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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第二章 工業都市ボルドー
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2-46 朝の一幕

 ロウがボルドーに到着してから九日目。人型となったセルケトを保護した翌日、その未明。


「──フッ!」


 自身が創り出した異空間で、少年は変わらず日課である武術の鍛錬を行っていた。


(相変わらず精が出るねえ。お前さんくらい強いと近接戦闘技術を磨くより、魔法関連を磨いていった方が伸びしろがありそうなもんだが)


「ふぅ。こういう反復練習は技術を磨く側面もあるけど、不意に発生した事態に対して無意識で身体を動かせるようにっていう目的もある。身体に覚え込ませるって奴だな。魔法は自分の意識を通じて発動するから、咄嗟にってのは中々難しいだろ? まあ、武術の鍛錬に関しては趣味の面も多分にあるけどなー」


 サルガスの疑問にそう答えたロウは再び集中力を高め、土魔法で創った剣の素振りを再開する。


 大きく踏み込んで袈裟斬り、その勢いを利用した肘打ち、すかさず逆袈裟。

 逆袈裟のねじれを使った逆手の掌底、更なる追撃の下段回し蹴り、締めの上段振り下ろし。


 剣術というよりは半ば舞踊(ぶよう)ともとれる、体術を組み込んだ動きを身体に馴染ませていく。


 ──そうして一時間ほど鍛錬を行い、少年が水分補給のために休憩していると、黒刀から何やら嬉しそうな思念が飛んできた。


(──ふふふ。ロウが片手武器の鍛錬を行っているということがどういう意味を持つのか、サルガスは分かりますか?)

(ん?)

(ロウは片手曲刀である私のために鍛錬を行っているのです! そう、私のために!)

「……」(……)


 土魔法で創られた机の上で歓喜に打ち震え、高らかに宣言する漆黒の曲刀。傍から見れば怪奇現象である。


「最近のギルタブはどうもおかしい」

(他人事みたいに言ってるが、ロウのせいだぞ? あいつは嫉妬深いから、普段お前さんが若い女の子と楽しそうに話しているのが、我慢ならないんだよ)

「あらやだ怖い。アイツ人化したらマジで俺を背後からブスっとヤるんじゃないか……?」


 無機物からの偏愛(へんあい)では嬉しさを感じなかったのか、少年は恐怖しつつも銀刀の警告を軽く流した。曲刀たちの人化はまだまだ先の話であるため、彼に危機感は毛ほどもない。


 その後、ロウは眷属(けんぞく)のシアンと共に推手(すいしゅ)(太極拳における鍛錬方法。套路(とうろ)が個人で行うものに対し推手は相手と共に行う。実戦の動きの中での套路の理や用法を学ぶための訓練)を早朝まで行って、朝食前に一風呂浴びるため異空間を後にした。


「やっと出てきたか。何をやっていたのだ?」

「……何でお前が俺の部屋に居るんだ?」


 異空間の門を潜ってみれば、そこに居たのはセルケトである。


 意気揚々(いきようよう)と浴室へ突入するつもりが出鼻を挫かれ、少年のテンションは急下降する。


「はんっ。質問をしているのは我だというのに、礼儀を知らぬやつよな。だが大らかな故に答えてやろう。そろそろ朝食の時間だという触れがきたのだ。貴様がおらぬと勝手が分からんのだ、さあ行くぞ!」


 勝手に他人の部屋に入っておいて礼儀を語るか? と思ったロウだが、彼女が一人では不安で訪ねてきたのだと思うと悪い気はしなかった。


 機嫌が上向いた少年は反論せずに自身の都合を伝えることにする。


「今の時間は食堂が混むから少し時間を空けた方が良いぞ。俺は風呂に入るけど、異空間の門を開けておくから、向こうでシアンや石竜と遊んできな」

「石竜はあの竜として、あの珍妙な従者の名はシアンというのか。ふむ、昨日去り際に寂しそうな雰囲気を滲ませておったし、我がその空気を払拭してやるとしよう」


 異空間へと消えるセルケトを見送り、ロウは待望の入浴タイムと洒落込んだ。


「あ゛~。幸せだ……凝りがとれる~」


 十歳の子供にあるまじき声を上げながら湯に浸かる褐色少年。目下の厄介ごとを片付けたため、普段以上にリラックスできているようだ。


「今日はセルケトの件の詳細を組合に報告して、後は昼までムスターファ家での訓練か……昼からフリーだけどどうするか。組合の依頼をこなしてもいいけど……あ。例の大英雄について大図書館で調べてみるか。グラウクスに聞いてみるのも面白そうだ」


 自前で用意した上等な花崗岩(かこうがん)の浴槽に肩まで沈み込んで、ロウは予定を確認していく。休息を取りつつも予定を組み立てていくあたり、彼は意外と仕事熱心である。


「セルケトのことはどうするかな~。迂闊(うかつ)に出歩かれてアルベルトたちと鉢合わせたら最悪だけど、閉じ込めておくのも可哀想だし。かといっていきなりヤームルたちの訓練に連れて行くのもな~。まずは本人の意思確認か。飯を食い終わったら聞いてみよう」


 考えが纏まったロウは湯船からざばあっと立ち上がり浴室を出る。


「おい、遅いぞロウよ──」


 そうして少年が部屋に戻ると、再び竜胆色(りんどういろ)の美女が出現。


 しかし今のロウは素っ裸の真っ裸。そんな褐色少年の裸体を見た彼女はピタリと動きを止める。


「……ふむ。中々良い身体をしているな」

「魔物のお前に良し悪しが分かるのか……?」


 セルケトの発言に呆れつつも着替えを済ませていく少年。彼の意識では、彼女は手のかかる子供の様なものであり、たとえ容姿が美しくあっても異性というには程遠い。


 故に、自身のつんつるてんの股間を見られてもノーダメージであった。


 他方、セルケトも人の肉体を得てから時間も経っていないため、性欲のような成熟した欲求に振り回されることは無い。


 つまりは、ロウの幼くとも完成された裸体を見ても、彼女の内には何の情念も湧かないのだ。今の二人は実に健全な関係性であると言えた。


(はぁ……全く、ロウは無防備すぎるのです。やはり私が乱れを正さねばなりませんね)


 健全でないのは黒刀だけである。


 ギルタブの言葉を右から左へと聞き流したロウは、セルケトを伴って食堂へと向かう。曲刀たちは混乱の原因となるため、お留守番とした。


 時間をずらしたためピークは過ぎていたが、それでも朝食時の食堂は賑わっている。それだけに、セルケトの容姿に魅了される人間も少なからずいた。


「数多の視線に晒されるのも、存外不愉快なものよな」

「セルケトは滅多に見ないってぐらいの美人だから、注目を集めるのも仕方がない部分もある。まあお前が我慢することじゃないし、店の物を壊したり相手に怪我させない範囲なら威圧しても良いぞ」

「そこまで狭量(きょうりょう)ではないわ!」


 ロウの提案に対し憤慨(ふんがい)するセルケト。オーク肉のスペアリブを頬張りながらプリプリ怒っている彼女を見て、彼は内心で安堵していた。


 というのも、これまでの行動により、セルケトは人族の生活周りの知識は多少疎い部分があるが、対人関係は人に近い感性を持っていると分かってきたからだ。


 人の感情を解し対話する知恵を持つならば、魔物であっても人族社会に溶け込むことは不可能ではない。そういった光明を見出した少年が愁眉(しゅうび)を開くのも、無理からぬことである。


 ──と、ロウがそんな展望を見た矢先。


「なあ嬢ちゃん、そっちの坊主に世話になってるみたいだが、俺らの方に鞍替えしないか? 退屈させないぜ?」

「むっ?」「はぁ……」


 ──冒険者らしき宿泊客らに絡まれてしまうのであった。ロウは目を覆い嘆息する。


(全く。折角セルケトが人族社会に溶け込めそうだと思ってたのに、もう妨害するような輩が……いや、待てよ? よくよく考えれば、こいつが一人立ちすれば、こういう事態に遭遇することもしょっちゅうありそうだ。ここでセルケトの対応を見て、失敗すれば経験としてもらえばいいか)


 などと、絡まれているにもかかわらず、状況を利用しセルケトへの教育に利用しようとする少年。およそ女性が絡まれている時の反応とは思えないほど冷淡な思考である。


「おいロウよ、こういう時はどうすれば良いのだ?」

「さっきも言ったけど、店の物壊したり相手に大きな怪我させたりしなければ何でもいいよ。気になるなら試しに連れて行ってもらってもいいし。あ、でも、一応夕飯までにはこの宿に戻ってきてくれよ?」

「ふむ? しかし、こやつらと行動を共にしても、我に得るものは無さそうだがな」


 ロウがロウならセルケトもセルケトであった。


 目の前の冒険者の男たちなどまるで構わず、彼女は隣の少年へ相談する始末。眼中にないと言わんばかりの態度に、冒険者たちの自尊心は大いに傷つけられ、彼らは食堂という場も忘れて逆上する。


「──舐めてんのかてめえらッ!」


 怒りに身を任せた男の一人が衝動的に卓を蹴り上げ、残っていた料理や卓が宙を舞う。


「ですよねー」


 蹴りの予兆を見ていたロウは、素早く椅子を引くと同時に魔力を解放。自身の背後から(つる)のような細い氷を巡らせて、落下する料理群を一つ残らず確保する。


「下らん真似をする」


 対するセルケトは椅子に座ったまま、一瞥(いちべつ)することもなく落下する卓を片手で受け止め、元の位置にすとんと置いた。まるで何事もなかったように。


「「「──なッ!?」」」「「「おぉっッ!」」」


 絶句する男たちやざわめく観衆を無視し、少年は氷の蔓を器用に操り料理を並べ、美女と共に再び朝食を再開。こちらも邪魔された事実など存在しないかのような振舞いだ。


「──ふむ。ロウの水魔法は相変わらず見事なものよな。あれ程舞ってしまえばどれかは落ちてしまうものと残念に思ったが、よくやってくれた」

「“精霊”魔法な。絡まれた時点で魔力を準備してたし、そう難しいことでもないよ」


 氷の蔓を一纏めの球体にしながらロウは答える。


 冒険者たちはといえば、自分たちがとんでもない相手に絡んでしまったのではないかと顔を見合わせ、振り上げた拳をどうすべきか迷っていた。


「で、どうするんだ? この人らについていくのか?」

「──態度が気に食わぬからと、傍にある卓を蹴り上げ料理を台無しにしようとした連中に、我が(なび)くと思うか?」


 ゆらりと竜胆色(りんどういろ)の長髪が揺れ金のメッシュが輝いたかと思うと──セルケトの身より強烈な圧が放たれる。


 叩きつけられるような圧力を直に浴びた冒険者らはその場にへたり込み、身を震わせながら悲鳴を上げた。


「ヒィッ!?」「ま、待ってくれ! 悪かった!」「お、俺は何もしてねえぞ!?」

「あんまり派手に威圧すると、料理人さんたちも怖がってお前に料理作ってくれなくなるかもしれないな」

「──何ぃっ!? そういうことは先に言え馬鹿者!」


 ロウがぼそりと告げると、セルケトは大慌てで威圧を解き態度を軟化させる。そんな彼女に地がつかんばかりに頭を下げ全力で謝罪する冒険者たち。


「「「すみませんでしたッ!」」」

「ふんっ。謝罪する性根やよし。見逃してやろう、我は寛大故にな」


 鼻息一つで謝罪を受け入れるセルケト。その様子を眺めたロウは、これくらい柔軟な対応ができるなら、一人で行動させても大丈夫そうだなと頷くのだった。

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