皇女姉妹の日常
魔神や竜が異空間で力比べを行っている頃。更地と化した交易都市の貴族街では。
「──天まで届く火柱に、遠方でも目が眩んじまうほどの光。神様ってのは本当に凄まじいな……」
「ですねえ。まあそれ以上に、普通に神様が顕現しちゃうことにびっくりですが」
都市を荒らし尽くした邪竜、それらの討伐にあたり目覚ましい戦果を打ち立てた者たちが、数時間前の出来事を振り返っていた。
場所は被害を免れていた城壁内居住区画の一室。
談話室の役割を担うこの部屋は広々としているが、今はただ二人が椅子に掛けるのみ。ロウの友人アルベルトに、日本からの転生者ベクザットである。
戦後処理や都市防衛の責任者へ報告など、急を要する諸々を済ませた現在、彼らは少々手持無沙汰となっていた。
「俺も生きてる間に拝謁賜ることになるとは思いもしなかったぜ。竜に遭っては生き延びて、神に会っては言祝がれる。我ながら英雄みたいな人生だ」
「やっぱり栄誉なもんなんですかね? 太陽神様は子供にしか見えなかったし、お褒めの言葉をいただいてもそんなに……って感じでしたね、俺は。アルベルトさん以外の人も感極まってたし、俺がおかしいだけでしょうけど」
「罰当たりな奴だなーお前。ミトラス神は千の目と耳を持つとも言われてるし、迂闊なこと言わない方がいいぜ?」
「マジですか。……異世界も情報監視社会だったのか──あ、お疲れ様です」
神による検閲を示唆されたベクザットがぶるりと身を震わせたところで、室内の戸が開く。
「やっほー。戻ったよ」「たまげるくらい謝礼もらってきたぜ」
ノック無しで入ってきたのは、青年たちと行動を共にしている冒険者「黒の番犬」の面々。片目の隠れた赤髪の女性に、犬面で灰色な男性、金の長髪で体格の良い男性である。
「レルミナさんやレアさんたち魔術が巧みな女性陣には、引き続き瓦礫の撤去にあたってもらっている。事後報告になるが、アルベルトのところのメンバーを勝手に動かして悪かった」
入室した面々のまとめ役たる金髪男性──ジョルジオは、手に持つ書類や金貨袋を卓に置きつつ青年に頭を下げた。
「いや、状況が状況だし確認取ってると作業が滞る。それに、今はジョルジオが俺たちのまとめ役だろ? 問題ないさ」
「金貨袋、重そうですねー。早速で悪いですけど、謝礼ってどれくらいでした? もしかして金貨ザクザクだったり?」
「……お前ってそんなガツガツした奴だったっけ?」「なんか印象変わったよねえ」
「黒髪スキーってバレたから、もう必死に取り繕わなくてもいいかなーと。あ、話行ったり来たりしてあれですが、例のアシエラさんたちって報告の場にはいなかったんですか?」
周囲から白い目で見られるも、問題とせず開き直るベクザット。
アシエラやフォカロルと会った時に過剰な反応をしてしまい、一時懊悩とした彼だったが、ものの数分でこれを克服。一度死んだ者独特の太い精神で状況を乗り越えたのだ。居直っただけでもあったが。
「ここまでくると清々しいか……受け取った額は多いが、組合の規則がある以上俺たちだけで貰うわけにもいかん。極秘とはいえ、依頼できているわけだからな」
「残念だけどしゃーなしだね。額が大きいから、黙ってて後でバレたら酷いことになりそうだし」
「そうなんですか。で、アシエラさんは? あの小さい妹の子は? それに、ロウ君のお姉さんっぽい褐色の子は?」
「一気に寄るな、うっとおしい。いなかったし、顔を見せた様子もない。それらしき人物を見かけなかったそうだ」
「マジですかー。こうなったら宿に戻った時、ロウ君を問い質すしかないか」
鼻息荒く詰め寄る青年が引きはがされたその時、扉が叩かれる。
「戻ったよ」「ただいま~」「皆揃ってるね」
現れたのは不在だったアルベルトのパーティーメンバーに加え、「黒の番犬」の護衛を行う腕利きの女性冒険者。
彼女たちの登場を予想していなかったのか、ベクザットが代表して疑問を呈した。
「レアさんたち、撤去作業やってるんじゃなかった? まさかもう終わったってことはないだろうし、交代した?」
「私たちが作業してる時に太陽神様がやってきてね~。瓦礫の山を全部消しちゃったのよ」
「多分空間魔法だったと思うけど、凄かった」
「光ったと思ったら山がなくなってたからね……。音だって一切しなかったし、本当に神の御業って感じだったよ」
「えー? いいなあ。私も魔法使うところ見たかったなあ。神様に対して不敬かもしれないけど、可愛い子だし」
太陽神についての感想を口々に述べる姿を見て、女性陣で唯一作業へ出向いていなかったルールーが大仰に嘆く。
「ルールーは魔術も扱えるのに面倒がってたからね~。ふふっ、原因は自分の行いにあるんじゃない?」
「うぐっ。怠け心を芽吹かせた自分が憎い……」
「ルールーがミトラス神を見れなかったことはどうでもいいが、こうなってしまうと次の行動も早まるか? 各自いつでも動けるよう準備しておいてくれ」
「了解」「わかった」「より詳細な報告あたりですかねー」
雑談に傾きかけた一同をジョルジオが取りまとめ、彼らは報告を待ちつつも体を休める。
ほどなくして現れた守備兵長たっての願いにより、アルベルトたちは都市の脅威を払った英雄として凱旋することとなった。
肩をすくめる者に興奮する者、緊張する者や普段と変わらない者。様々な反応をとる彼らは、邪竜の首級が掲げられた馬車へ乗り込むのだった。
◇◆◇◆
同刻。交易都市より遥か北方、贅を尽くされた宮殿にて。
「──皇女殿下! サロメ皇女殿下!? どちらにおいでですかっ!?」
「うぅ~。ガーベラったらあんなにも大げさに騒ぎ立てて。少し外出するくらい、見逃すのも侍女の役目でしょうに。全くもう」
慌ただしく靴を鳴らし駆けまわる侍女たちを、シャンデリアの上で静かにやり過ごす金髪少女が一人。
「……通り過ぎたかしら? 大切にされ過ぎるのも考え物ですわ~」
黒曜石のような瞳を閉じて嘆いた少女は、シャンデリアをほんのり揺らすとふわりと跳躍。ドレスの裾を大きく膨らませて、軽やかに着地した。
二階建ての家屋ほどもあろうかという高さから難なく着地を決め、奔放な少女は独り言つ。
「前はお母さまの離宮付近から外へ出ようと思ったけれど、失敗してしまいましたし。あちらは以前よりも警備の眼が光っているでしょうし、今回は厩舎辺りから攻めてみますか。これなら仮に見つかっても、魔獣や亜竜を見にきたという言い訳が立ちますし……ふふふ、万全ですわね──」
「──また侍女たちを困らせているのですか? サロメ」
一人で唸っていた金髪少女──サロメの背後より、霧に包まれたような声が発せられる。
「あへっ!? お、お姉さま!?」
弾かれたように振り向くサロメの瞳に、眉をハの字とした金髪黒眼の美少女が映りこむ。
目鼻立ちはもちろん、黄金比の輪郭に張りのある肌、柔らかく盛り上がる瑞々しい唇。
形作る全てが美しく、配置の全てが妙なる色気を引き立てる。サロメの見つめる女性は、正しく絶世の美少女だった。
女神さえも嫉妬すると周囲から評されるその少女は、己と瓜二つの容姿を持つサロメに優しく語り掛ける。
「貴女は人より身体が弱いのですから、魔力で強化していても危険な真似をしてはいけませんよ。これほど高いところから降りて、足を挫いたら大変です。それに足場にしていたあの魔道具灯も、降りる衝撃で壊れないとも限りません」
「う~。ご心配おかけして、申し訳ありません……」
身体の肉付きや胸の大小以外はなんら変わらぬ姉からの言葉で、項垂れた妹は一気に消沈。今日の宮殿からの脱走を諦めた。
「貴女が外へ出たいという気持ちも分かりますけれど、今は本当に危険な時期なのです。巷を賑わせる竜信仰の一団に、わたくしたち皇族の近親婚を批判する勢力。そして、大英雄様の再来と称される人物……。ユウスケ様の血を真に受け継ぐわたくしたちは、この現状を確と認識せねばなりません」
「むむむー。竜信仰の集団が危険なのは分かりますけれど。わたくしたちにだって息抜きは必要ですし、臣民から人気が……支持を集めていますし。短い時間であればそう危険ではないと考えますわ」
神々しくさえある姉妹の美貌は宮殿外の帝国民も知るところで、サロメの言の通り彼女たちは絶大なる人気を誇る。
それは国の祭事で彼女たちが表に出る時、決まって都市そのものを揺らすほどの熱狂が発生するほどのもの。国外にも熱烈な信奉者がいるほどなのだ。
更に言えば、彼女はこれまでに何度も宮殿からの脱出し、市街ぶらり旅を成功させている。
時には城門を護る衛兵を誑かし、我が物顔ですり抜けて。
時には大英雄から受け継ぐ魔力を操って、高位冒険者顔負けの身体能力で城壁を跳び越え強行突破。
そうしてじゃじゃ馬王女というに相応しい行動力で外出を成してきたサロメは、その目で臣民を見てきた。
彼女の並外れた美貌にあてられ、失神するほど感激した女性。
神々しさすらもつ彼女を見て、神を前にしたかの如く平伏した老人。
何事もあってはならぬと、子供を抱き寄せて石像のように身を固まらせた婦人。
あまりの美しさに色欲を滾らせるも、すぐさま周囲の人々から袋叩きにされた無法者たち。
様々な反応を示した臣民たちだったが、サロメが危険を感じたことはない。病弱といえど尋常ならざる身体能力持つ彼女にとって、一般人は脅威たりえないのだ。
「サロメ。貴女は人というものを知らなさすぎます」
対し、丁寧に結われた金の御髪を揺らす姉は嘆きを返す。
「一対一、正面からであれば如何なる存在も貴女を害することはできません。貴方自身の身体能力もありますし、なにより聖獣様のご加護がありますから」
「そうですよね? なら──」
「──けれども、相手が多数となれば話は変わります。臣民を装い貴女に近づき、待ち伏せる者たちの下へ誘い出されたら? それが手練れの者たちだったら? その者たちが待ち伏せるのみならず、無辜の民を人質を取っていたら?」
「むぐぅ~。で、でもユーディットお姉さま。それでも聖獣様なら、一瞬で全てを焼き払ってしまうと思いますわ。わたくしに危害が及ぶことはないと断言できます」
具体例を挙げるたびにずずいと近づいてきた姉──ユーディットの顔へ向け、かつがつ反論をひねり出したサロメ。
「ええ。きっと全てを焼き払うことでしょう。何の罪もない臣民や周囲ごと、あまねく一切を」
「う……」
「貴女が無事その場を脱することが出来ても、その後は無事では済みません。皇族が街中で大量殺戮を行った、何の罪もない人々を焼き殺した、などと悪意ある者たちが吹聴すればどうなるか。もうお分かりですね?」
「うぅぅ~……」
淀みなく語られた可能性を前に、ついに妹は完全沈黙。
多少の不満など握りつぶせる平時であればいざ知らず、皇帝への不満が蓄積されつつある現状では、火種が燃え上がるのは確実だ。
奔放な気質を具える彼女なれど、愛する姉や従兄たちに累が及ぶのは本意ではない。そのくらいの分別は持ち合わせていた。
もっとも、それも今日この日の脱走意欲を抑え込む程度に過ぎなかったが。
「そういうことですからサロメ、今は──っ!?」
我慢してほしい──そう彼女が繋ごうとした瞬間、両者を包み込むように白き大翼が顕れる!
〈──〉
[!?]
同時に、少女たちの背後で白炎が炸裂。
目の眩むような光を放つ聖炎が、大気を震わせ燃え盛り──周囲の建材を蒸発融解させたところで、陽炎のように立ち消えた。
「聖獣様……」
聖なる炎を操ったのは、二人を護るように佇む翼だらけの存在である。
折り重なる翼が蛇のようにうねる、世にも奇妙な姿をした生き物──聖獣は、翼の関節部に生える眼球で聖炎を放った付近を見つめると、満足したように翼をゆすり、消え去った。
「また、聖獣様が……秋口になってからというもの、毎日のようですね」
どこぞの魔神が如き通り魔惨劇だというのに、王女ユーディットはさほど驚きを見せずに水魔術を構築。冷気を操り手際よく融け落ちた床や壁面を冷やしていく。
「今回はオファニム様でしたね? お姉さまを護るケルブ様なら、多少お話しできて理由も聞けたのですが……残念ですわ」
「聞いたところでいつもと変わらないでしょう。“虫”がいた、故に排除した──そうお答えになるだけです」
神と同等の存在である聖獣たちは、皇族の危機を察知して障害を排除する性質を持っている。
だが、少女たちの会話や先の事例から明らかな通り、莫大なる力ゆえに周囲へ被害を出してしまうことも少なくない。聖なる獣は存外にポンコツだった。
「“虫”……ケルブ様曰く、魔神に連なるものでしたか。こうも頻繁に入ってこられると、どこかに穴があるのではと思ってしまいますわね」
「そうですね。それでも宮殿の外に比べれば安全ですから、外に出ようなどとは言いださないでくださいね? サロメ」
「うぐぐぐ。わかっていますわ……」
さておき、王女姉妹は水魔術による周囲冷却を終えた。抉れ歪となっているものの、応急処置は完了である。
「──皇女殿下っ! ご無事ですか!? なんてこと……」
丁度そのタイミングで、騒ぎを聞きつけた者たちが襲来した。サロメを追い回していた侍女たちだ。
「はぁ。しばらくはガーベラたちに付きまとわれてしまうのかしら」
「諦めなさい。ユウスケ様が言うところの『ブーメランが自分に刺さった』ですよ」
「自分の行いが遠因で損害を被る、というお言葉でしたかしら? でもユーディットお姉さま、わたくしがガーベラたちから逃げようが逃げまいが、聖獣様が焼き払えば同じことのような──」
「──あら。もう礼拝の時間のようです。サロメ、わたくしはサマエル様に祈りを捧げますから、後のことは任せましたよ」
妹が論理の綻びを突くも、姉は侍女の一部を連れて身を翻し、なんぞ聞こえぬと去っていく。
サロメはその美しい後姿を見ながら、姉も中々に太い性格だと再確認するのだった。
今回の話で閑話も終了です。お付き合いありがとうございました。
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