107.
想像していたより汚くはない。前世では平和な国に生まれた俺はスラム街など行ったことはないけど、新宿の路地裏くらいの混沌さだろうか。
狭い道の両側に小さな店が犇めいている。どこもまだ開いてないから、どれも夜の店なのだろう。人通りも少ないが、夜になればもっと賑やかになりそうだ。
割と綺麗だと思うのは、風呂や洗濯の習慣がない田舎を見たおかげかもしれない。たまに酒臭いオッサンとか疲れた顔のオバサンとかとすれ違うけど、どいつもこいつも俺をじろじろ見てくる。まあ、子供のうろつく場所じゃないのはわかる。
ここに来てみようと思ったのは、ただ単に空から眺めても魔法で見てみても、道が入り組み過ぎていてよくわからなかったからだ。だから直接見てみようと思っただけで、それ以外に用はない。
実際に歩いてみても、道らしい道がそもそも狭いから、路地裏なんて入っていいのかもわからない隙間だ。
荷物やゴミが積まれていて通れないところも多いけど、大人なら横向きにならないと通れないような隙間の先に、謎の看板がぶら下がっていたりするから、一応、こんな隙間も道なのだろう。
夜になったらどんな雰囲気なのかは少し興味はあるけれど、わざわざ大人の姿に変身して夜遊びするほどの興味はない。女を買うほどの金はないし、不衛生そうだし、酒や飯ならもっと美味しそうなところに行きたい。
王都の裏社会のことも知りたいが、無関係な子供が治安の悪い場所を歩いているだけで、まさか裏社会の方々と知り合いになれるわけもない。
と思っていたら、そのまさかが起きた。
「坊ちゃん、こんなところに何の用だい」
そう言って俺の前に三人の男が立ち塞がった。
やくざ者の見本みたいなやくざ者だ。顔に傷ある輩とはよく言ったものだ。三人とも見事に顔に切り傷がある。組織の掟か何かで、仲間の印として顔に傷をつけることになっているのだろうか。
三人とも妙な格好をしている。俺が見たことある人間の服装なんて古着ばかり着ている一般庶民だけだが、少なくとも王都の表通りでは見ない格好だ。
派手な色のシャツに、派手な色のズボンに、派手な色の帽子やチョッキ、とにかく全部派手な色の衣服に、更にジャラジャラと安っぽいアクセサリーを付けている。
センスのない派手さだ。アクセサリーは本物の金や宝石も混ざっているから、そこそこの価値はあるだろうに、どっからどう見ても安っぽく見える。
これはあれだな。前世で言うところのカブキモンとか、柄シャツに金ピカ腕時計を付けているチンピラと同じ人種だろう。
「坊ちゃん?」
「あんたのことだよ、そんな小綺麗な服着てスラムのガキでもあるまい」
聞き慣れない呼ばれ方に首を傾げれば、男の一人が俺を指さしてきた。正確に言えば俺の服を指さしている。
俺が着ているのは一張羅のダークエルフ製の服だ。首飾りは服の下に隠しているから、それほど目立つ服装もしていないと思う。
「スラムのガキ? ここがスラムじゃないのか?」
「スラムが壁の中にあるわけねーだろ」
なるほどな。スラムにしては綺麗だと思ったけど、ここはただの治安の悪い地区で、スラム街と呼ばれているのは王都防壁の外側にある、テントが並んでいるような地区のことだったらしい。
俺が一人で納得していると、やくざ者たちも確信を得たようだ。俺の服は頑丈だし、毎日魔法で綺麗にしているから古着には見えないのだろう。昼間っからこんなところを歩いていれば、庶民に変装したつもりの世間知らずの金持ちの子供に見えるらしい。
今まで貧乏なガキとか浮浪児とか思われたことはあるが、場所が違うと勘違いもここまで変わるのかと感心する。
「さあ、こんなところ歩いてたら危ないからな、俺たちが案内してやるよ」
「おまえらは子供を攫ってどうするんだ?」
良い機会なので質問してみることにした。前回こういう輩に絡まれた時は、リオが笑顔で撃退してしまったから、王都の裏社会事情を詳しく訊ねている隙がなかった。
「……へえ、まったくの物知らずでもないのか」
ワザとらしい笑顔を見せた男は一瞬で剣呑な目に戻った。俺が恐がりもしないことに多少の警戒心を持ったらしい。
しかし、見るからに治安の悪い顔をしているくせに、猫なで声一つで子供を騙せると思っていたというなら、こいつらはすごい馬鹿か、意外とそんなに悪いやつでもないのかもしれない。
「自分で言うのもなんだけど、肉体労働ができるようには見えないし、娼婦みたいなことができるようにも見えないと思うんだが」
前世でも常々思っていたことだが、子供を働かせるのって絶対に割に合わない。
子供の権利を守る法がなかったとしても、力が弱く頭も悪い生き物ができる仕事なんて高が知れている。だったら最低限の教育を施し、大人になってから働かせた方がまともに稼げる。
そこそこ治安の良い国で子供の労働者が少なくなるのは、法律があるからという以前に、割に合わないからというのが大きいと思う。
それでも、前世では子供の誘拐が多いのは、内臓が売れるからというのがあった。しかし、治癒魔法や再生魔法がある世界だと、移植手術なんかに需要があるとは思えない。
まあ、こんな発想は教育がちゃんとしているところじゃないと通用しないのはわかるが、目の前のやくざどもだって、三人がかりで子供一人攫ったところで、晩飯代くらいにしかならないのではないか。その日食うものにも困っているようには見えないが。
「そんなことするわけないだろう、ちゃんと家に連絡してやるからな」
「なるほど、身代金目的か」
金持ちのガキなら身代金で結構な額を要求できるだろう。でも太い親がいるなら誘拐の危険度も上がるから、やっぱり割に合うとは思えない。
「でも俺に親はいないぞ」
「おいおい自分から孤児だってバラすなよ、物を知ってるんだか知らないんだかわからねえガキだな」
「安心しな、おまえみたいなガキが大好きな変態もいるからな」
割と本気で俺のおつむを心配している男は、やはりそれほど悪いやつではないようだ。いや、ガキに売春させようというのだから悪いやつなのは間違いないが。
やくざ者のくせに妙に洒落っ気のある格好をしていると思ったが、こいつらの商売は主に売春の斡旋なのだろう。
「それ金になるのか?」
「年増の娼婦よりは金になるさ、大抵は一晩で使い捨てだから需要はいくらでもある」
娼婦よりも子供の方が高く売れるということは、この国には子供を守る法が有るのかもしれない。児童買春を禁止する決まりがあるのならば、児童買春のレア度が上がって、子供は高く売れるだろう。
「なるほどな、それで死体を愛好家に売れば二重の儲けは出るか、子どもの内臓とかは売らないのか?」
「え……こわっ」
「死体好きなんているわけねーだろ、きも……」
「内臓を、売る……?」
やくざ者どもにドン引かれてしまった。こいつらやっぱりそこまでの悪党じゃないな。
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