9-26 力の底の探り合い
「──ッ!?」
虹の輝きに大穴を穿つ、黄金の奔流。琥珀竜の本気のブレスが、クソッタレの罠を吹っ飛ばしたのだ。
「ヴリトラのやつ、あんな奥の手があるならユウスケに直接ぶち込んでやりゃあいいのに。……気張れだなんて、思わせぶりなこと言いやがって」
(そんなことになったら間違いなく余波でぶっ飛んでたぞ、お前さんもこの都市も。今回は上に向けて撃ったから事なきを得たが)
「それもそうか。あいつも一応配慮してたのか?」
至極もっともな意見を聞いていると、荒れ狂っていた光が収まる。
視界に広がるのはどこまでも澄み渡った青空。ヴリトラのブレスが雲や黒煙を消し飛ばしたようだ。遠雷にも似た空気の震動は未だ収まらないが、晴れ渡った様はなんとも幸先が良い。これならユウスケのやつも気持ちよくぶっ飛ばせることだろう。
「ぐぅっ、この衝撃は……。ロウ、あの爺は無事なのか?」
「あいつ、やられるどころか逆にユウスケの聖剣を吹っ飛ばしたぞ。お前は傷癒えたばっかりだし、俺とヴリトラに任せとけ……ん?」
お姫様抱っこ中のウィルムに答えつつ静けさを取り戻してきた周囲を見回すも、爆心地付近には誰もいない。上空でぽつねんと浮遊するユウスケ以外、影も形も見当たらない。
「魔に堕ちてなお我を通す……最期すら君らしいかったよ、ヴリトラ」
その静寂の中で、奴の声がいやに響く。
ぼんやり佇むあいつは今、何と言ったか。
「……まさか」
魔力感知で周囲を探る。「魔眼」でもって目を凝らす。
金の魔力に虹の魔力。ぶつかり合いが強烈だっただけにどちらの魔力も残存するが……見てとれるのは魔力の名残りばかりで、肝心要のヴリトラ本人が見つからない。
「あいつが、死んだ? んな馬鹿な──ぃッ!?」
それが事実か否かを考える前に、身の毛のよだつ殺気と空気すら凍結していく冷気が場に満ちる。
「ふざっ……ふざけるなよ……人間風情がっ!」
気配の主は腕の中にいたウィルム。
しかしその姿は常のものではなく……尾が生え角が突き出し爪が伸び牙も伸び、人と竜が融け合ったような異様な姿。発散される魔力も冷気も今までとは比にならない。
「ちょい待てウィルム、まだ──どわぁッ」
制止する間もなく軽い衝撃。凍結した腕に粉雪だけが残されて……間髪入れず上空で甲高い衝突音が響き渡る!
「ユウスケェ! キッサマァァ!!!」
手刀に足刀、翼刀に尾刀。人型のまま竜の力を解放した様は、もはや全身そのものが凍てつく大魔法。腕の一振り拳の一打が山のような氷塊を生み出すほどだ。
「……怒るか。その心がありながら、どうして都市を破壊して殺戮の限りを尽くした? 君が同族を想うのと同じように、都市に住まう人々も絆を育みながら生きているのだと……なぜ想像できないッ!」
対し、聖剣を失ったユウスケは光の双剣でこれに応戦。両手剣を扱っていた時の正道の剣とは全く逆の、速度にあかせた暴力的な剣技を蒼き竜姫に叩きつける。
「ちぃっ。破壊したのは貴様の方だと、何度言えば理解する!」
俺が氷を砕くまでの数秒間、響いた硬質な音は百余回。打ち合う度に氷の武装を剥がれながらも、あの大英雄相手にウィルムが食らいつていた。
「……めちゃくちゃ疾いな。だけどあの状態、いつまでもつか。サルガス、ギルタブ! 交代だ! 一気に攻める!」
(よし、やってやるか!)(ううっ……無念なのです)
黒刀を収めて憑依を変更。黒き相棒から銀の相棒へ持ち替えて、吹雪く戦場へ殴り込む!
「──っ!? ロウ!」
「……ッ! 性懲りもなく、まだ来るか!」
「当たり前だろ──人類の命運を背負ってんだからなァ!」
ウィルムを狙った光剣十字斬りを銀刀一文字斬りで受け止めて、斬り結んだ瞬間崩しへ移行。
手首を緩めて刃を流し、ユウスケが前へとつんのめり──そこを逃さず、電光石火で渾身面打ちを叩き込むッ!
「れぇいッ!」
「ヅッ……!」
両の腕を絞った打突は一直線に脳天直撃。山脈のような盤石さを持つ大英雄がぐらりと揺らぐ。
怯んだユウスケに出血はない。僅かも斬れないのは想定外だが……衝撃が効くなら問題なし。
達人といえど不意をうてれば奇策も通る。絶対硬度の大英雄といえど、衝撃が重なれば崩れ得る。
しからば──打つべしッ!
「でぇりゃあぁぁぁッ!」
宙を蹴りこみ大上段から面打ち、面打ちッ、面打ちッ!
怯んで無防備となったユウスケのドたまをめがけ、ひたすら刃を打ち下ろす!
「ぐ、ぅッ……ぁあああッ!」
「!」
叩きつけること数十度、ついに真っ白男が赤みを帯びた──そう思ったのも束の間、雄叫びと共に障壁発生。光の壁に阻まれて、こちらのターンは終了した、
「無事か、ロウ!」
「吹っ飛ばされただけだから平気。というか、お前も突っ込み過ぎるなよ? ウィルム。気持ちは分かるけど……お前だってさっきまで串刺しになってたんだからな」
「あれくらいどうということはない。あの男をのさばらせておく方が我慢ならんっ!」
「逃がすものかッ!」
いきり立つ若き竜と一緒に体勢を立て直すも、光が裂かれて英雄襲来。休む間もなく第四ラウンドにもつれ込む。
「おおぉぉッ!」
津波の如く押し寄せる光の二刀。描かれ続ける光の軌跡。大剣から双剣となってなお、英雄の剣技は冴え渡る。
「れぇいッ、やぁ!」
「……ッ!」
だがしかし、今度はこちらも負けはしない。
コマのように回転しまくる連続斬り──弓張月の如く斜めに構え、銀なる刃の流線形で剣の軌道を上へと逸らす。
次々飛び出す突き薙ぎ袈裟斬り、二刀を使った光速斬撃──正眼の構えで真っ向勝負。正中線のみ守りに徹し、刻まれながら突き返し打ち返し迎え撃つ。
今の俺は守りに長けた銀刀形態。逸らすもいなすも自由自在の両手持ち。
ユウスケがあの超絶切れ味な聖剣を失った今、この男とも真正面から渡り合える!
「お前……! その剣技、どこで学んだ!?」
「ああん? 日本に決まってんだろ。同郷だって言っただろうがッ!」
「なッ……!?」
(……言ってたか?)(頭の中で考えていただけなような気がするのです)
などと突っ込まれつつも守り通し、仕込みが完了。
「間抜けめが──もう妾のことを忘れたか?」
「!」
吹雪く氷風、檻のように囲む氷剣。覚醒したウィルムの大魔法が、俺とユウスケの周りを埋め尽くす。
「また……無駄なあがきを!」
「ハッ、何度だって叩きつけてやるよ。お前自身が人類の敵になったって理解するまで、何度でもなァ!」
「御託なんぞ不要だ。死ぬまで殺すっ!」
ウィルムが猛れば無数の氷剣が吹雪の中を飛び回り、旋回しながらユウスケに殺到。
それに合わせてこちらも特攻。目を剥く英雄と氷剣降り注ぐ中で斬り結ぶッ!
「ハッハッハー! 流石のお前も同時にゃ捌けねえみたいだな!」
「ぐぅぅッ……この氷の中を、お前正気か!?」
「正気も正気だ。あいつがこの接近戦の中でお前だけを狙うなんて離れ業……できねえ訳がねえからな!」
なにせ、欠伸混じりに氷の大聖堂を創り上げるのがウィルム。異空間で見たあの氷の建築物は忘れもしない。
建築家と見紛うほどに計算された氷の配置。芸術家と見紛うほどに精細極まる氷の彫刻。派手な大魔法に目がいきがちだが、精緻な魔力操作こそが彼女の本領。ミリの単位も寸分違わぬ正確さと、それを瞬時に構築する制御力……あれこそ竜の竜たる所以だ。
そんなあいつが、ユウスケを狙い撃てない訳がない!
「はははっ! よおく分かっているではないか、ロウ! そうとも妾は青玉竜──貴様だけを射貫くなど造作もないぞっ、ユウスケ!」
遠間での斬撃打ち合い、至近距離での鍔迫り合い。遠かろうが近かろうがお構いなしに、氷の剣が英雄の首を、胴を、背を足を目指して降りそそぐ。
「それでも、僕には届きはしないッ!」
「その割にゃあ鈍ってるぜ? 剣の冴えがなァ!」
氷の雨は光線光波で迎撃し、ウィルムの手刀と俺の曲刀は光の双剣で捌くユウスケ。これだけ攻めて崩れないのは流石だが……表情は目を見開き歯を食いしばる戦士そのもの。余裕などない本気の本気だ。
つまりは今の力がこいつの底。それが見えれば食い尽くすのみ。
ヴリトラが体を張って生んだこの好機、絶対逃がしはしない!
「畳むぞ、ロウ!」
「おぉッ!」
手刀を躱し足刀を受け流し銀刀を受け止めて──斬り結んで止まったその瞬間に、尾刀と前蹴りとが英雄の腹と背とに突き刺さる。
「ぐ、お゛ッ……」
らしからぬ苦悶の声。くの字となる青年の体勢。絶好のチャンス!
「トドメッ!」
蹴り足を振り下ろす勢いでもって、大上段に構えた銀刀を一気に加速。
大地に鍬をおろすかの如く、渾身の一撃をユウスケに向け──。
「……相手を陵駕した──そう思った時こそ、落とし穴にハマりやすい。今の君のようにね」
──割り込むように煌めいた一閃が、銀刀と俺の身体を両断した。





