8-1 出立
お待たせしました。やっとこさっとこ連載再開です。
柔らかな陽射し差し込む宿の朝。
その刺激を目覚まし代わりに意識を覚醒。むくりとベッドで起き上がる。
おはようございます、魔神のロウです。
(お前さんは定期的にそれやってるが、一体誰に自己紹介してるんだ?)
(ロウのことですから、きっと寝ぼけているだけでしょう)
「寝ぼけてねーよ。気持ちのいい朝日を浴びたから、鬱屈とした気分を初期化してたんだよ。のっけから酷い言いようだな、全く」
身だしなみを整えていると、意志を宿し念話を発する曲刀たち──サルガスとギルタブが、早速横やりを入れてきた。朝っぱらからキレッキレな相棒たちである。
(鬱屈とした気分ねえ。帝国へ行くって話、乗り気じゃないのか?)
「帝国に行くこと自体は楽しみなんだけど、俺が本来の目的としてる観光はあんまりできそうにないし。竜信仰の集団はどうにでもなりそうだけど、魔神がなあ……」
(そういうことでしたか。とはいえ、ロウには竜二柱に魔神二柱が味方に付いています。あちらに行けば魔神エスリウも待っているといいますし、そう悲観する状況でもないと思うのです。というより、ロウの父親の仇になるのでしょう?)
「そうなんだけど、俺父親に世話になった記憶ないし。妹のフォカロルみたいには怒れないんだよね。あいつを操ってたって話にはイラっときたし、ぶっ飛ばすのもやぶさかじゃないけどさ」
返答しつつ自室を出る。トイレや洗面台が共用のため、移動せねばならないのだ。
階段を小気味よく鳴らして降りていき、一階の洗い場へ。早朝のため利用者は皆無である。
この分なら知り合いと顔を合わせることなく旅に出られるだろう──などと考えつつ顔を洗っていると、朽葉色の長髪が麗しい美女たちが現れた。
「「あっ」」
「げッ」
冒険者レルミナに、宿の看板娘ディエラ。実は姉妹だったという二人の登場である。
「むう。顔を見て早々“げッ”、って酷くない? ロウ君」
「そう言いたくなる気持ちも分からなくはないけどね。ロウは昨日、何の説明もせずに私たちの前から逃げたから」
「おはようございます、お二人かた。寝起きの女性のお顔を見るのは申し訳ないので、わたくしめは退散しますね。さいならー」
「まあまあ待ちなってロウ君」
姉妹の間をすり抜け脱出しようとしたが、新たなる障害に阻まれる。レルミナと一緒に行動をしている女冒険者、ルールーであった。
「ほぶッ。ルールーさんもおはようございます。気配断ち、上達しましたね? 全然気が付きませんでした」
「あっはっはー。そりゃあ諜報が本職だからね。傍から見ればあべこべに見えそうだけど、君から褒められると嬉しいよ。これでも私、街を救った英雄なんだけどねー」
「そうなんすかー。いよッ、英雄ルールー様! 今日もお美しいです!」
「……。ロウ君、あの女たち以外にも、まだ女の人がいるんだ。多すぎじゃない?」
「結構人誑しなところがあるからね。ともかくロウ、きっちり説明するまで逃げるのは無しだよ」
「ええー」
三人から三角形に包囲されたところで、レルミナの確保宣言が発せられる。逃げることまかりならぬようだ。
(魔神と会っただ戦闘しただ云々は避けるにしても、最低限の説明くらいはしておくべきだろうさ。いい機会だろうよ)
世話焼きお兄さんことサルガスも彼女たちに同調している。今の俺はまさに孤立無援である。やんぬるかな。
(さも被害者のように振る舞ってますけど、全て己の行いが原因ですよ?)
そして追い打ちをかけてくるギルタブさん。この黒刀殿には冗談というものが通じないらしい。
「ディエラさんには少し説明しましたけど、急用が入って朝一で街を出なくちゃいけなくなったんですよね、俺。なので、簡単にしか話せないですが──」
全ては言えないよと予防線を張りつつ、昨日の出来事──竜信仰の集団が起こした騒動の場に居合わせたこと、そして説明なしに離脱した理由を話していく。
無論、魔神や神獣と戦っていただとか、神と竜と会談してきたなどということは伏せている。ミトラス神に関しては反応振りを見るに、レルミナたちも会っているようだが……。
「──というわけで、都市上空で切った張ったの大立ち回りしてたんですよ」
「……雷とは違う音が響いたり雲が吹き飛んだり、只事ではないと思ってたけど。まさかロウが絡んでたとはね」
「いやー大変でしたよハハハ」
上空で何某かの衝突があったことは地上の人々も気づいている──。別行動していた仲間から、そう聞かされていた。
俺の実力が逸脱していることは露見しつつあるし、無理に隠すこともなかろうという判断である。戦った相手を魔神ではなく強力な魔物に差し替えてはいるが。
「ロウ君はアレだね、そこはかとなく胡散臭さを感じるね」
「ギクッ。そんなことはないですよ。やだなあ疑っちゃって」
「はぁ。どうせ話してくれないんだろうけど。朝一に出るって言ったけど、もう出ていっちゃうの?」
「はい。仲間の皆に声掛けたらすぐにでもって感じです。バタバタしちゃって申し訳ないですけど、メリーさんによろしくお伝えください」
「あっ」「止める間もないね」「ロウ君らしいことだ」
嘆息するディエラに女将への伝言を頼んで素早く離脱。ちゃちゃっと自室に戻り、宿泊組の面々を自前の空間から召喚していく。
「おはよーロウ君」「こちらでは朝なんだね」
「ようやっと出発の時間か。楽しみよな」
「面倒であるな。また異空間へ戻るというのに、何故外へ出ねばならぬのか」
「お兄ちゃんがこの宿で部屋借りてるからに決まってるじゃん。君たちって本当、人の世を知らないよね」
「……。ドレイク。構わん、シメてやれ。妾が許可する」
「ううっ? 魔力で床が!?」
「何故この者たちは常に煽り合う?」
召喚しただけでこの様である。
先日仲間に加わった我が妹──フォカロルと、魔神を憎んでやまない竜たちに至っちゃあ、魔力をぶつけ合いだす始末だ。お兄ちゃんもう頭が痛くなってきたよ。
「床燃やすな馬鹿。フォカロルも、ドレイクやウィルムを煽んないでくれよ。お前にとっては遊びかもしれないけど、人の街でそれやったら大惨事になる。昨日だって街の一角がぶっ飛んで大変だったし」
「う。ごめんなさい……」
「ふっ。素直に謝ることができるのは美点であるぞ、フォカロル」
「空間ぶち抜いたお前が偉そうにしてんじゃねえよ!」
渾身のドヤ顔を決める魔神──セルケトへ雑に突っ込み、その背を押して自室を出る。部屋を出るだけでこんなに疲れるとは、先が思いやられるぜ。
「無計画に抱え込みなんですよ、ロウは」
「ククッ、確かにな。それにしてもお前さんも随分と大所帯になったもんだ」
「お前らってマジで他人事だよな。そんなんで本当に相棒なのかよ」
人型状態となった曲刀たちも追加して、総計十名。これに加えて各地に自前の眷属がいるし、いつの間にやら俺もいっぱしの団体さんとなってしまった。
感慨にふけりながらぞろぞろ移動。美男美女を見て目を丸くする受付嬢に鍵を返し、宿を後にする。
看板娘のディエラはまだ戻っていなかったらしく、受付には不在だった。説明から逃げておいてなんだけど、少し残念だ。
そんなことをぼやぼや考え城門前の待ち時間を潰していると、フォカロル同様に加入したての新人──ネイトが話を振ってきた。
「おい。少し話があるんだが、いいか?」
「ん? どうぞどうぞ」
「お前はセルケトを魔物から魔神へ昇華させたのだという。同じことをアタシにもできないのか?」
「んー? 随分と唐突な話だな。なんでまたそんな話を?」
疑問に思い聞いてみれば、なにやら異空間にいる間に己の弱さを痛感してしまったらしい。
彼女の生まれは迷宮のはず。異形の魔物として生を受けてから俺と会うまで、負けというものを知らなかったのだろう。
それが立て続けに敗北を知り上位者を知ったとなれば、焦りを感じるのも当然なのかもしれない。
「言いたいことは分かったけども。ネイトが弱いってことはないと思うけどなあ。魔法も力も、魔神の眷属より上じゃないか? 化物ばっかりの周りに比べりゃ劣るだろうけどさ」
「その周りというのが問題だ。これからお前は魔神の巣窟に行くのだろう? なれば、アタシにも戦う機会が訪れないとも限らない」
「自衛能力は付けておきたいってことかー。しっかしそれで魔神になりたいっていうのも、スゲー発想だよな」
「実際に我を魔神へ至らせたおぬしが言うか? ロウよ」
前例を持ち出されたところで順番となり、セルケトたちの美貌に見入っていた衛兵に挨拶を行い門を潜る。
都市に入る際には税金を求められるが、出る時は基本的に不要だ。怪しげなものを持ち出していないか確かめられたり、軽く手配書と見比べられたりするくらいである。
かつては盗賊だったが大丈夫だろうか──と内心おっかなびっくりしていたが、問題なく通過完了。都市北門の街道を踏むことができた。
「結構人が出歩いてるなー。昨日騒ぎがあったし、皆引きこもるもんかと思ってたけど」
「晴れたのが久しぶりみたいだからね。どんな騒ぎがあったかを確かめるためにも、活発に動いてるのかもしれないよ」
「なるほど。城門の外からじゃあ窺いようがないですもんねえ」
百年以上の時を生きる知恵袋──吸血鬼アシエラから見解を聞きつつ、石畳の上を進む。
城門の外といっても国の一大都市だけに、居を構えているものは少なくない。
堅固な城壁や排せつ物を流す下水道は存在しないものの、衛兵もそれなりに配備されている。周辺の街と比べてもここ城壁外の方が栄えているとさえいえるだろう。
そんな土地柄のため──。
「そこのべっぴんさんがた! お出かけ前に寄ってかない?」
「ここでそんなに良い服着てちゃあ、悪い奴に目ぇ付けられるかもしんねえぜ? ゲヘヘヘ」
「そうそう。声掛けられる前に俺たちと一緒にお店、どう? 美人さんだしお安くしとくよ~」
──強引な客引きというものもまた多い。
城壁外の衛兵たちは外敵の発見撃退が主らしく、区画の治安維持には力を入れていない──そんな話を、盗賊団に在籍していた時耳にしたことがあった。拠点が城壁外ではなく城壁内部に構えていたのも、都市の警備より治安の悪さをリスクと見てのことだったとか。
盗賊団が城壁の内に潜んでいたのも皮肉な話だ──などと懐古していると、溶岩ぶっ放し系優男(竜)が不愉快そうに青筋を立てた。
「虫どもが。灰となりたくなければ失せるがいい」
「うげェッ!?」「き、ひぃぃぃッ!」「助けてくれぇ!」
魔力漲らせるドレイクが口を開くと、道を塞いでいた男たちは恐慌状態となって三々五々に散っていく。
軽く威嚇しただけでこれである。人型に身をやつしていようとも、枯色竜様の覇気は桁が違うようだ。
「というか、話しかけてきた連中以外の人も、一気に散らばったな」
「この者の威を感じれば当然だろう。アタシでも震えるほどなのだから、人であれば言うに及ばない」
「うんうん。正直、関係ないのに逃げ出したくなっちゃったもん」
「人よりずっと強い私たちでも、この集団だと、ね」
魔物三人組が悲壮な意識共有を行っているのを尻目に、俺はすっかり人の掃けた街道を進むのだった。
◇◆◇◆
どっこい、無計画な旅には様々な障害が潜むもの。
十数分ほど歩き周囲の建物も少なくなってきたところで、再び問題が浮上してしまった。
「──これって、つけられてるよなー」
「そのようだ。煩わしいが、焼き払うか?」
「焼き払わねーよ! お前って本当そればっかりだな」
阿呆ドレイクとの会話通り、何者かにつけられているのだ。それも、こちらより多いほどの大人数。街道の脇にある木立から窺っているようだが、その気配は巧みに秘されている。
つまりは先ほどのごろつきとは異なる、荒事の本職であろう。
そうやって気配の分析を進めていると、今度は黒髪金メッシュなゴリラ幼女(魔物)が口を挟んできた。
「うん? アタシたちをつけるということは襲う意思があるのだろう? 殺して問題があるのか?」
「大アリだっつーの。人の世界ってのは極力殺しを避けるものなんだよ。戦争だとか罪を裁く場合なんかはちょっと変わるけど」
「よくわからない理論だ。外敵を殺すことと何が違うのか」
「悲しいことだけど、人は平気で嘘をつくからな。殺しに対する抵抗が小さいと、欲に従ってどこまでも利己的に行動するんだよ。証拠を消されちゃ言い分が正しいかどうか判らないだろ? だから、社会を維持するために殺人は殆どの場合で制限されてるわけだ」
「我らの『眼』でもってすれば虚言など容易く看破できるというのに。矮小なる存在は苦労が多い」
「そっすか。流石竜属様っすねー」
野暮な突っ込みを軽く流していると、気配たちに動きあり。符丁でも決めていたのか、街道の両側から全く同時に矢の嵐が迫る!
「下らん」
最も早く反応したのはウィルム。
両面から射られた矢を捕捉し、氷結。竜の尋常ならざる魔力操作でもって、その全てを空中で静止させ、粉と砕いた。
「殺さぬ程度にとなると、薄く炙ってやるか」
次いで動くはドレイク。
地面に拳を打ち込んだ彼は魔力を解放。林の中にいた連中の足元から滾る火柱を出現させ、悉くを焼却する!
「ギヤァアアッ!?」「ア゛ッ、アアアァァ!?」「なッ、燃えるぅ!?」
「……あっという間に地獄絵図じゃん。というかお前、周り燃やさずに人だけ燃やすって。スゲーな」
「フッ。竜の魔力制御力にかかれば毛先の単位で操ることも容易である。あれくらい造作もない」
「ふーん。竜って図体がデカいわりに、細かい作業が得意なんだ? 変なのー」
「貴様……」「はいそこ、煽んないの」
隙あらば挑発するフォカロルを窘め、水魔法を構築。巨大な水球を複数個創り出し、林から出てきた火達磨たちに投げ与える。
「ぶはッ、がは……」「あ、あぐ……」「助かった、のか?」
「今のでお分かりになったと思いますけど、俺たちは貴方がたを片手間で殺せます。次はないので、拾った命を大切にしてくださいね」
「「「……ッ」」」
警告を発すれば生唾を飲み込み、首が折れんばかりに頷く襲撃者たち。
「うわっ、水飛んで汚い……。お兄ちゃん、殺していい?」
「ひッ!?」「う、うああぁぁぁッ!」
「駄目だっつってんだろうがッ!」
竜以上に気が短い妹の暴走にレッドカードを出しつつ、最後の念押し。特大火球を虚空に浮かべ、威圧と衣類乾燥を同時に行う。
「「「ッ!?」」」
「服を乾かすだけですよ。乾いたのなら、どうぞお帰りください」
「ば、化物ッ!」「助けてくれぇぇぇ!」「やめろ来るな、逃げろぉぉッ!」
「そこまで言うか……」
襲撃者たちは衣類が乾き切る前に走り出し、全員脱兎のごとく駆けて行った。
人の厚意を無碍にするとは、碌な死にかたしないぜ、全く。
(お前さん、亜竜並みにどでかい火球浮かべといて、それを言うか?)
(ロウには客観的視点というものが欠如していますからね。元はといえば彼らの行いが原因ですし、同情の余地はありませんが)
火球を拡散させていると、曲刀となって我が腰に佩かれている相棒たちから突っ込みを受信。こちらの心情を読み取る彼らはいつでも辛辣である。
「このまましばらく歩きたかったけど、今ので人目が無くなっちゃったから空間魔法使っちゃうか。皆さん、異空間への移動をお願いしまーす」
「お兄ちゃん、それって面倒臭くなっただけだよね」
「フォカロル。汝の兄は楽をするためには如何なる意見もはねのける外道だ。指摘するだけ無駄というものよ」
「うるせえ。いいからさっさと中入れ」
「ついに体裁すらかなぐり捨てたか。こういうところは実に魔神らしい」
罵られながら仲間たちを異空間へ詰め込み終えれば、気ままな一人旅の始まりである。
いや~気が楽ですなあ。
(外道が過ぎる……)
(まあロウですからね……。ですが、こうして私たちだけで旅というのも悪くありません。ふふふ)
「そういや君らもいたね。まあ気心知れてるし、気楽なのは変わらないか」
だらだらと駄弁りながら空間魔法を構築すれば、街道上からお空の彼方へひとっ飛び。
天高い秋空を翔け抜ければ、ついに帝国へ到着だーってね。





