3-20 オレイユ散策
(随分長々と話していましたね? また鼻の下を伸ばしていたのですか?)
異空間で謝罪を受け入れた後。
部屋から出ていくマルトを見送って早々、ギルタブからのこの念話である。
「いきなり酷い奴だな。俺だって真面目な時は真面目なんだぞ? 少し時間が掛かったのは、寝てたウィルムを見てマルトがぶっ倒れちゃったからだよ」
(事前に竜がいると説明してなかったのか? お前さん、そういうところは全く気が利かないよな)
黒刀の言葉に反論するも、今度は同じく留守番をしていた銀刀から鋭く切り返されてしまう。
怪我人にそこまでの配慮を求めるなんて酷い連中だ。この人でなし!
こいつは曲刀だけども。
(ロウの場合は怪我があろうとなかろうと色々抜けていますからね)
俺の表層心理を読み取り、なおも追撃を仕掛けてくる曲刀たち。
「そういえば、オレイユに着いたら実家を見ていって欲しいってカルラからお願いされてたんだった。場所を聞いて観光ついでにふらついてこよう、そうしよう」
このままでは旗色が悪いと判断し、素早く転進!
君子危うきに近寄らず、都合の悪い話題になれば話を変える。世を恙なく渡る術とは、異世界であっても通じるものなのだ。
((話を逸らしたか……))
たとえそういう一切合切がバレていても、俺の行動を止められないのなら問題なしである。ガハハハ。
曲刀のじっとりとした思念をまるまる無視し、着替えと包帯の取り換えを済ませて部屋を出る。
一緒に旅をしてきた仲間たちの部屋は朝食時に聞いていたため、問題なくカルラの部屋の前へと到着した。
「カルラさん? いらっしゃいますかー?」
「!? ロウさんですかっ?」
ノックをして中へ呼びかけると、どたどたと複数人の足音が聞えてくる。
故郷に到着したのに何故こちらの宿にいるのだろうか? と考えること数分。控えめな調子で扉が開いた。
「お、お待たせしました。ロウさん、お元気そうで何よりです」
「突然来ちゃってすみません。明日この都市を出発するということで、その前に以前話で出ていた、カルラさんのご実家を見てみたいなと思いまして。今、大丈夫でしたか?」
「覚えていてくれたんですね! 実はヤームルさんたちと一緒にわたしのお店に行こうって話を、丁度していたんです」
「おはようございます、ロウさん。二人きりのデートとはいかず、残念でしたね?」
「おにーさん、おはようございますっ! すっごく心配してたんですよ!」
カルラの一緒に出掛けるという言葉が出ると同時に、扉の端から床と水平にニュッと顔を出す美少女たち。一体どういう体勢でそんな器用な真似をしているんだ?
「おはようございます皆さん。折角なので俺も集団に混ざっちゃっていいですか?」
「勿論です! それで、わたしたちだけで出歩くのはちょっと心配だったので、セルケトさんにも声を掛けようと思ってたんですけど……ロウさんにお任せしても大丈夫ですか?」
「あいつは街を出歩くのが好きな性分なので、声を掛ければ喜んでついてくると思いますよ。出発はいつ頃にしますか?」
「色々と準備もありますし、お昼ご飯を頂いた後にしましょうか」
とんとん拍子で話が纏まり、ヤームルが締めたところでその場は解散となった。
セルケトに話を伝えるべく、早速彼女の部屋へと向かう。
「おーいセルケト? 起きてるかー?」
「ロウか。動き回っているようだが、怪我の具合は良いのか?」
許可をとって扉を開けてみれば、自身の外殻を変形させて創り出した大槍の手入れを行うセルケトの姿。彼女と同じく濃紫の魔力を纏う赤黒い槍は、相も変わらずとんでもない長大さだ。
「おかげさまでな。ところで、滅茶苦茶硬いその槍でも手入れって必要なのか?」
「然り。放っておくと貫いた者たちの肉片がこびり付いてしまう故にな」
「なるほど。表面がつるつるじゃなくてザラザラだから、汚れがくっつきやすい的なアレか」
彼女の持つ布巾は既に黒ずみ大いに汚れている。ある程度自動で汚れが落ちる我が曲刀たちとは大きく異なるようだ。
(ふふふ。いつでも清くあるべしとは、何も人だけに限りませんからね)
「? 何の話だ?」
「こっちの話だから気にするな。っと、セルケト、昼ごはん頂いたらカルラさんの実家の方に挨拶に向かうんだけど、一緒に行くか? ヤームルたちも一緒にいるぞ」
「ふむ、挨拶がてら観光というところか。この街の風土というものも気になっておったし、我も出向くとしよう」
あっさりと本音部分を見透かされはしたが、同行の了承を無事得ることが出来た。
これで子供たちだけで行動するよりも安全となっただろう。美少女と美女の組み合わせで、より目を引くことになるかもしれないが。
絡まれた時はセルケトに粉砕してもらうかな──と他人任せなことを考えつつ、俺は彼女にマルトやウィルムの件を話していくのだった。
◇◆◇◆
ぎらぎらと照り付ける太陽に、じりじりと肌を焼く石畳の照り返し。
そんな秋口に珍しい夏日のお昼時。薄着の美少女たちが歩いていれば、それを目撃した男たちの内に邪な考えが鎌首をもたげるのも、あるいは仕方のない事なのかもしれない。
「ぎゃあぁぁッ!」「ひいぃぃぃッ!?」「助けてくれぇーッ!」「お、俺は見てただけだろ!?」
「──ふむ。加減を間違ったか?」
「いえ、むしろ加減が過ぎるくらいですよ。女子供だと思って強引に誘おうとする輩に、配慮など不要ですからね」
セルケトに放り投げられ宙を舞い、叫び声を上げながら地面に叩きつけられ、あるいは建物の壁に激突する男たち。
それを見て首を捻る放り投げた当人と、そんなことはないと訂正するヤームルの言葉である。
確かに彼女の言う通り、強引な手段に出たのはいけなかったな。食事に誘うまでは俺もよーく気持ちが分かるものだったんだが。
「おにーさん? どうしてうんうんと頷いてるんですか?」
「うん? アイラたちは可愛いから、ああやって男が言い寄るのも、分からなくはないかなってな」
「えへへ、そうですか? でも、さっきみたいに無理やり引っ張ってくる人は、やっぱりちょっと怖いです」
薄桜色のショートボブにリボンのついた白のカチューシャを付けてめかし込んだアイラは、目に入れても痛くなさそうなほどの愛らしさである。
ベージュのチュニックと白のスカートも非常に良く似合っている。これは可愛い。
(はぁ……そんなことだから、ロウは背後から首を刎ねられてしまうのですよ)
黒刀さんの物騒な呟きが聞こえたため思考を打ち切る。
念話を傍受できるカルラがいるし、迂闊なことを考えて突っ込みを入れられると、混乱の元となるのだ。
「セルケトさんがいると、とっても心強いですね……あ。つきました! ここがわたしのおうちの『神秘の工芸品』です!」
カルラの言葉で顔を上げれば、木造二階建ての洒落た雰囲気の店が目に入る。
魔道具店と言うが、パッと見ではカフェテラスのようにも見える。何故か、小さいながらも飲食が出来そうなテラスがついてるし。
「ふふ、可愛らしいお店ですね。それでは、お邪魔しましょう」
「お母さん、ただいま~」
猫耳少女の後に続きぞろぞろと店内へ入っていくと、これまたお洒落な内装に出迎えられた。
落ち着いた風合いの深い茶の床に、同色の壁。
天井から店内を柔らかく照らすシャンデリア風魔道具の昼白色の光に、壁に取り付けられた色とりどりのブラケットライト。
そしてそれらの光を浴びて輝きを放つ、棚や台に並べられた多様な魔道具たち。
実にシャレオツである。用も無いのに長居したくなるようなお店だ。
「ふわ~……とっても、素敵なお店ですね~」
「興味深いものよな。全て一点物のようだ」
アーリア商店の売り場とは異なる趣の店内を散策していると、少女と大人の女性の中間のような得も言われぬ雰囲気を醸す美女が、カルラを伴ってやってきた。
白い猫耳も尻尾も無く、森人族独特の長く尖った耳があるのみだが、カルラと雰囲気がよく似ているし、恐らく姉なのだろう。カルラは母親を探していたようだが、母親と言うには年が近すぎるようだし。
「ようこそおいでくださいました。皆様は、カルラの言っていたお友達の方々ですよね? この度はこの子を保護して頂き、その上オレイユまで送り届けて下さって、感謝してもしきれないくらいです。本当にありがとうございました」
「どうか頭をお上げください。私共も都市より依頼されてカルラの護衛している身ですし、先日伺った折に十分な謝礼を頂いたと聞いておりますし」
カルラの姉が感謝を述べ頭を下げると、ヤームルが慌てて制止する。俺が寝ている間にフュンさんたちが事情の説明に行っていたのだろうか。
そんなことを昼食後の眠たい頭で考えていると、突如ヤームルからのキラーパスが飛んできた。
「ほら、ロウさん! なに知らん顔してるんですか。カルラを誘拐した傭兵団を潰した張本人なんですから、もっとしゃんとしてください」
「ええッ? 俺はあくまで実働要員ってだけですから、その辺の説明はヤームルさんがするのが一番ですよ。さっきまでの調子でお姉さんへの説明をお願いします」
「あら、あなたがカルラが言っていた男の子だったのですね。それに、ふふ、お姉さんだなんて。お上手な子ね」
「もう、お母さん? 笑ってないでちゃんと説明しなきゃ。えっと、ロウさん。この人はわたしの姉じゃなくて、母なんです。森人族なので、人間族から見れば凄く若く見えるかもですけど」
「「「ええ!?」」」
話に割り込んで訂正を入れたカルラの言葉に、ヤームルを除く一同が声を上げて驚いた。
どう見ても十代の子を持つ母親って年じゃねーだろ!
改めてじっくりと目の前の美女を見る。
カルラと同色のセミロングなストレートヘアは艶やかで、毛先まで美しい。
ほんのりと緑を帯びた深い灰色が印象深いドレスワンピースは、緩やかな曲線を描く彼女の肢体を隠してはいるが……露出されている一部が、かえって扇情的である。
──これが人妻の魅力かッ!
(何馬鹿なことを考えているのですか)
一人真理を悟っていると、ギルタブの念話で現実に引き戻された。
カルラも念話が聞こえていたらしく、白い耳をピピっと動かし尻尾もひゅひゅん! と振り回し何某かを訴えている。阿呆な考えは自重せねばな。
「……ロウさんって本当視線が分かりやすいですよね。特に綺麗な人が相手だと」
「こやつは頗る単純であるからな。隠さぬ分幾らか良いのではないか?」
「ふふっ、こうまで熱心に見られてしまうと、流石に恥ずかしいものですね」
「失礼しました、お姉さん……じゃなくて、ええっと?」
「申し遅れました。カルラの母、ミュラでございます。ここで取り扱っている魔道具は他店にはない、独自のものばかりだという自負があります。わたしは奥に居ますので、どうかごゆっくりお楽しみくださいませ」
浅葱色の美女ミュラが上品な一礼と共に店の奥へと消えていく。
その蠱惑的な後姿と臀部を眺めていると、ヤームルたちから蔑む様な視線を突き刺された。
これは本能ってやつなんだよ。御しがたいものなんだよ。
(こりゃあ首を刎ねられるだけじゃなくて、ぶすりと刺される日も近そうだな)
そんな恐ろしい囁きが聞こえた魔道具店での一幕だった。





