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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第七章 混沌の交易都市
234/318

7-25 太陽神ミトラス

「ああぁぁっ!」


 大地を揺らす叫びが(とどろ)き、バロールの屋敷は完全倒壊。我が妹たる魔神フォカロルの、渾身の咆哮である。


「くう、妾たちごと吹き飛ばすとは。やつめ、血迷ったか?」


「ウィルムよ、どうやらあの魔神は寄生されているようだ」

「やっぱり、そうだよな」


 一緒にぶっ飛ばされたドレイクの推測では、この行動は彼女の意思ではないらしい。確かに感情のままに叫ぶ彼女ではあるが、怒りの色よりも困惑がにじむようにも見える。


 原因と思わしきは彼女の眼窩(がんか)(うごめ)く白い虫。


 虫の体は細長く、触手のような腕が無数に生える。フォカロルの(ひたい)に張り付き発する魔力は臙脂色(えんじいろ)──彼女とは異なる、魔神の魔力だ。


 臙脂色と聞いて思い出されるのは数日前のこと。俺を監視していた空間魔法を操る存在。あれも虫のような姿だったが……。


「大した圧力だが……ロウやベヒモスと戦い疲弊(ひへい)した身では、我らを(おびや)かすには至らん」


「そうだね。とはいえ暴れられてはたまらないし、狩ろうか」

「っ!」


 ぶっ飛ばされた俺たちとは対照的に、シュガールとミトラスは示し合わせていたかのように魔法を構築。光の剣がずらりと並んで舞い踊り、紫電蒼雷が天地を(はし)る!


「ぐっ、あぁぁっ!」


 それらの的となったフォカロルだったが──“影”を帯びた黒風でもって猛攻を相殺。広大な敷地を丸ごと整地する大魔法で応じてみせた。


「ふふっ、お見事。ですが、一度灰となりなさい」


 が、しかし。それすら彼らは織り込み済みだったらしい。


 魔神バロールによる時間差攻撃である。


 空に浮かぶ象牙色の美女が解き放つのは、輝く恒星の如き灼熱球。それが複数個。


 俺の脳裏をよぎるのは、大湿原を消し飛ばしたエスリウの大魔法!


「あれが複数って──ヤバいだろそれ!?」


 慌てて叫ぶも時すでに遅し。


 小さな太陽が褐色少女と接触し──天を貫く炎柱が、渦を巻いて突き立った。


◇◆◇◆


「うおぉッ!?」(なんという──!?)


 まばゆい光が世界を照らし、更地となった屋敷を灼熱色で染め上げる。


「吹っ飛ばされ──って、あれ?」


 大魔法の炸裂で超絶大惨事待ったなしかと思いきや、炎は周囲に拡散せずに全て上方へと流れたようだ。吸引力が半端じゃなくて、屋敷の瓦礫(がれき)がどでかい炎柱に吸い込まれまくってるけども。


「凄まじい火勢であるな。この熱量、我が息吹に匹敵するやもしれん」

「ふんっ。バロールは腐っても上位魔神ということだ」

「確かに凄え……けど、これは流石に死ぬんじゃね? フォカロルが」


 天衝く柱を見て感想を零すうちに思い出すのは、標的となった妹の存在。直撃していたように見えたし、魔神でも蒸発するんじゃなかろうか。


〈バロォォォル!〉


「「「!」」」


 どっこい、正気でなくとも流石は魔神。降魔(ごうま)状態で猛るフォカロルは、黒き烈風でもって渦巻く炎柱をぶっ飛ばしてみせる。


 吹き荒れる熱風と黒風を凌ぎ(うかが)えば、双頭から三頭となった異形の魔神が目に入った。


 長い首を持つ山羊頭(やぎあたま)に、胸部に埋まるような牛頭(うしあたま)。そして、鎖骨から生え出る新たな頭部。昆虫の幼虫のような外見のそれには至る所に眼球が埋まり、それぞれが独立した動きで周囲を睨む。


 有機的でありながら機械の如く動く虫頭。フォカロルには悪いが、とてつもなく気持ち悪い造形である。


「……寄生されているというより、その力を取り込んだようですね。なんとまあ、無茶なことを」


「けれども、力は制御しきれない。いや、憎くき相手を前にした今、制御などする必要がないということかな。全く、これだから魔神は」

「それって、フォカロルが他の魔神にナニカサレタって感じですか?」

「ええ。あの虫には見覚えがありますから、まず間違いないでしょう」


 金髪少年と象牙色の美女の会話に割って入れば、肯定の言葉が返ってくる。


 強大な力を持つあいつに何か仕掛けるとは、容易なことでは……と思ったけど、正攻法じゃなければやりようがあるか? あいつ、意外とチョロそうだし。


(確かに。彼女はロウと似て単純な面もありそうですね)


 黒刀が何故かこちらに話を結び付けてくるが、この状況では反論に意識を割くことすら危険だ。無視せざるを得ない。


(本当都合のいい考えしてますよね、ロウって──)

〈──おおぉぉぉっ!〉


 益体(やくたい)のない脳内漫才に興じる間もなく、飆神(ひょうじん)と化したフォカロルが猛り狂う。


 天震わす咆哮に、空(むしば)む影の侵食。二色の魔力を操る魔神の圧力は、疲弊した身とは思えないほどに激烈だ。


「屋敷の人は避難してるって言いましたけど、これ外にいる衛兵たちも気づく荒事じゃないですかね。というか、絶対街中の人が気付きますよ。声も音も、この現象も」


「ええ。ですから、早めに幕を引く必要があります」

「街中に魔神が顕れたと知ったとき人がどのような反応を示すかなど、神である僕には絵が浮かぶほどに理解できる。君と手を組むのは(はばか)られるけれど、今はそうも言っていられないね」

「話は済んだか? ならば、我に合わせるがいい」


 人の世になど興味がないと話を打ち切ったシュガールは雷光と化し、雷鳴を伴う瞬間移動。寸秒でフォカロルの眼前へ現れて、勢いそのまま異形の巨体へドラゴンアッパー!


「ハァッ!」

〈ごっ、はぁ……!?〉


「──影には光、これが真理だ。寄生している方に効くかは、分からないけれどね」


 大型獣のような胴体をぶん殴られ、お空の彼方へ打ち上げられた魔神に対し──太陽神が更なる追撃。


 成人男性三人分はあろうかという長大な光の槍が次々現れ、苦痛にあえぐ相手へ殺到。瞬く間に魔神のミラーボールを創り出したかと思えば──炸裂。


 先ほどバロールが放った大魔法に勝るとも劣らない、極大爆発が巻き起こる!


「ちょッ!?」「むっ!」「ぬう!?」


 視界は正しく白一色。

 街全体どころか国中を照らすんじゃないかという、桁違いの白光が天を満たす。


「ぐおぉぉ~。目が、目があ……。って、衝撃波の方は、意外とそうでもないのか。バロール様といいミトラス神といい、器用だな」


「吹き飛ばすというよりは灼き尽くす大魔法であろう。しかしなるほど、太陽神を(うそぶ)くだけはある。天に座す星の如き輝きよ」

「ふっ。あれは妾の竜麟を貫くほどではなかったぞ? ドレイク。見かけは派手だがな」


「ウィルム、あれ食らったことあんのかよ。お前って本当、色々すげーよな」


 得意げな声に答えているうちに、まばゆい光が収まった。幸いなことに持続時間は長くなかったようだ。


 ……こんだけ派手な大魔法使ったとなると、魔神が暴れるのとそう変わらない気がする。太陽神様、本末転倒なんじゃあ?


〈……〉[ギィ……]


 神たちの対処への疑心を掻き立てていると、落下音が思考を(さえぎ)る。


 (にぶ)い音をたてたのは穴だらけで焼き鳥状態となったフォカロルに、茶色く変色した寄生虫。ピクリともしない彼女に見切りをつけたのか、虫は既に宿主のもとを離脱していた。


「どう見てもやりすぎだろ。一応、俺の肉親なんすけど?」

「フフフ。世に(あだ)なす魔神だからね、つい加減というものを間違えてしまったよ」


[……ギ!]

「あッ」


 大魔法をぶっ放した神へ抗議しつつフォカロルの下へ近づくと、臙脂色(えんじいろ)の魔力の揺らぎと共に虫の姿が忽然と消失。煙のように姿をくらませた。


「消えた!? 空間魔法か!」

「問題ありませんよ、ロウ君。ミフル?」


「逃げ込んだ先は宮殿だね。神や守護天使もいる国の中枢へ潜り込んでいたとは、なんとも大胆な真似をする」

「守護天使というと……帝都ベルサレスですか。かの国を護る死神や聖獣の目を掻い潜るというのも、(にわ)かには信じられませんけれど」


「……。えっと、つまりあれですか。あの虫が逃げるのは想定通りだったと?」

「そういうことだ──おっと、つけていた“眼”がもう潰されてしまったか。流石に早い」


 話を要約していると金髪少年の表情が曇る。何やら監視が途絶えてしまったようだ。


「しかし逃げた先が帝国というのも、また旬な……って、そんなことよりフォカロル治療しなくちゃ!」

「もうワタクシが済ませてありますから、ご安心を」


 焼き鳥となった妹の存在を思い出すも、人型となった彼女は美女に膝枕される形で眠っていた。


(バロールの方がずっと冷静なようですね。力は同等でも、こういった面ではやはり(へだ)たりが大きいようなのです)

「そっすね。まあ無事なら何でもいいよ──ん。集まってきたか」


 相棒へ雑な返信をしていると、広げていた魔力感知に反応あり。神か魔神かどちらが原因かは不明だが、衛兵が近づいてきているらしい。


「さっきの大魔法って誤魔化しようがない気がするんですけど、どうします?」


「フッ。ロウよ、小さな姿からは想像できぬやもしれんが、ここにいるのは人の世で広く信仰されている太陽神。この者が姿を見せ言葉を発したならば、人は地に平伏(ひれふ)し言に従う。そういう存在なのだ」

「そういやミトラス神って神様ですもんね。……不法侵入したり無銭飲食したりするけど」


 銀髪ナイスガイから言われて思い出すのは、この金髪ショタが積み上げた悪行の数々だ。


 知り合って間もないというのに、この太陽神が真っ当に行動しているところを見たことがない。


 前回の押し付け(しか)り、今回の大魔法然り。酷さでいえば、あの超絶腹黒美少女イルマタルに匹敵するかもしれない。つまりは横暴の化身である。


「フフ、そんなに見つめられると照れてしまうよ、魔神ロウ」


 そんなヤローを非難すべくジト目で射抜けば、イケメンショタスマイル(金髪)が返ってきた。


 いらねー! 誰得なんだよマジで。


「ミフル。ロウ君と遊んでいないで、しっかりお願いしますよ?」

「わかっているとも。ほんの(たわむ)れだよ」

「ほんとかよ……」


 阿呆なやり取りをしているうちに近づく足音。


 それを耳にしたからか、ミトラスは表情を切り替えると空間魔法を構築。貴族の子弟風だった衣装から、そこかしこに蛇や(さそり)など生物の刺繍(ししゅう)・宝石細工が(ほどこ)された儀礼的な衣服へと装いを新たにした。


 金髪と調和する赤い宝石が散りばめられた冠を戴くその姿は、何の知識を持たない幼子であっても(こうべ)を垂れてしまいそうなほどに美しい。神聖という概念がそのまま人の形を(かたど)ったかのようだ。


 中身は単なる横暴ショタだけども。


「こ、この神々しさは!?」

「輝く衣服。太陽神ミトラス様か?」

「ふつくしい……」

「今の今まで女神ミネルヴァ様派だったが……ミトラス様も悪くないな」


「……どんな認知されてんだよ、ミトラス神」


 上空へと避難した俺が突っ込む間にも増していく人垣の密度。あっという間に人垣完成だ。


 彼らを前にして神威振りまく太陽神は、動じる人々へ朗々(ろうろう)と語りかける。


「人の子らよ、我が子らよ。我こそは太陽神ミトラスなり。平伏(へいふく)せよ」


「「「ははぁー!」」」


「いきなり平伏せって、人の神としてどうなんですかね」

「うふふ。ロウ君はご存じないようですけれど、神など大なり小なり傲岸(ごうがん)ですから。ミフルが特別だということはありませんよ」

「マジっすか。なんだか見たくなかったなあ、これ」


 一緒に避難したバロール(いわ)く、尊大(そんだい)の極みといったあの態度は珍しいものではないのだという。


 なんだか神ってより偉ぶる王侯貴族に見えて、ちょいとばかり残念だ。


矮小(わいしょう)なる人如き、下に見て何の問題があろう? 我にしてみればロウの考えこそ理解に苦しむ」

「こやつは人に育てられ奴らの内で生活してきた特異なる魔神だ。故に魔神としての自覚が足らんのだろう」

「ん~。竜の君らは言わずもがな、か」


 ドレイクたちは当然のように不遜である。


 まともなのは俺だけか!?


「ぅ……ん?」


 狂った世界を嘆いていると、治療後バロールに膝枕されていたフォカロルが目を覚ました。


「起きたかフォカロル。大丈夫か?」

「ぅ。お兄ちゃん……? っ!?」


 焦点の定まらない様子の妹を覗き込むも、膝枕中という状況を理解した彼女は跳ね起きるようにその場を離脱。俺の隣へ回り込んで魔眼の魔神から距離をとる。


「なんの、真似だ!」


「あらあら。それほど素早く動けるのなら、ワタクシの治療は十分だったようですね」

「フォカロル、バロール様は丸焦げになったお前を治療してくださったんだよ。シュガールさんやミトラス神の攻撃でボロッボロになったろ?」

「……確かに、治ってるけど。でも、バロールだって私を殺そうとしたよ!」

降魔(ごうま)状態でもない貴女があれくらいで死ぬわけがないでしょう。殺意などありませんよ」

「ぐぅ」


 (いきどお)る少女へ平然と言い放つ美女だが……あんた、一度灰になれ言うてませんでしたかね?


(私も殺意があったようにしか思えないのですが、フォカロルは丸め込まれてしまったようなのです。やはりチョロいようですね)


 俺と黒刀が疑問に思うも、バロールの言葉を受け入れてしまうフォカロル。チョロいというか素直というか。


「それよりも、実際にワタクシの炎を浴びて、何か思うところがあったのではないですか?」

「……ぅぅ」


「ん? どういうことですか?」

「ロウ君は知らないかもしれませんが、この子は昔、自分と父親を魔神に襲われています。その相手が火の大魔法の使い手だったらしく、ワタクシが疑われていたのですよ」

「そういう話でしたね。でも、さっきの大魔法もやっぱり物凄い火力で、魔神を滅ぼしうるものでしたよね? 話の流れが見えないというか、バロール様の嫌疑(けんぎ)って晴れていないように思えるんですけど……」


 何故フォカロルの気勢が(くじ)かれているのか理解できずにいると、横から答えがもたらされる。同じく上空へ避難しつつも、バロールから距離をとっていたシュガールだ。


「簡単な話だ。権能を乗せた魔法というものはその特性が滲み出る。直接灼かれたならば性質の違いを如実に感じ取れよう」

「そういうことです。ワタクシはあらぬ疑いを解消できて、フォカロルは“虫”の支配から解放される。あれは両得な一手だったのですよ」

「ぐぐぐ……」


 暴論にも思える論理が当たっていたのか、可憐な顔を(ゆが)ませて悔しがる褐色少女。


 俺の体験でいえば、竜の爆熱拳と魔神の灼熱拳の違いのようなものだろうか? どちらも消し炭になるって感想しか抱けなかったが。


「フォカロルも起きたことですから、取りついていたあの虫について話すとしましょうか」

「我も知らぬ臙脂色(えんじいろ)の魔力を持つ存在。魔神の眷属(けんぞく)であろうとは予想がつくが」


 思考に沈んでいる間に話が進む。魔神たる妹に虫を埋め込む危険な存在だし、聞き逃さないようにしなければ。


「あ。ミトラス神は地上にいるまんまですけど、話進めていいんですかね?」

「問題ありませんよ。あれは今この時も『眼』でこちらを監視していますからね」

「……」


 そういうことらしい。覗き魔の正体見たり、太陽神ってか。


 神の無遠慮さに呆れながらも、俺はバロールの話に集中するのだった。

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