7-8 混沌の魔竜会談
雨天ではあったものの問題なく進んだ馬車は、予定通り日没を迎える時間でジラール公爵家別邸へ到着。馬車から降りたロウたちは石畳を踏み、周囲を見回していく。
「……懐かしいな。三か月も経ってないから当たり前だけど、全く変わらん」
公爵の別邸を前にして、ロウはほんのりと回顧する。
ロウと中島太郎の意識が融合することとなった、公爵令嬢エスリウの誘拐。今の少年にとっては始まりの場所といっても過言ではない。
(もしここでエスリウの誘拐が衛兵にバレなかったのなら、盗賊団の皆も死なずに今も盗賊をやってたんだろうか? ……いや、襲撃者にマルトがいたのなら、昔の俺じゃ勝てないだろうし、仲良く死んでたか)
(何を懐かしんでいるかと思えば、ロウはここに侵入したことがあるんだったか。顔見られて大丈夫なのか?)
(ギクゥッ! 大丈夫じゃないかも……? いやでも、あの侵入も織り込み済みだったみたいだし、問題ない、のか?)
銀刀の言葉でドキリとしたロウは、雨の中警備を行う衛兵たちの顔を窺う。
少年の顔を覚えていないのか、それとも当時警備にあたっていた兵ではないのか、そもそも咎める気がないのか。いずれかは不明であったが、どの顔も少年に対し敬意は払えど警戒の色は見せなかった。
「む? ロウ、この屋敷に侵入したことがあったのか?」
「自分が魔神だってことを知らなかった時にな。頼むから人前で言わないでくれよ」
「ロウは妙な過去ばかり持っているな。屋敷の侵入しかり、ドレイクに大魔法を放たれたことしかり」
「侵入の方は言い訳しようがないけど、ドレイクの大魔法はこいつの癇癪みたいなもんだし。というかお前、なんであんなとんでも大魔法ぶちまけたんだよ」
老執事ルフタに案内されて屋敷の廊下を歩き回る途中、ロウは話を逸らすついでに枯色竜へ問いかけた。
「ふむ。我は同族や神たちとは幾らか交流してきたが、魔神とは無縁の生を送ってきた。あの時は遠方にいた兄妹分ラハブに会いに行き、その帰路で人族国家を冷かすかと思い立ち寄ったが……道中で見ず知らずの魔神と鉢合わせたとなれば、力を試したくもなるものだろう?」
「ならねーよ。魔神への怨みとか同胞の仇とかそういう理由かと思ったら、興味本位かよ。滅茶苦茶すぎるわお前」
「ドレイクは阿呆であるからな。こやつは竜属の中でもなかんずく気ままなのだ」
「ヌウ。過ぎたことだ、そう蒸し返さずとも良かろう──む」
外周三十キロメートルにもなる溶岩湖を形成せしめた「炎獄」が、単なる好奇心の果ての行動だったと知り、ロウが驚愕したところで──竜たちのガーネットの瞳が鋭くなる。
「ご足労いただきありがとうございます。こちらで主がお待ちですので、どうぞお入りください」
魔神バロールの待つ応接間への到着。竜たちの警戒は彼女の茜色の魔力を近くに感じたが故であった。
「頼むから暴れないでくれよ? 最近人族の間で竜を信仰する集団が幅利かせてるし、ここで君らがドーンとやっちゃったらその動きが加速しそうだ」
「竜への信仰か。矮小なる人族とはいえ悪い気はせぬ。が、貴金属や宝石のような財宝という形で信仰を示してもらいたいものだ」
「物まで求めんのかよ。流石竜属だわ」
(……ロウもかつて、エスリウに形ある謝罪を求めていた気がするのですが)
「あの時はまあ殺し合いの果てだし……。とにかく入るか」
過去の行いを黒刀から掘り返されたロウは誤魔化すついでに扉を押し開ける。
少年の視界に広がったのは、落ち着いた雰囲気の応接間。
別邸というだけあって部屋の間取りもそう広くなく、煌びやかなシャンデリアや贅を凝らした調度品もないその部屋は、しかしどこか洗練された美しさが薫る空間である。
「ようこそおいで下さいました、ロウ君。どうぞお掛けください。……魔神同士の会談に、またも青玉竜を連れてくるとは思いもよりませんでしたけれど」
落ち着いた空間の主、魔眼の魔神バロールはロウを見ると歓迎の意を示す。が、彼の後ろに続く面々を見ると嘆息してしまった。
「お招きいただきありがとうございます、バロール様。前もって伝えずに連れてきてすみませんでした。とはいえ竜たちに聞かれて不味い話をするわけでもありませんし、問題も無いと言えば無いですよね」
しかし魔神として覚醒して以降日に日に面の皮が厚くなっているロウは、上位魔神の嘆息などものともせずに自身の行いを正当化しにかかる。
「それをロウ君が言いますか。貴方も以前より図太さに磨きがかかりましたね」
「やい、バロール。妾たちは客なるぞ。早う茶を用意せい」
「秘されてはいるが凄まじい濃さの魔力。流石は上位魔神と言ったところか」
「ふむ。前の客間より手狭であるが、中々に趣味の良い部屋だ。我は気に入ったぞ」
「はいはーい。君たちもまずは座りましょうねー。バロール様、失礼します」
「ワタクシの魔力が見破られたということは、そちらの青年も竜ですか。……いよいよもって手が付けられなくなってきましたね、全く」
思い思いに行動する少年の同行者たちが席に着いたところで、急拡大する少年の勢力に頭を痛めたバロールは小さく呻くのだった。
◇◆◇◆
「──お待たせいたしました。オーレアン産の茶葉使用いたしました紅茶と、ここリマージュで流行中の焼き菓子をご用意いたしました」
それからほどなくして、老執事ルフタがお茶請けを持って現れる。馬車で供されたものとは異なる品々に、一同は遠慮の様子を欠片も見せずに手を伸ばしていく。
「おぉ~。紅茶もお菓子も、とっても良い香りですね。いただきます……フィナンシェか? これ。アーモンドの香りは、久しぶりだ」
(むぅ。こういうことなら私も人化しておけば……)(俺たちの正体が知られかねないし、お茶菓子は諦めるしかないな)
「ほう! これは良い。なんの香りかは分からぬが、茶と良く合うではないか」
「ふむ。悪くはないが、ちいと量が少ないな。バロールの眷属よ、追加を持ってくるがいい」
「ふんっ。貴様にしては悪くないもてなしではないか、バロール」
「うふふふ。ありがとうございます、ウィルム。貴女からワタクシを誉める言葉が出るなんて思ってもいませんでしたけれど、いざ言われてみると嬉しいものですね」
参加している面々は半ば少年の従者と化している魔神のセルケトに、魔神の天敵たる竜のウィルム、そしてドレイク。いずれもが一柱で国をも滅ぼす力ある存在である。
しかし彼らと対面する上位魔神バロールは、そういった存在と幾度となく戦い打ち勝ってきた歴戦の強者。故に彼女は少年の創りだした状況に動じることなく、平常心で話を進める。
「一息ついたことですし、始めましょうか。初めて見るお顔もあることですから、軽い紹介から入りましょう。ワタクシはバロール。『不滅の巨神』、『遍く焼き尽くす悪鬼』などという悪名が轟く上位魔神です」
「自分で悪名って言っちゃうんすね……次は俺がしますか。魔神のロウです。最近魔神として覚醒しちゃって、古き竜とも殴り合えるようになりました」
「殴り合いとはいってもロウは劣勢であったがな。さて、我はセルケトだ。人造魔物として生まれ落ち、この者の魔力を取り込んだことで魔神へ至った存在である」
「っ!?」
魔神二柱の紹介にセルケトが続くと、彼女を単なるロウの側近と考えていたバロールは寝耳に水とばかりの反応をする。
「……魔神、ですか。それも人造魔物が至った存在とは。いえ、確かにそれを目的として創りだされた魔物ですけれど」
「ふむ? やはり魔神へ至る魔物というのは珍しいものなのか?」
「はい。魔神も神や竜同様に、莫大なる力より生じるのが通常の在り方です。星の地脈よりいずるか、知性ある生き物たちの信仰の果てに生まれるか、あるいは万物の呪いが象るか。力を持った個が至るというのは極めて例外的なことなのです」
「ふむ……」「ほぇー」
人智を超えた膨大な力から生まれいずるのが上位者たる神や魔神である。
それは数十万数百万もの人々の祈りや呪いでもあるし、神や魔神が魂を込めて創り出す我が子でもある。いずれにしても、一個体の成長の果てという例は皆無なのだ。
そんなバロールの見解を聞き魔神二柱が感心していると、枯色の優男ことドレイクが当時の状況を踏まえた意見を口にした。
「セルケトが魔神へ至ったのはロウの魔力により魔石が修復・変質したからであるし、独力で至ったというのも違うのであろう」
「こやつと権能を同じくしておるし、あるいは眷属に近いような関係なのやもしれん。さておき、名乗りだ。妾は青玉竜である。ここにいる者どもにそれ以上の言葉は不要であろう」
「短ッ!?」「それだけで通じてしまいますからね」「ウィルムにとっては見知った顔ばかりであるしなあ」
ドレイクの言葉を継ぎつつも本来の流れに戻したウィルムは、ごく短い言葉で自己紹介を終える。
「となれば、我も一言で足りるか。枯色竜ドレイクである」
「お前はもっと言うことあるだろ。ボルドーの街道沿いで溶岩ぶち撒けたとか、その後始末をしたとかさ」
「ぬう、いつまでも過去の小事をあげつらう奴よ。昔のことなど忘れてしまえ」
「過去の小事て、つい最近な上に滅茶苦茶な規模じゃねーか」
「『枯色竜の災禍』ですか。あの一件で、ワタクシの夫は頭痛で卒倒してしまうほどの悩みを抱えていましたけれど。当の本人がこの責任感の無さであると、竜とはいえ縊りたくなってきますね」
枯色竜の紹介の流れで「炎獄」の一件に話が及ぶと、象牙色の美女は額に手を当てながら溜息をつく。
交易都市リマージュにとって、工業都市ボルドーとの街道は首都と結ぶ東の街道同様に、物流の要であり大動脈に等しい。
軍事に産業にと多様な需要のある精錬済み金属に、ボルドーの職人たちが作り上げる高品質な農具や武具、工芸品。ボルドーから運ばれてくるこれらの品々は、リマージュの貴重な彩だ。これらが欠けることは都市の魅力が褪せてしまうことにも繋がるのだ。
それだけに、リマージュ周辺の領主ジラール公爵が「炎獄」で被った心労というものは凄まじい。
三日三晩睡眠をとらずに主要の街道から外れた迂回路を考えだした後も、彼は二時間ほどしか寝ない日々が続いたくらいである。
さりながら、ジラール公爵の苦悩など知らぬ存ぜぬどこ吹く風というのが枯色竜である。
気ままの化身、無責任の権化たる彼の態度には、ここ百年で丸くなったと言われるバロールであっても腹が立ったようだ。
「フッ、我を縊ろうとは随分と大きな言葉だな? バロールよ。この都市共々溶岩に沈もうと言うのなら止めはせぬ。どこからでもかかってくるが良い」
「はははっ。良いぞドレイク、やってやれ!」
「煽ってんじゃねえよ。なあドレイク、お前が適当に放った大魔法でここに住んでる人たちや領主様に物凄い迷惑をかけたんだし、そこはきっちり謝っとけよな。誠意を込めろとまでは言わないからさ」
(形だけ謝罪しろっていうのも、どうなんだ?)
(ドレイクの性格を考慮すると仕方がないことなのかもしれませんが……)
曲刀たちに疑問を呈されつつも、ロウはドレイクに対し道理を説き謝罪を促す。
少年の言葉に理を感じたのか、はたまた静かに固められた少年の握り拳に恐怖したのか。青年は不承不承ではあったが謝罪の言葉を捻りだした。
「ぬう……人族どもの営みなど知ったことではないが、我が『炎獄』は確かに規模が大きすぎやもしれん。バロールよ、貴様の伴侶が損害を被ったというのなら、すまなかったと言っておこう」
「あらあらまあまあ。まだるっこしい言い回しながらも、竜から謝罪の言葉が聞けようとは。ワタクシの長い生の中でも初めてのことですよ」
「貴様は竜へ争いを吹っ掛けてばかりであるし、そのような機会が無くて当然だろうが。しかし安心するがいい。このようなことは二度と起こらぬのだからな!」
「ロウよ、イルマタルのような第三者がいなければ、こやつらは煽り合ってばかりで話が一向に進まんぞ。どうするのだ?」
「なんかもう勝手に煽り合っててくれって気分になってきたわ」
蛇蝎の如く忌み嫌っていがみ合う三者に、我関せずと他人事のセルケト、収拾不能だと匙を投げるロウ。
混沌とした会談は、まだまだ続く。





