー」


 通して訓練を行っていき三時間ほど経ったころ、珍しく長い間口を閉ざしていたセルケトが開口した。


「まこと奇怪な動きよな。ヤームルの指導の時も感じていたが」

「ん、変わった動きなのは確かだけど、これが意外と道理があるんだよ」


 魔法で創った水球で水分補給を行い、土魔法で創られた椅子で寛ぐセルケトに答える。


 そういえば、こいつは寝なくていいんだろうか? 俺が寝ている間も様子を看ていたなら、彼女はずっと寝ていないはずだが……。


「セルケト。もうすぐ夜明けだけど、寝てなくて大丈夫か? 今日から長旅だぞ」

「ふむ? もうそのような時間か。ロウとの戦闘で神経が(たかぶ)って眠気を感じなんだ」


 半分殺し合いみたいになってたし、眠気も飛ぶか。セルケトには悪いことをしちゃったな。


「悪かったな。馬車の中で寝る……のは揺れるから厳しいか。うーん、まあ、頑張ってくれ」

「馬に箱を引かせるのであろう? ならば中で休めようものだが」


 俺が馬車では眠れないというと、不思議そうに首を傾げるセルケト。ゆっくり進むなら眠れないことも無いだろうが、ものによっては結構飛ばすからなあ。


「その辺りは実際に乗ってみてのお楽しみってやつだ。コルク、組手の相手出来るか?」

[──]


 一から十まで説明するのもなんだと話を切り上げ、人型状態のコルクの実力を確かめるべく型稽古を行う。


 向かい合っての至近距離、互いに右腕を差し出した状態で打ち、投げ、崩し技をかけあっていく。


 シアンと異なり、最初は竜を模したゴーレムとして創り出したコルクだが、俺の技術は問題なく受け継がれていたようだ。


 連なる攻防の中でこちらが放った拘束を目的とした投げ技──八極拳大八極・小龍纏身(しょうりゅうてんしん)も、するりと腕を外されてしまい不発に終わる。


 外した腕を勢い良く戻すコルクの裏拳を、上体を沈めて回避。

 次いで繰り出される膝蹴りに、肘打ちを合わせて迎え撃つ──が、衝撃を相殺するどころか木端のように吹っ飛ばされてしまった。


 空中で吹っ飛びながら「そう言えばコルクは流体状態だけど岩石じゃん。そりゃ重いわ!」と思い出しつつ四点着地。


 彼にとっても俺の吹っ飛びようが想定外だったのか、キョトンとした後済まなさそうな雰囲気を滲ませた。


 そんなハプニングに見舞われつつも、三十分ほどでコルクとの組手稽古を終えた。


 技量としては人型となったばかりだからかシアンよりやや(つたな)いものの、文字通りの重い攻撃に抜群の安定感と、重量をうまく生かした高い戦闘技能を持っていることが分かった。


 よくファンタジーもののフィクションで、土属性は物理に優れるという風に特徴づけられているが、コルクからはまさにその通りの印象を受ける。胸を合わせての殴り合いなら、妹のシアンよりずっと強いかもしれない。


「コルクの実力チェックも終わったしそろそろ出るか。おーいセルケト? もう出るぞーっと──」

「……」


 時間的にはもう日が出る頃だし、朝食前に風呂に入るべく異空間を出ようとして、石でできた椅子に腰かけるセルケトに呼びかけたが──彼女の長いまつ毛は閉じられている。


 返事がない。ただのおねむのようだ。


 異空間に放置するのは(はばか)られたので、暇をしていたシアンに眠っているセルケトを移送してもらう。


 数時間前の模擬戦で、彼女を抱き上げた時に温かくて柔らかかっただとか、血の臭いとは異なる良い匂いが香っていただとか、それらに動揺したから運ぶのは気まずいだなんてことはない。


「さっさと汗流しちゃうか」


 セルケトをシアンに任せて自室に戻り、浴室へ突入。利用するのが自分だけなので、怪我をしていても気兼ねなく浴槽に浸かることができる。良いことだ。しみるけど。


 二十分程だらだらと身体の凝りと疲れを出し切って浴室を後にする。この浴室としばらく離れることになると思うと、後ろ髪を引かれる思いだ。


(──ならば異空間に浴槽を(こしら)えればよいのでは?)


 風呂上り、着替えながら己の心情を曲刀たちに語っていると、ギルタブからポロリと出た言葉である。


 ……天才か? もう宿なんかいらないな! まあ人前だと使えないから一人旅の時しか使えないけども。


 異空間マイホーム化計画を練りつつ食堂へ向かう。


 セルケトも料理の匂いを嗅ぎ取ったのか、起床して食堂へと降りてきていた。しかし、まだ(まぶた)が重そうな様子である。


「出発する時間になったら起こすから、もうちょい寝といていいぞ」

「うむ。そうさせてもらおう」


 食事中もうつらうつらと舟を漕いでいるのを見かねて提案すると、素直な返事が返ってくる。


 やはり、まだまだ寝足りないようだ。にもかかわらず、しっかり料理を完食する辺り流石である。


 彼女が自室に戻るのを見届けた後は挨拶回りだ。


 宿の主人のタリクやその息子ウルグに遠出すること伝えたり、ビオレータの診療所に(おもむ)いたり、アイラ宅を訪れ別れの挨拶をしたり。かつて世話になった人々の下をまわっていく。


 アイラの家で別れを告げる時、母親のニーナが疲れた表情で「アイラのことをよろしくお願いします」と言っていたが……。こちらに戻ってきてからも変わらず接してくれということだろうか? 意図が読めず曖昧に返すことしかできなかったが……ううむ。


 喉に小骨が刺さった様な感覚を覚えつつ宿へ帰還。


 自室の整理(と言っても必要なものを異空間に放り込むだけ)を行って、集合時間まで時間を潰す。


(こういう旅をするときは空間魔法の利便性が際立つな。いや、旅をするとき“も”というべきか)

(戦闘面での利用はともかく、物置代わりに自身の空間を利用するのは、なんというか凄まじいまでの無駄遣いのように感じますが)


 着替えや寝具などを放り込み終えたあたりで、曲刀たちから改めて感心するような呆れるような感想を頂いた。いい加減慣れたまえよ君たち。


 窓を見れば日も十分上がっているようだ。セルケトに声を掛けて、そろそろ出かけるとしよう。


 バックパックを背負って入り口に立ち改めて室内を見回してみると、がらんどうと言ってもいいほどに物が無くなっている。


 部屋の清掃をしてくれているウルグが見れば仰天しそうな気もするが、空間魔法使って収納しましたなんて説明出来るはずもないし、あえて伝える必要もない。このままで行かせてもらおう。


 ──思い返せば、ボルドーにきてから色々なことがあったものだ。


 異形の魔物と戦い、傭兵団を壊滅させ、豪商の大豪邸で家庭教師(まが)いのことをして、神の眷属(けんぞく)に出会い、ボルドー屈指の実力者たちと共に迷宮が生み出した凶悪な魔物と戦って……。


 滞在期間二週間弱とは思えないほど、とても濃い日々だった。


 というか濃すぎる。出来れば今回の旅はゆっくりまったりといきたいものだ。


(まあ、無理だろうな。やたらと厄を引き寄せる魔神様だし)

(無理でしょうね。何せ厄介ごとに首を突っ込まずにはいられないロウですから)


 ものの数秒で無慈悲な突っ込みが入った。魔神とは希望を抱くことすら許されない存在らしい。


 世話になった自室に別れを告げ、セルケトの部屋へ向かう。


 まだまだ眠気が残るらしいセルケトが、身だしなみを整えて出てくるまでには三十分ほど時間がかかったが、早めに声を掛けていたので辛うじて問題ない時間だ。


「──じゃあ、行くか」「うむ、楽しみよな」


 セルケトと共に、宿泊していた「ピレネー山の風景」を後にする。


 これにてまずはひと段落、これよりは新たなる冒険の始まり始まり~ってね。

長くなりましたが今回で第二章が終了です。ご愛読ありがとうございました。

ブックマークや☆で評価が可能ですので、面白ければ高評価、詰まらなければ低評価をお願いします。

次回から第三章「波乱の道中」が始まります。褐色少年の本気のバトル、ぜひお楽しみください。

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