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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
閑話・壊乱の裏で
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皇女姉妹の非日常

 魔神たちが顕現し、魔の楽園と化した帝国首都。


 その中心、戦闘により荒れ果てていた宮殿跡地に突如生まれた黄金郷──万魔殿(ばんまでん)


 小国であればすっぽりと入ってしまう帝都の、半分を占めてしまうのではないかという巨大な城。周囲に溢れる溶岩に照らされ黄金色に輝く威容は、創り上げた最上位魔神の力を雄弁に語っている。


 その巨大極まる城の中心付近で、身を寄せ合って震える小さな影が二つ。


「うぅ……」

「大丈夫ですよ、サロメ。この世界を治める神々が、魔神の跳梁(ちょうりょう)を捨て置くはずがありません」


 大英雄の末裔(まつえい)にして帝国の至宝、皇女姉妹のサロメとユーディットである。


 臣下親族全てを意思なき傀儡(かいらい)に変えられた彼女たちは、実行者たる魔神の下で捕らわれの身となっていた。


 人が使うには大きすぎるベッドの縁に腰かけ、互いの肩を抱くようにして震える姉妹だが……部屋の中心には、虚ろな表情で(たたず)む皇子の姿。


 刀剣を(たずさ)え彼女たちを監視するその姿は、まさに傀儡。意思も感情も何一つ窺わせず、下された使命をしている。


「けれど……お兄さまたちもお父さまたちも、神様も女神様も。皆人形のようになってしまいましたし。それに、わたくしたちを守護してくださった聖獣様も、もう……」


 声を湿らせるサロメは、滅ぼされた聖獣を想い視線を落とす。


 揺りかごからこの歳に至るまで、皇女姉妹は聖獣の護りを感じながら生きてきた。


 厳格な聖獣ケルブより知識を学び剣技を仕込まれ、大英雄の末裔(まつえい)たるに相応しく育てられたユーディット。


 六歳から剣を握り八歳の頃には精鋭たる近衛騎士をも打ち負かしていた彼女は、獅子の聖獣と剣と翼を交え己を磨き続けてきた。宮殿の中庭で行われていたこの剣技と翼撃の応酬は、時折加わる新任騎士の誇りを粉々に砕くほどの凄まじさだった。


 他方、おおらかな聖獣オファニムの庇護のもと、帝都宮殿の至る所を探検して遊び回り自由奔放に育てられたサロメ。


 守護聖獣の気質を継いだか、あるいは持って生まれた性質か。自身の気の向くままに行動することを良しとする彼女は、侍女(じじょ)たちの制止を振り切りあちらこちらを見て回るのが常だった。天真爛漫(てんしんらんまん)な彼女が翼の聖獣と共に逃げ回り、侍女の集団に追い掛け回される光景など、彼女が幾つになっても見られるものだった。


 聖獣の大いなる力を常に感じてきたこの皇女姉妹にとって、彼らの不在は心の支柱を欠いたようなもの。家族を操られてしまったこと以上の衝撃である。


「……聖獣様は、わたくしたちとは異なる(ことわり)の中にいます。神話では滅んだ神が(よみがえ)るという話も少なくありませんし、希望を捨てるのは早計ですよ」

「では……!」


「──健気健気、良き傾向だ」


 姉のユーディットが希望を語ると同時──小さな光球が室内を照らし、監視を行う皇子の背後に黒き影がずるりと這い出る。


 顕れたのは姉妹の腰ほどもあろうかという大蜘蛛(おおぐも)。入れ替わるように皇子を影へ押し込んだ蜘蛛は、幾つもの(まなこ)で姉妹を射抜く。


「ひっ……」「……!」


 昆虫の単眼ではなく動物の眼球が埋まる不気味な頭部に、空間が歪んで見えるほどの濃い魔力。それを見てサロメは青ざめ息を飲み、ユーディットは妹を抱き寄せ身構える。


「何者か!」

「余を見て誰何(すいか)するか。アレの末裔という割に物を知らん小娘よ」


 フジツボの付着した前肢で頭を掻いてみせた大蜘蛛は、光り輝き姿を変化。黒髪黒衣の美女と化して少女たちをじろりと見下ろした。


「これで分かろう?」

「……炫神(げんしん)ベリアル!」


「そうだとも。汝らが住まう宮殿を破壊し尽くし、臣民を殺戮し尽くした魔神の、な」


 目の前に仇がいるぞと、両手を広げて(あお)る傾国の美女。縦に割れた瞳孔を持つ金の瞳が、怒りと恐怖がない交ぜとなる姉妹を覗き込む。


「ふぐっ……」「……っ」


「はっはっは。足がすくむか、口が開かんか。何恥じることは無い。余を前にすれば、あらゆるものが等しくそうなる。ああ、しかし……あの大英雄は、果敢に刃を向けてきたものだがな。かの者の勇敢さは、汝らには受け継がれなかったのか?」


 発する魔力をぐいと強め、挑発を続ける魔神ベリアルがずいと寄る。


 壁を軋ませ調度品を破壊する圧力はユーディットたちを徐々に圧迫。万力(まんりき)(せば)まるように全身を加圧される二人は、声も上げられぬまま締め上げられていく。


 苦悶の表情を浮かべる少女たちの服がいよいよ乱れ、彼女たちの肉体も壁の強度も限界に達しようとした、ところで──扉が勢いよく蹴り破られた。


「殿下! どうされましたか!?」


 息を切らして現れたのは煌びやかな衣装をまとう黒髪の美青年。大英雄の肉体を得た帝国の騎士、カラブリア・エステである。


「ちっ。肉体だけの愚物がきたか。全く、興が削がれる」


「魔神ベリアル……。貴様、殿下には手を出さないと取り決めたはずだ。魔神たちの間の約定(やくじょう)反故(ほご)にするつもりか?」


 およそ協調性というものを持たない魔神たちだが、彼らはこの地に顕現するにあたり幾つかの協定を作っていた。


 その一つが、カラブリアの言う「大英雄の血を色濃く継ぐ皇女姉妹には手を出さない」というものだ。


「ははは! よおく見てみろ節穴(ふしあな)小僧。余は()など出していないだろうに。魔力は出したかもしらんがな」


 しかし相手は外道の魔神。人がもがき苦しむ様を至上の娯楽とする(やから)。協定の抜け穴など幾らでも見つけるし、そもそも律儀に守るつもりなどさらさらなかった。


「屁理屈を。約定を護る気がないというのなら、この『天叢雲(あまのむらくもの)(つるぎ)』で成敗してみせようか!」

「くっはははっ。借り物の力でいきがるじゃあないか。よかろう。その力が身に馴染んでいるのか、余が確かめてやろう」


 ひとしきり笑い飛ばした後に、ベリアルは様子を一変させる。


 漏れ出る魔力は激流へと変わり、壁面天井を吹き飛ばし。


 (あで)やかな黒髪と上品な黒衣は、輝く白髪と煌めく白衣へ生まれ変わる。


「……ッ」


 吹き抜けとなってしまった室内の中心に立つは、見る者が(くら)み惑う眩惑(げんわく)の魔神。炫神ベリアル、その権能の発露である。


「はははっ、なにを固くなっている? お前が守ると豪語した姉妹が、余の魔力で吹き飛んでいるぞ?」


「!? 殿下!」

「ぅ……」「……」


 輝く美貌に魅入られていた青年は我に返り、力なく倒れる姉妹へ駆け寄る。妹サロメに傷は少ないものの、彼女を庇うように倒れる姉ユーディットの背は傷だらけだ。


「くッ……。貴様、一度ならず二度も……!」


「ふふふっ、なればどうする? その聖剣を振るうか? 聖獣をも滅ぼすその剣ならば、あるいは余を傷つける目もあるやもしれんが……くくっ、転がる皇女どもは余波だけで微塵となろうな」

「……ッ!」


 口角を上げて笑む白髪の美女に、青筋を立て歯を食いしばる黒髪の青年。


 魔神の圧力と大英雄の覇気がぶつかり合い、空気が張り詰め凍り付き──。


〈その辺りにしておけ、ベリアル〉


 ──黒髪の老神が雷鳴と共に顕れ、その空気も霧散することとなった。


「ちっ。また余計なやつか」「バアル様!?」


〈クハハッ、余計とは心外だ。いたずらに消耗せぬよう配慮したというのに。……大英雄の力、知らぬ汝ではあるまい?〉


「……はんっ。『器』だけの存在が、アレと同等とは思えんがな」


 吐き捨てるように零したベリアルは、再び白き美女から黒き美女に変化。用は済んだとばかりに光となって淡く消えた。


〈荒らすだけ荒らして立ち去るか。何とも魔神らしい輩よ〉


「……バアル様。何故あのような魔神と手を組むのですか? 魔神を(はら)うため、人の世を救うために、私は生まれ変わったのではなかったのですか!」


 身体を震わせ(いきどお)りを露わにするカラブリア。


 帝国臣民を殺し聖獣を滅ぼした彼だが、それを行ったのは自由意思ではなく操られてのこと。そう言い聞かせ自身が虐殺者ではないと信じ込む青年は、未だ神と魔神が手を組む状況を理解できずにいた。


〈くはッ。そうかそうか、()たる汝にとって重要なことであったな。言ったろうう? 正義を成さねばならんと〉


 そんな青年の心情を見透かす老神は、こみ上げるものを噛み殺しながら大仰(おおぎょう)に語る。


「正義……。魔神と手を組み、人々が魔に蹂躙(じゅうりん)されていく様を眺めるのが、ですか」


〈それは短絡的というものだ。人は九百年という長きに渡り、安寧(あんねい)(むさぼ)怠惰(たいだ)に沈んだ。今この時でなければならぬのだよ。人類を追い詰め、戦いというものの何たるかを思い出させるのは。そして、大英雄として覚醒した汝がいるこの時でなければな〉

「私が、いたから……」


 死神サマエルの言葉を流用し、さも神として当然の行ないだというように必然性を強調するバエル。


 自分の名が出たことで、一旦は言葉を飲み込みかけたカラブリアだったが……それでも彼の口からは不安がついて出る。


「ですが……ですがバアル様。この行いが人の未来に繋がるのだとして、私はどうなるのですか? 聖獣様を(しい)してしまい、帝国臣民まで手にかけて……未来のためとはいえ、人々に受け入れられるとは思えません」


〈異なことを言う。この帝都は今、神どころか竜さえも(また)ぐこと叶わぬ結界の内にある。汝が何をしようとも、それが外へ伝わることは一切ない。ここでの行いはいわば下準備。世の人々が知る必要などない、神話の裏側なのだよ〉


「神話の、裏側……」


 ごくりと生唾を飲んだ青年は、床で倒れる美しき姉妹へ視線を移す。


 黄金のように煌き清流のように流れる美しい髪。真珠のように(つや)めく(なま)めかしい肌。大きな双丘となだらかな膨らみ、対照的ながらも男の目をひきつけてやまない、ゆっくりと上下する姉妹の胸部……。


 姉妹を形作る何もかもが、カラブリアの劣情を掻き立てる。


 神が魔神と手を組み、大英雄として生まれ変わった自分が虐殺を行う。現実感のないこの状況において、こみ上げる欲望だけが彼の確かな実感だった。


〈くっくっく。思うところがあって皇女たちを操らぬよう求めたのだろう? 好きにするといい。汝が何をなそうとも、全ては必要な行いだ〉


 欲望を後押しするような言葉を残し、黒髪の老神は雷鳴と共に掻き消える。


 眩惑の魔神も神を(かた)る魔神も部屋を去り、残ったのは瓦礫(がれき)の山と青年たちだけ。


「……」


 一人息を荒くするカラブリアは、震える指先を姉妹の肌へと近づけて──。


「ぅ……? っ! だ、誰ですか!」


 ──意識を取り戻した皇女サロメから、伸ばした腕を払われることとなった。


「で、殿下。お目覚めになられましたか」

「あなたは……魔神と一緒にいた方? あの魔神はどこに……っ!? お、お姉さま!」

「ご安心ください。私が魔法で癒しますので」


 取り乱す少女を落ち着け、青年は虹なる魔力で魔法を構築。一秒とかからず傷を癒し血の汚れを消し去ってみせる。


「!? 傷が一瞬で……。治癒の奇跡、なのですか?」

「いえ、神の力は借り受けておりません。神の御業と同じ……回復魔法です」

「魔法ですか? もしやあなたも、あの女性と同じく魔神なのですか……?」


「まさか。私はカラ──いえ、大英雄として豊穣神様に見出された者です」


 自身が帝国の騎士カラブリアだと伝えようとした青年は、寸前で思いとどまり部分的な事実を伝えた。


 己が皇女サロメの知る人物であると知らせなかったのは、無用な混乱を避けるためか。それとも……。


「豊穣神様に見出された、大英雄様……」


 他方、青年の視線に晒される少女は(はだ)けた胸元を隠しつつ得た情報を精査していく。


(豊穣神バアル様といえば、この惨状を創り出した神を騙る魔神。あの恐ろしい魔神が見出したなら……この穏やかそうな方も、わたくしたちの敵と考え行動した方が良さそうです)


 宮殿に顕れ女神や自分たち皇族を騙し討ちとした、(おぞ)ましい風貌の蠅頭(ようとう)の魔神。その力と姿を思い返し震えるサロメは、湧き上がる嫌悪感を抑え込み会話を続ける。


「大英雄様はどうしてこの場にいるのでしょうか? わたくしたちと違って自由に動けるようですし、剣も持っていらっしゃいますし。囚われているようには見えませんけれど」

「どこに耳があるか分かりませんし詳しくは話せませんが、私は味方です。殿下、どうか信じてください。私は今、人の世のために行動しているのです」


 未だ(くすぶ)る衝動をひた隠し、己が人の側に立つものだと訴えるカラブリア。


 しかし自身の都合だけを考える彼の言動は、サロメの感情を逆撫(さかな)でするものだった。


「……人の世のため? 宮殿を破壊して、お父様やお兄様を操り人形にして。一体何が世のためとなるのですかっ!」


 家族に臣下、畏敬する女神に愛する聖獣まで。全てを奪っていったのが豊穣神を騙る魔神とその仲間たちである。その下についておきながら人の世のためと語るなど、彼女にとっては戯言(ざれごと)以外の何物でもない。


 故に、サロメの発した怒りは猛烈。溢れた先から燃え盛る炎と化す魔力は、彼女の激情そのものである。


「うッ!?」


 強固極まる魔神の居城だけに燃えこそしないが……溢れ出た炎は正しく烈火。たじろぐカラブリアに距離を取らせるには十分だった。


「も、申し訳ありません、殿下。私は、ただ──」

「──出ていきなさい。今すぐに!」


「ひ、日を改めます!」


 後ろ暗い己の行いに、少女の発する灼熱の嚇怒(かくど)。両面から追い立てられた青年は背を見せ逃走。瓦礫(がれき)に足を取られながら去っていった。


「……ぅぅ」


 残されたサロメはしばし怒りを(たぎ)らせていたが──不意に鎮火。透明な(しずく)をぽたりと落として悲嘆にくれる。


(……今回はあの男を退けられたけれど。きっと彼も、あの魔神も、何度でも顕れる。それに、他の魔神たちも……。ああ、一体どうすれば……)


 心臓から末端の血管へと行きわたるように広がる、魔の巣窟(そうくつ)に囚われている実感。


 先の見えない恐怖を感じた少女は、静かな寝息をたてる姉を抱き寄せ嗚咽(おえつ)を漏らす。


「誰か、助けて……。神様、ロウさま……」


 (すが)る相手の名を呟くも、返ってくるのは吹き抜けていく風の音のみ。


 少女のすすり泣く声だけが虚しく響き、古城の夜は更けていった。

2020年も残りわずか。ここまでお付き合い、ありがとうございました。

次章執筆と並行して、閑話も年内にあと一回は更新したところ……がんばります。

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