4-12 竜と魔神の買い物計画
ヘレネス生活四日目、またまた未明。
日課をこなすついでに我が眷属たちへプレゼントを渡すかと、昨日購入した服やアクセサリーを片手に異空間に向かう。
曲刀たちに門の監視と室内の警備を頼んで、オープンセサミ~と脳内で唱えつつ開門。ウィルムが来て以降、常時氷点下となった白銀世界へ足を踏み入れる。
ぐるりと辺りを見回せば、シアンたちの住居前で訓練中と思わしきカラフルな影を発見。
一時はどうなることかと思ったが、ウィルムもこの異空間に馴染んだようだ。
「おーい。お父さん帰ったぞー」
十歳の子供が自分より大きい子供たちに出迎えられるの図。
[──! ──♪][──、──][──……?]
声を掛けると矢のように飛んできたシアンたちに、靴や衣類、青い宝石があしらわれたブレスレット、明るい茶色のスカーフ、紫外線をカットできそうな厳ついサングラス(っぽいもの)を渡していく。
反応は上々、喜んでくれたようだ。
「ほう? 眷属たちへの贈り物か。貴様にも意外と気の利く面もあるのだな。……してまたロウよ、妾への品はどこだ?」
「は? ないぞそんなもん。シアンたちは日頃の労いがあるけど、お前は無関係というか、ごく潰しじゃん」
「なっ!? 何を言うか貴様ぁっ!」
ごく潰しというワードが癇に障ったのか、サファイアブルーの長髪を逆立たせ、金の奔流を解き放つウィルム氏。
ちょっとちょっと、寒いんですけどー?
「この妾を、言うに事を欠いて『青玉竜』をごく潰しだと? 貴様、余程死にたいらしいな!」
「そうかっかすんなって。実際、お前はシュガールさんにバレるのが嫌だからここに居るわけだし」
「ぬぐっ……それはそれだ! 大体、貴様というやつは、竜に対する敬いが足りん!」
「そんなこと言われましても。食っちゃ寝してるところか、暴れまわってるところしか見てないし。そもそも、お前の好みも分からん。仮に贈り物がもらえるとしたら、どんなものが欲しいんだ?」
「聞くも愚かだな。妾の格好を見ればわかるだろう?」
冷気を振り撒き、俺の拳より少し大きい胸を反らすウィルム。
彼女が巻く布の衣服は薄いため、身体を張ると艶めかしい肢体が際立つ。その上巻き方もやや緩いため、どうにかすると、どうにかなりそうだ。
「けしからん体つきってこと以外分からんぞ」
[[[……]]]
正直に白旗を上げると、成り行きを見守っていたシアンたちから白い目で見られてしまった。
「戯けめ。腕輪や冠を見れば易かろうが」
「ああ、金細工か」
言われて布を留める箇所へと目を向ければ、精緻な装飾がなされた金細工が目にとまる。
竜が財宝を集める性質があるというのは神話に付き物だが、彼女もその例に漏れないらしい。もしくは、単純に彼女も女性であるがゆえに、飾り立てることが好きなのか。
「そういうのなら幾つか店があったし、探してみるか。お前も出てくるなら選びやすいんだけどな」
「……ふむ」
何気なく零すと、ウィルムは思案顔になる。
まさか出る気になったのかと聞いてみるも、濁ったような答えしか返ってこない。
俺は首を捻りつつも聞きだすことを諦め、いつもの様に鍛錬を始めることにした。
◇◆◇◆
三時間ほど経ち、套路に組手にと鍛錬が終わる。
ウィルムは俺やシアンから指導を受けつつ、真似事をしていた。
よくも飽きずに真似できたなと感心しながら異空間の門を開くと、彼女も口を開く。
「ロウよ。妾も外へ出るぞ」
「お。ようやく出る気になったのか。ここも寂しくなるな」
まだ数日しか経っていないのに、この高飛車女も随分馴染んだなあ、などと思っていると。
「ん? 何を言っている? 外へ出るとは言ったが、ここを出るとは言っていないぞ」
「つまり、どういうことだってばよ」
「分からん奴だな。貴様の品選びに同行してやろうと言っているのだ。感謝するがいい」
「うーん? ……お前って他の竜に知られたくないから、出たくないんじゃなかったっけ?」
「はんっ。人型となって魔力を秘しておけば、そうそう露見するものではない。まあ、直接『視』られれば看破されるだろうがな」
何だか地球時代の政治家や官僚のように、言っていることが二転三転するウィルム氏。
大丈夫かこいつ。
「バレづらいってのは分かったけども。それなら部屋を借りるなり宿をとるなりして、お前個人で行動出来るんじゃないか?」
「痴れ者め。妾が人の銭を持っていると思うか?」
「……」
無一文のくせにふんぞり返る青玉竜殿。とんでもない奴ですよこの青トカゲ!
「あ。でも、お前って貴金属結構身に着けてるじゃん。なんぼか売り払えば──」
「──うつけめが。何故妾の品を人の世に流さねばならんのだ!」
装飾品の売却を提案するも、霜を撒き散らしながら逆切れされてしまった。こいつ真面目に生きていく気ねえな。
(おーい、ロウ? もう日が出てから大分経つぞ?)
「と、もうそんな時間か。とりあえず出るか……街中で暴れたり竜になったりするなよ?」
「言われるまでもない。妾とて、ティアマトに感知されるのは御免だ」
自室で見張りをしていたサルガスから念話が入ったため、思考を打ち切って異空間を出る。
中島太郎流処世術之五・問題の先送り、棚上げである。
俺も魔神だし、竜が人の世にいてもそう問題はなかろう。多分。というか、知ったこっちゃない。
「ロウの眷属ども、随分ともの言いたげな様子で妾を見ていたが……何だったのだ?」
「あいつらは基本的に異空間で生活してるから、外に行くお前が羨ましかったんじゃないのか」
(ロウ、戻りまし……何故、ウィルムを連れているのですか?)
門を潜って自室に戻ると、早速ギルタブから詰問されてしまった。さもありなん。
「なんか外に出たいってごねられてな」
「妾とて隠れ忍ぶ身だ。騒ぎなど起こさんさ」
「そういうこと……って、ギルタブ、ウィルムにも念話を拡張してたのか」
(いえ、していませんが……)
「はん。魔力を使った会話など、あらゆる魔力の流れを看破する竜の前で、隠し通せるはずが無かろうが」
((……流石、竜属))「マジかー」
改めて竜の規格外さに驚きつつも浴室へ向かい、汗を洗い流していく。
魔法と備え付けられていた石鹸を存分に使い、三十分ほど身体をすすぎ尽くしたところで浴室を後にする、と──。
「ようやっと出たか」
──引き戸を開けると、サファイアブルーな全裸の美女がいた。
「ちょ、ウィルム!?」
その姿はあの羽衣にも見える布の衣服も一切ない、正真正銘の真っ裸である。
さりとて、緩やかな曲線を描く胸の先端や、吸い寄せられるような引力を持つ股の中心は見通せない。いつもは後ろへと流している長髪が前へと流れていて、見事に覆い隠されているのだ。
流石は竜、ガードは万全かッ!
「早く退くがよい。妾も身を清めたいからな」
「あ、はい。なんかすみません」
俺の裸体を一瞥した彼女は、霜を振り撒いて浴室へと消えていった。
そのひんやりとした冷気で、血が上っていたり下がっていたりした状態も解消された。
(ロウ? 変な気を起こしていないでしょうね? 相手は竜ですよ?)
不埒な考えを鎮火させられ冷静となり、妙な気恥しさを覚えながら着替えを済ませて自室に戻る。すると、黒刀から焦りを孕んだ念話が飛んできた。
「何もしてないし何も起きなかったぞ。男としてはどうかと思うけども」
(まあ、お前さんは子供も子供だしな)
サルガスはフォロー(?)するようなことを言ってくれたが、一瞬危なかったんだよなあ。
あんなスケベな身体見せられたら……と思ったけど、エスリウやセルケトと同じで、実体を考えたらそんなに欲情しないな。
今後はあの美女を見たときに青トカゲの顔を思い出そう──と考えていたところで、戸を叩く音が思考を遮る。
「おにーさん、起きてますか? 良ければ、一緒に朝ご飯をたべませんか?」
「アイラ? 鍵を開けるからちょっと待ってくれ」
そういえば朝食を食べてなかった。ウィルムと話していると、話があっちこっち行って本題を忘れてしまいがちだな……。
「おはよう、アイラ。その服は昨日買っていたやつ?」
「おはようございます! そうなんですよ、折角なので着ちゃいました。どうですか?」
すぐに戸を開ければ、そこに立っていたのは秋物コーデなアイラさん。
色付き始めたモミジのように赤く袖の長いブラウスに、淡い黄色のリネンスカートを合わせている。どちらも袖や丈が長く露出が控えめだが、彼女の愛らしさはかえって増しているようだ。
「とてもお似合いだと思いますよお嬢様。なんというか、垢抜けてるというか」
「ありがとうございますっ! えへへ、おにーさんに褒めてもらえると、凄く自信がつきます」
「それで朝食だけど、今日はちょっと用事があるから──」
「──出たぞ。さあロウよ、品を選びに行くぞ」
アイラに朝食を共にできないことを告げようとした矢先、水浴びを終えたらしいウィルムが部屋に戻ってきた。
服こそ着ているものの、彼女は身を清めた後でも絶世の美女である。そんな人物が浴室から出てきたことで、アイラは目を点にしてしまった。
「……えっ!? おにーさん、あの女の人、誰ですか!?」
「ああ、実はこの人も、セルケトと似たような感じの親戚で──」
「なに? 妾が貴様の親戚だと? 何をたわけたことを──」
ウィルムが言葉を継ぐ前に後ろ手に魔力を集束させ、手のひらサイズの「常闇」を生成する。
魔力を貪りつくす漆黒を見たらしいウィルムは、ぴたりと硬直した後にガクガクと首肯し、こちらの意に沿うような言葉を発してくれた。
「こやつが言うように妾はこれの親類であり、名をウィルムという。よきにはからえ」
(竜をごく自然に脅したな)(恐るべき魔神の所業なのです)
曲刀たちの驚愕したような念話など、この際無視である。
「ふわ~。セルケトさんもすっごく美人さんですけど、ウィルムさんもとっても綺麗……あれ? ウィルムって名前は、何か、どこかの伝説にあったような──」
「はい! じゃあ一緒に朝食に行こうか! ウィルムもくるか?」
「前に言っていた専門家の食事か? シアンらの振る舞う料理にも飽いてきたところだ、妾も行くとしよう」
ウィルムが名乗ったところでアイラの思考が危険な方向に転がり出し、これ以上話を続けるのは不味いとやや強引に話を流す。
俺は偽名を考えていなかったことを後悔しながら、彼女たちと共に食堂へと向かったのだった。
◇◆◇◆
「──全く、ロウの色好みにも困ったものよな」
「だから、そういうのじゃないって……」
食後。ウィルムを伴って宿泊手続きや支払いを済ませたが、カルラやセルケトから猛烈な質問責めにあってしまった。
親戚だと強弁することで何とか無事に切り抜け、辛うじて自室へ戻ることができたものの……精神的な疲労は濃い。こんな調子では先が思いやられてしまう。
「──あのパスタ、異空間で出されていたものより数段味が上だったな。あれを食えただけでも、外へ出た甲斐があったというものだ」
俺がセルケトへと事情を説明している間も、ウィルムはどこ吹く風とソファで横になり寛いでいる。
こっちはもうお前を異空間へ放り込みたい気分だよ。
「あれが絶大なる力を有する竜とは、俄かには信じられんが……」
「ウィルムは竜の中でも、かなり我が強い方みたいだからな。もう一柱のシュガールさんなんかは常識人……常識竜? だったんだけど」
「はんっ。シュガールこそ変わり者だぞ? 何故妾たち竜属が、下々のことで煩わしい思いをせねばならんのだ。世界に与える影響など、口煩く干渉してくる神どもが調整すればよいのだ」
シュガールの話題が出ると、ソファの背に顔を乗っけて文句を垂れる竜の一柱。
奔放不羈にして誰憚らず。竜の本性、その一端が垣間見れる言動だ。
「確かに、竜であるようだな。後始末を神へ投げてしまえなどと、竜属以外は到底言えん」
「まあ女神によると、結局尻を拭かされることもあるみたいだけどな」
「「女神?」」
「ああ、どっちにも言ってなかったっけ? なんか知恵の女神と会う機会があって、そこでドレイクが自分の放った大魔法の後始末をしてるって聞いてな」
俺の言葉を聞いた二人は、何とも言えない微妙な表情で反応を返してくる。
「竜に魔神ときて、今度は神か? ロウは本当に一体全体どうなっておるのだ」
「はははっ。あのドレイクが自身の後始末など、傑作だな! しかし、女神とも会っていたのか。貴様には奇縁があるようだな? そもそも、そこのセルケトとやらも相当変わり種であるしな」
「「変わり種?」」
「貴様も魔力の質を見る『魔眼』を具えているのだろう? ならばこやつの放つ、一種異様な色も見て取れるだろう」
そう言いながら、興味深そうにセルケトを眺めるウィルム。確かにセルケトの魔力は異常な濃さだし、魔力量も多いが……。
「竜から見ても、異質に見えるのか?」
「妾の知る限りでは、同質のものは数えるほどしか見ておらんな。いずれも、人が創り出した歪な存在だったがな」
「……ふむ」
何やら思うところがあるのか、セルケトは彼女の言葉に一つ頷き、考え込むように目を伏せる。
──歪な存在。
その言葉で俺が連想するのは、セルケトが異形だった頃の姿だ。
大型四足獣のような逞しい下半身、それに不釣り合いなほどやせこけた上半身。長く細い腕に、甲殻類のような脚。硬質な尻尾に悍ましい歯舌。
様々な生物を繋ぎ合わせた様な奇怪な外見は、まさに正しく歪だった。
女性の姿をとるようになってからは、部位同士が溶け合ったのか、その歪さも薄れていたが……。人の創り出した、とはどういうことだろうか?
「何やら考え込んでいるが、妾はそれらの存在について詳しくは知らんぞ? 人が神や竜を超えんとして創り出したモノだ、ということくらいだな」
「神や竜を超えんとした存在、か。確かに、セルケトはちょっとおかしいくらいに強いしなあ」
「……我は確かに、迷宮から生まれたはずなのだがな。とはいえ、生まれ落ちた時より、我は他とは異質なものだったように思う。人の作為も、無いとは言い切れんやもしれん」
こちらの疑問を見透かしたウィルムが言葉を続け、それを受けてセルケトも自身の見解を明かす。
強さもさることながら、セルケトの最も異質だった点は俺に敗れた後とった行動だろう。
彼女が言うには、俺に勝つために迷宮の力を吸い上げて自身を強化したようだが……。迷宮より生まれそこを守護する魔物が、その母体から力を吸い取るなど、主客転倒だ。
彼女が自身を強化して以降は、迷宮そのものから敵対されたというし、単純に迷宮で生まれた魔物というわけではないのかもしれない。
──とはいうものの。
「まあ、ウィルムが詳しく知らない以上考えても仕方がないし、置いておこうか」
「貴様はいつでもそうだな」「こういうところは実に魔神らしいものよ」
「はいはい。というわけでウィルムと買い物に行くけど、セルケトはどうする?」
「今日はアイラもカルラも大学の手続きとやらがあるらしく、我も手すきだ。部屋にいても詰まらんし、共に行こう」
「魔物と魔神を引き連れての人の世観光か。竜の生とは分からぬものだ」
「人外ばっかりだな。大丈夫かこの国」
既に突っ込みを放棄している曲刀たちを身に着けつつ、俺たちは商業区域の大通りへと向かったのだった。





