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異世界を中国拳法でぶん殴る!  作者: 犬童 貞之助
第六章 大陸震撼
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6-23 虚無の魔神と異形の魔神

【ぐ、お゛……】


〈──ッ! セルケト、畳み掛けるぞ!〉

〈ふっ、言われるまでもない!〉


 空を駆ける竜胆色(りんどういろ)の長髪に思考を奪われかけたロウだったが、動揺を排除して即刻復帰。


 魔法で瞬時に転移して──体勢を崩したレヴィアタンに、己が全力を叩きつける!


(ふん)ッ!〉


 大地を吹き飛ばす震脚、その反力に発勁(はっけい)も加えた触腕による両腕掌打。両の腕を()()ように打ち出すのは、陳式(ちんしき)太極拳(たいきょくけん)小架式(しょうかしき)抱頭推山(ほうとうすいざん)である。


 八極拳(はっきょくけん)の両腕掌打・虎撲(こぼく)にも似るこの打撃は、掌打を打ち込む際に腕部を内側から外側へ回転──順纏(じゅんてん)させ、足裏から伝わる勁力を余すことなく使い切る。


 腕の捻じれのみならず、呼気の力や震脚の反力をも打撃とする。

 全ての身体操作が連綿(れんめん)と続く、太極拳ならではの一撃であった。


【ご、あ゛っ……】


 山をも()し崩す極限の打撃を見舞われた海魔竜は、その巨体を震わせて硬直。


 そこへ異形の魔神が更なる追撃。


〈散々やってくれた借り──返すぞ! 海魔竜っ!〉


 赤紫色の魔力に漆黒の権能を纏わせて──魔神が方天戟(ほうてんげき)を振り下ろす!


【ぐぅ……】


 穂先(ほさき)と三日月刃から滲み出た漆黒は巨刃となって海魔竜めがけて飛翔し、斬線一過。


 穴だらけの大地に深き谷間を創出しつつ、濃い藍色(あいいろ)の巨竜を吹き飛ばし──。


〈トドメ、行くぞッ!〉〈おうとも!〉


 ──天と地より締めの追撃!


空即(くうそく)ッ!〉〈是色(ぜーしき)っ!〉


 場所は(ちが)えどよく似た構造の口部に魔力を凝縮させて、魔神たちは魔力を同時に解放。


 虹なる魔力を相殺する極限の奔流でもって、最強の竜の一柱を押し流す!


【──っ!?】


 視界全てが塗りつぶされる漆黒の閃光が貫いた後、火山平原に遅れてやってきた衝撃波の轟音が残響する。


(……凄まじい、ですね)

(でたらめな破壊力だ。前の時より、更に威力が増幅しているか?)


 魔神の大魔法を見慣れた曲刀たちも、二柱の魔神が創り上げた破壊痕には心胆(しんたん)を奪われた。


 大陸中央部から南部境界にかけて貫いた漆黒の閃光は、一切合切を呑み込み虚空へ消えゆく。通過箇所は巨大なへらで(すく)い取られたかのように(えぐ)られ、それが彼方にまで伸びていた。


 その深さは一般的な山と同程度の高さと同程度。幅は規模の大きい都市でもすっぽり入ってしまうほどだ。


 ロウたちがレヴィアタンを標的としていたためこの程度で済んだものの、角度を下げた状態で放っていれば、大陸南部に住んでいる少数民族や動植物などを消し飛ばしていたことだろう。


 そんな危険性に考えが及んだロウは自らの行いに身を震わせつつ、宙に浮かぶ岩場で(たたず)んでいたセルケトの下へ転移する。


〈同時に同質の魔力を放ったからか、共鳴してとんでもない破壊力になったっぽいな。というか……完全に俺の“虚無”を使いこなしてるじゃん、お前〉


〈ふふふん。ロウの魔力と共に、お前の権能も我が身へ移ったようだからな。その影響か、我の肉体や槍の形も変容してしまったが……〉


 円錐状(えんすいじょう)の大槍から三日月刃の付いた方天戟(ほうてんげき)へと変容した得物を、強度やしなりを確かめるようにして振り回すセルケト。


 そんな彼女に、ロウは短く感謝を伝えつつ状態の確認を行う。


〈まあ、おかげで助かったよ。ありがとう。体の方は大丈夫か? さっきの動きを見る限り、問題は無さそうだけど〉


〈お前に潰された箇所は少々違和感が残るが、それくらいだ。……先の暴走では迷惑をかけたが、この助太刀で借りは無しだぞ、ロウ〉

〈んなこと気にするなんて律儀な奴だな。俺の魔力が暴走の原因っぽかったし、貸し借りなんて考えても無かったけど──!〉


 山羊(やぎ)頭の魔神が顎下(あごした)から生える(ひげ)を撫でつけたところで──大陸全土を揺らす激震発生。


 海魔竜の拳が大地を叩き、魔神たちの弛緩(しかん)した空気が霧散した。


【キ、サ、マ、ラァッ!】


 谷間より這いあがり竜拳一発で盆地を創り上げた巨竜は既に“覇竜”状態が解け、血と泥に(まみ)れる満身創痍(まんしんそうい)


 さりとて、彼女が撒き散らす覇気は未だ衰えず。その身から溢れだす金の魔力は風雨や稲妻へと姿を変え、(くぼ)んだ盆地に再び湖を創出しつつあった。


〈あいつマジかよ。まだまだ元気じゃん〉


〈胴を穿(うが)ったうえで真っ二つに斬って捨て、更には虚無の閃光を見舞ったというのに……全く道理に合わぬ存在よな。いっそ、逃げるか?〉

〈いやー、アレを見てそれを言うかね。地の果てまで追ってきそうな眼ェしてるぞ〉


【グルゥァアアアッ!】


 ロウの指摘した通り、海魔竜のガーネットの如き瞳は怒りで(たぎ)り、理性の色は僅かばかりも(うかが)えない状態にある。


〈かといって、どうするのだ? 我は今の息吹で魔力が大きく減っているし、お前とて似たようなものだろう。打つ手がないではないか〉

〈俺たちはそうだな。だから、こういう時は人を頼るんだよ〉


 言うが早いか、ロウは空間魔法を構築して観戦を決め込んでいる竜たちの下へ転移した。


【【【──!?】】】


〈どうもどうも、皆さんこんにちは。レヴィアタンさんの本気状態も解除されましたし、そろそろ相手のお引き受け願ってもいいですかね?〉


 いきなり顕れたロウに動じる若き竜たちを尻目に、彼は空中に障壁を張ってその場に土下座で頼み込む。


 自分の手に余ると感じればすぐさま他人へと放り投げる。

 中島太郎(なかじまたろう)流処世術之四、他力本願(たりきほんがん)であった。


【クッ、ハハハ。あの尋常ならざる大魔法、流石の汝も消耗したか? 確かにこれより先を続けてもこの地が荒れるばかりであろうし、ここらが潮合いであろうな】


「ふぅむ。シュガールはちいとロウに甘すぎるきらいがあるが……これ以上は、いずれかが死ぬまで続くやもしれん。確かにここいらが止め時よな」

【むうっ。シュガール、ティアマト! おんしら、レヴィアタンがいーようにされとうゆうんに、こん魔神を見逃すんか!?】


 ロウの請願(せいがん)を聞き入れようとする古き竜たちに対し、己の師である海魔竜を目の前で痛めつけられた若き竜──紅海竜(こうかいりゅう)ラハブは、金の魔力を吹き散らして異を唱えた。


 そんなラハブへ、炎髪の美女を鼻先に乗せて沈黙していた古き竜──深淵竜エレボスが、道理を説くように話しかける。


【我らに比する力を持つ魔神と見れば、危険ではあるが……。ラハブよ、この魔神は汝の同輩たるウィルムと行動を共にし、害されたと見れば我が事のように怒りを発する気質を持つ。竜と魔神、宿怨(しゅくえん)積る間柄なれど、この者たちに関しては友といっても良いだろう。であるならば、世に放とうが竜に仇成(あだな)す様なことはあるまいて。今回のように己の身が危険に曝されるか、ヴリトラのような阿呆をせん限りはな】


【むぐぅ……】


 最古の竜に説き伏せられた若き竜は押し黙り、不満を示すかのように空中でとぐろを巻いた。


【そういうことだ。こやつは妾が(しか)手綱(たづな)を握る故、ぬしが心を砕くことはない】


【むぅ。とはいえ、ウィルムだけでは(いささ)か不安であるぞ。ここは直接拳を交えた経験もある、我も同行しておくのが確実であろう】


 嬉々として宣言する兄弟分を見て、今度は対抗心を燃やしたらしいドレイクが口を挟む。


 彼の言葉を聞いてげんなりとするロウだったが、未だ遠距離にいる海魔竜の猛攻に曝されているため、そちらに思考を割く余裕がなかった。


〈まあそれは置いとくとして。とにかくレヴィアタンさんの相手、頼みますよ本当。さっきから俺やセルケトに、魔法ばんばん飛んできてるんで〉


「仕方のない奴だのう。では、行くか」

【ティアマト、加減は……いや、レヴィアタンであればいらぬ配慮か】


 虚無を帯びた空間魔法で海魔竜の怒りをやり過ごしていたロウが頼み込むと、エレボスの鼻先からティアマトが飛び立って──宙を蹴って神速降下!


「さて。なにやら神どもも盗み見ておるようであるし……ちいと派手に行くぞ、レヴィアタン──『大地裂開(だいちれっかい)』っ!」


【──っ!?】


 虹なる魔力を纏った美女が地へ降り立つと、火山平原を亀裂が貫き大地が割れる。


 否。割れるのみならず、深く沈みこんだティアマトを中心にして、割れた地殻が反動でせり上がる。


 1,000メートルほど上空にいたロウたちをも呑み込む勢いで(めく)り上がる大地は、さながら食虫植物が葉で獲物を挟むが如き。大地(つかさど)る大地竜、その権能の発露(はつろ)である。


〈うおおぉぉいッ!? ちょ、俺たちごと殺す気かよ──!?〉


 天を(つか)むような岩盤の出現に(おのの)いたロウは、空間魔法で退避しようとしたが──それを制すように虹の魔力が周囲を満たし、岩盤を爆砕する。


【全く。ティアマトは相も変わらず、やることなすことが大雑把(おおざっぱ)であるな】


 魔力の解放のみで降りかかる火の粉を払ったのは、大地竜の同格たる深淵竜。


 山脈と同等の質量を持つ岩盤であっても、この竜が前では障害とならなかったのだ。


〈うひー。助かりました、エレボスさん。今のって権能ですか?〉


【なに、我が魔力を解放しただけであるし、礼には及ばぬよ】

〈マジっすか。権能ですらなかったのか、今の……〉


 深淵竜の理外の魔力を前にロウが状況を忘れている一方、災禍の中心地にある海魔竜はといえば。


【ぐ、ぅ、ぅ……】


「常であればこの程度、拳一発で吹き飛ばすというのにのう。随分と消耗したものよな、レヴィアタンよ」


 圧殺するかのように配された岩盤、その至る所から芽吹いた魔樹によって己が巨体の全てを拘束され、身動きの取れない状況にあった。


 大地竜ティアマトの大魔法「大地裂開」は、星を覆っている岩盤──プレートに作用する魔法である。


 星の内部という地上とは比べ物にならない熱、圧力で鍛えられている岩盤層は、凄まじい強度を持っている。この岩盤層を(ほしいまま)に操るのが大地竜の権能“大地”であり、「大地裂開」の本領である。


【むぐぅ……】


「操る対象を表層だけに留めておいたのは正解であったか。柔かな地殻ではなく硬質な岩盤であれば、過剰となっていたやもしれん」


 もっとも、魔樹を動かし海魔竜の拘束を進めている彼女の呟き通り、今回は硬質な岩盤層ではなく地殻──いわゆる地表に、操作範囲を留めていた。


 標高の高い大陸中央部は、それを支えるに値する高密度で分厚い地殻を有している。が、それでもプレートの岩盤層には及ばない硬度・密度である。


 もし彼女が最大限に権能を操っていれば、海魔竜といえど無事では済まなかったことだろう。現状ですら、無事とは言い難い状態にあるが。


「──ふぅむ、こんなところか。レヴィアタンよ、今はそこで傷を癒すが良い」


 流石の大地竜も弱った状態の海魔竜を締め上げることには罪悪感があったのか、彼女は魔樹による拘束を完了させた後に回復魔法を構築。同胞に応急処置を(ほどこ)していく。


【ぐぅ……。おのれ、いたらん真似をしよってからに……】


「ふっ。その様で何を言うか。あのまま続けておれば、おぬしはヴリトラのことを笑えん事態となっていたであろうよ。(もっと)も、現状でもあやつを(あざけ)るなど出来まいがな」

【ぐぐぐ……。もう知らん。あては寝る】


 自身のかつての言動を引き合いに出された海魔竜は押し黙り、不貞腐(ふてくさ)れたように眠ってしまった。


「左様か。しかし……神どもが見ていたとなると、ことの説明が面倒だのう。ここが竜の住まう地である以上、ロウへの対応を誤れば竜の沽券(こけん)に関わる。さて、如何にするか」


 寝入ったレヴィアタンからことの後始末について思考を切り替えたティアマトは、地殻を蹴り破って地上へ戻り、ロウたちの下へ向かうのだった。

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