表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第二章 工業都市ボルドー
30/318

2-7 クリニック・ビオレータ

 夕刻。森から戻ったロウはボルドー居住区画にある診療所を訪れていた。

 

 少年が宿泊している宿の主人タリクに聞いたところ、本来怪我の治療は修道院で行われることが多いという。しかし、今は魔物被害が増していて満足な治療を行えないようだ。


 逆に個人で営まれている診療所は料金こそ高いが、確実な治療を望めるという。


 そんな中でも冒険者や騎士たちの間で評判の良い診療所をタリクに紹介してもらい、ロウは足を運んだのだった。


 居住区の中でも商業区よりの位置にある「クリニック・ビオレータ」と言う名の診療所は、住居を改築したような(たたず)まい。四つのベッド並んだ病室に、治療を行う診療室、長椅子の置かれた受付。三部屋で構成されるこじんまりとした施設だ。


「いらっしゃい。熱でも出たのかい?」


 受付に立っていたのは老境(ろうきょう)(いちじる)しい女性、ビオレータ。


 室内は清潔に保たれているが、彼女の(かも)し出す雰囲気はいやにおどろおどろしい。さながら魔女の館のようだとロウは感じてしまう。


「魔物に襲われた傷を見てもらいたくて。結構大きい傷なんですけど」


 ロウがそう伝えると眉をよせ、怪訝そうな表情をする老女。


 毎度のことだが仕方がない。ロウの外見はただの少年に過ぎないのだ。ましてや相手は初対面である。その上けろりとした顔で魔物に襲われたと言っても、まるで真実味が無いというものだ。


「とりあえず、受付だけさせてもらってもいいですか?」


 老婆の表情から信じてもらえていないことがアリアリと理解できたため、少年は受付だけは済ませようと申し出た。


「もう診察も終えようって時間だったから待ち時間なんてないよ。こっちへおいで」


 受付に誰もいなかったためもしやとは考えていたロウだが、その予感の通り患者がゼロのようだ。タリクに紹介してもらったとはいえ大丈夫だろうか? という不安が少年の内で渦を巻く。


(年を取ってる方が知識が豊富だろうし、大丈夫だろうさ)

(だといいが、どうにも雰囲気が苦手だ)


 相棒である銀刀サルガスと会話し気を(まぎ)らわせながらも、少年は老婆の後ろに続く。


 連れられてきた診療室も、簡素ながら清潔さが保たれていた。


 机に椅子、診療台。パーティションで区切られた区画は着替え用だろうか? 壁際は巨大な薬棚が占拠し反対側にはベッドが備え付けられていた。換気のための窓から夕日が差し込み、ありふれた診療室はどこか幻想的な空気を帯びている。


「見た限り大した怪我じゃなさそうだけど、どこが痛むんだい?」


 ロウが呆けたように診療室を眺めていると、椅子へと腰かけたビオレータが診療を始めた。


 どう切り出したものかと悩む少年だったが、そのまま伝える以外思いつかず、直接傷を見てもらうことにした。


「背中ですね。結構酷い傷ですが、よろしくお願いします」


 服を脱ぎ丸椅子へ座り、反転して背中を彼女へと向ける。案の定、背後から息をのむ気配が伝わってきた。


「……疑って悪かったね。こりゃ酷い傷だ。いや、よく声を上げずに我慢出来てるもんだよ」


「元々痛みに強い体質みたいでして。一応綺麗な水で洗浄した後に傷薬をかけて応急処置をしました」

「傷口を清潔な水で洗ったのはいい判断だったね。この傷で化膿してたら目も当てられない悲惨なことになってたよ……少し待ってなさい」


 表皮どころか皮下組織まで(えぐ)り取られ、一部白い骨も見えている重度の傷。重篤(じゅうとく)だと判断した彼女はすぐに治療を始め、薬棚から幾つかの薬草と粉末を取り出し、調合していく。


 葉をすり潰し絞りだした液体を、薬効を高める液体の入った容器に混ぜ入れ、小型のコンロのような魔道具で加熱していく。色が深緑(ふかみどり)から薄緑(うすみどり)に変化したところで火を止め、用意していた粉末を入れる。彼女はそこで一息つき、再び集中力を高めていく。


「ふぅ……うんっ」


 粉末を入れとろみが出た液体をかき混ぜながら、彼女は魔力を注入していく。ロウの母親も行っていた技術、魔法薬の調合である。


(ほう、魔法薬か。普通に調合された薬より数倍効果があるらしいな)


(モノによっては傷が再生するどころか、両断された腕がくっついたりすることもあるぞ。魔力を使っての調合は難しいし、薬の効果が半日と持たないのが欠点だけどな)


(ほぉ~そうなのか。お前さん、意外なところで詳しいな)

(母さんの仕事をよく見てたからな。流石に調合はさせてもらえなかったが)


(興味深い技術ですね。魔力を薬剤と反応させることで効果を活性化させた薬、ですか)


 待っている間に暇を持て余したロウは、武装解除していた曲刀を膝に置き、脳内会話で時間を潰す。そうやっている間にも丁寧に魔力を注がれた溶液は、薄緑色から青色へと変化していた。調合が無事成功したようだ。


 ロウは曲刀を再び荷物籠へ置き、額に浮かんだ汗を拭っているビオレータから容器を受け取った。


「さあ、一時的に自然治癒力を大きく高めてくれる魔法薬だ。味は悪いし飲んだ後は激しい(かゆ)みと痛みがあるだろうが、その傷で我慢してたんだから耐えて見せな」


「はい……」


 それって患者に飲ませて大丈夫なの? と思ったロウだったが、こちらに合わせて強力な薬を調合してくれたのだと好意的に解釈。言われたままにぐいとあおる。


「……ッ!? グガッ!?」


 口に含んだ時点では問題が無かったため、そのまま嚥下(えんか)したロウだったが……直後、(のど)が焼けるような感覚に(さいな)まされる。


 次いで胃に強烈な不快感。内側から内臓がドロドロと溶けていくかのような奇妙な感覚に襲われた。


「ほら、ベッドで(うつぶ)せになりな。立ってられないだろう?」


 楽し気にベッドへと(うなが)す老婆に猛烈に抗議したくなったロウだが、口を開けば何かが出そうで睨むにとどめる。


(中々愉快な婆さんだな)


 荷物籠から眺めているらしいサルガスの、如何にも軽い感想を意識の遠くで聞きつつベッドへと倒れ込んだロウ。そこへ、今度は背中への猛烈な痒みが襲い掛かる。


「ふぐぅ……!?」


 それは(あり)の大群が背中を這いまわるような、今にも剥がれそうな瘡蓋(かさぶた)が背中の至る所にあるような。患部(かんぶ)に触らずにはいられなくなるような刺激であった。


 少年はその激しい刺激に堪えるため歯をギリギリと食いしばり、ベッドのヘリを(つか)むが──。


「……っ! なんとまあ、馬鹿力だね」


 爆ぜるような乾いた音と共に見事に粉砕。ロウに握られた箇所は無残な破壊痕のみが残される。


「ふぎぃッ……」


 拷問のような痒みに耐えた後は、患部が灼ける様な痛みとも痒みともつかない複雑な刺激に襲われる。声を上げ掻きむしりたくなる衝動を必死に抑え、ロウはベッドにうずくまるようにして耐え続けた。


 その後も時にのたうち回り、時に海老反(えびぞ)りで跳ねまわりながらベッドを順調に破壊していって。魔法薬の効果が切れるころには、診察台にはシーツと破壊された残骸しか残っていなかった。


◇◆◇◆


「見た目に(だま)されたあたしの過失かねえ……こんな化け物みたいなあんたに、あの傷を負わせた魔物ってのも気になってくるね」


 ベッドの残骸を片付けお茶を入れる、診療所の主ビオレータ。


 表面的には傷が治ったロウはといえば、調子を確かめるように体を動かし感覚を確認している。


 ベッドを破壊した件を謝罪し治療費に上乗せしての支払いを約束した少年だが、謝罪している時の表情はいけしゃあしゃあとして(はばか)らない。煮え湯を飲まされた故、遠慮も要らないと考えたのだろう。


「見たことも聞いたこともないような魔物でしたね。硬質な八本脚、奇妙な五本腕、そして異様な舌……この傷だけで済んだのは幸いでした」

「……なるほどねえ」


 異形の魔物に関する説明を聞くと、彼女は納得したように頷いた。


「何かご存じで?」


「確かなことは言えないがね。最近修道院の方に運び込まれた冒険者が、うわごとの様に繰り返してる魔物の特徴に合うと感じてね。もっとも、その姿と、腕利きの冒険者でさえ逃げるのがやっとな程の強さってこと以外は、何も分かってないがね」


「そうですか……その冒険者さんの容態は、あまり良くないんですか?」

「身体の方は治癒の奇跡で回復してるようだが、心の方は駄目みたいだね。会話もままならないみたいだよ」


 ビオレータは力なく首を振る。奇跡や魔法薬で肉体の傷を癒すことは出来ても、精神の傷は回復しない。そのことに彼女は、如何ともしがたいやるせなさを感じていた。


「あの異形の魔物は、冒険者では数を増やしても犠牲が増えるだけでしょうから、騎士団による討伐部隊を組織してもらうしかなさそうです」


「アタシもそう思っているが……そんな化け物から逃げ切ったあんたも、相当異常だね」

「単独で行動していて身軽でしたからね。不意を打たれたわけでもありませんでしたし」


 事もなげに言ってのけるロウに彼女は白い目を向けたが、先ほどの魔法薬を飲んだ際の暴れ様を見た後ではさもありなんと納得できた。


「調合したのは良く効く薬だが、こうまで早く傷が塞がるとはね。見た目の上では治ってるが、無理に動かすと内部で炎症や出血を起こすから気を付けなよ」

「ありがとうございます。傷が開いたらまた来ますね」


「はあ……。あんまり自分を過信するんじゃないよ? 診察費と治療費、ベッド諸々合わせて金貨一枚ってとこだが、面白い話聞かせてもらった分をまけて銀貨八枚だね。払えるかい?」


(相当な傷だったが安いもんだなー。子供料金か?)

(こういう診療所は奇跡で治療を行う教会と競合してますから、価格の競争が起きているのかもしれませんね。それに、払えないような額ならば患者もきませんし、あの宿の主人もロウへ紹介しなかったでしょう)


(なるほどなあ)


 ロウは意外に料金が安いことに驚きつつも懐から金貨袋を取り出す。今回は(あらかじ)め異空間から懐へと袋を移していたためスムーズである。


「なんだい随分持ってるじゃないか。金貨一枚にしときゃ良かったよ」


 金貨袋の中身を見て目を丸くしたビオレータが、さも残念そうに言った。ロウは苦笑いを浮かべるほかない。


 支払いを済ませたロウは改めて感謝の言葉を告げると診療所を後にし、ボルドー上層区にあるムスターファ邸へと向かったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ