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106.

 日用品の店よりも高級な感じだから、あんまり期待しないで同じ質問をしてみたが、店のオッサンは自信満々に教えてくれた。


「うちの商品は全部スタンリー伯爵家の工房で作られているんだ、品質は最高、性能は保証するぞ」


 軽々しく教えてくれたのも納得だ。貴族のお抱えの工房で作られたものだから、製造元を明かしたって簡単には真似できないし、むしろ伯爵家の名前出した方が信用を得られる。


「その工房はどこにあるんだ?」

「南十二丁目だ、だが今は新人募集はしてないぞ、募集してても大学か魔法学校卒業者しか面接は受けられないしな」

 この国も学歴がものをいうのか。そりゃそうか、国立の高等教育機関があるんだから、大学がただの学問オタクの巣窟であるわけがなかった。


 暇そうな魔道具屋のオッサンは、田舎もんのガキにペラペラ色んなことを教えてくれた。貧乏人の多い庶民街の道具屋通りだと、新品の魔道具ばかり扱う店はそれほど繁盛してはいなかった。それでも余裕そうだから、薄利多売の安物とは違うのだろう。


 曰く、王都の魔道具製造はほぼほぼ貴族が牛耳っているらしい。自前で工房を作り、才能ある魔法使いや錬金術師や細工職人を抱え込み、関係者以外立ち入り禁止、門外不出の技術を日々研究しているという。

 これには自国の技術を流出させないとか、粗悪品が出回るのを防ぐという意味合いが強い。王室でも貴族家の魔法研究事業は推奨していて、製造元の権利や職人の待遇などを細かく定めた法があるらしい。だから、貴族だとて庶民出の職人たちを好き勝手扱き使えるわけではないのだ。


 だが、こんなことでは貴族がみんな金儲けに走るのではないかと思えるが、そこも国はちゃんと考えていて、工房を立ち上げるのに厳しい審査があるらしい。

 初期投資がどれくらいかとか、集められる職人の人数とか、工房の大きさとか、立ち上げ前から書類審査があり、晴れて工房設立が叶っても定期的に視察が行われ、職人の技量や魔道具の品質によっては閉鎖命令もあり得るという。


 だから、貴族も利益ばかり追求していられない。建前だけでも国家繁栄のための技術力向上を謡う必要があるし、工房同士の競い合いはあっても潰し合いをしている暇はない。


 そんなわけで、魔道具工房に勤めているという人間はかなりの高給取りであり、職人はエリート職なのだとか。大学や魔法学校を目指す者の半分は魔道具工房への就職を夢見ているそうだ。


 なかなかちゃんとしている。でも、これしきの事は俺だって考え付く。伊達に人権意識の発展している異世界から転生していないのだ。

 ただ、特許だとか著作権だとか労働基準法だとか、知ってはいるが、ならばどう運用するのかという知識はない。どうにかして、そういうお役所仕事ができる人材を引き抜けないもんかと思うが、国家運営に関わる人間なんてエリートだ。こんなちゃんとしている国から、原始時代レベルの魔界へ来てくれるような変人はいないだろう。


 あっちもこっちも考えたって混乱するだけだから、今は目の前にある技術的なことから考えるべきだ。

 しかし、魔道具屋のオッサンの話しでわかったことは、魔道具の製造方法の情報はまず得られないという残念情報だ。上空から貴族街の方を見た時も、ところどころワヤワヤしていて見えづらかったのが、たぶん魔道具工房のある場所だろう。


 魔道具屋のオッサンの話しが魔道具工房ランキングになったところで、俺は話半分に聞きながら店頭の魔道具をこっそり鑑定してみた。

 鑑定結果は色々混ざっていることしかわからない。肝心の魔方陣はワヤワヤしていて見えづらい。認識疎外の魔法がかけられている。たぶん解体して直接魔方陣を見てもわからないようになっているだろう。

 流石は貴族お抱えの工房だ。技術の秘匿のための技術も抜かりなく研究されている。それだけ人的にも金銭的にも余裕があるということだ。


 オッサンの話しはまだまだ終わりそうになかったが、俺は気にせず店を後にした。前世にも家電が大好き過ぎて家電メーカーの格付けを趣味にしていたやつがいたが、どんな世界にもそういうやつはいるんだな。


 あと見たいものと言えば布製品だ。縫製技術はダークエルフたちが結構高度なことをやっているけれど、やはり量産するには工業化が必要だろう。

 それに、人間たちが着ている服は、麻布とも動物の毛とも違うようだから材料が知りたい。


 服屋の爺さんに聞いてみたところ、服の素材はフワフワの木の実だというから、たぶん前世の綿花と似たようなものだろう。爺さんは素材は知っていても詳しい製造方法は知らなかった。


「ここらへんは北の方の村から入ってきたもんだ、なんでも、お国が新しい産業を作ろうとしてるそうだぞ」

「北の方……?」


 北の方と言えばエジン村も王都から見れば北の方だ。しかし、エジン村でも隣町でも、住民が来ていたのは古着ばかりだったし、紡績工場で働いている人間なんて見たことがない。

 エジンの隣街は、あの近辺では一番大きな町だと聞いていたけど、国家主導の新規事業の話しが全く届かないなんて在り得るのだろうか。


 だが、俺の情報源なんてリオやド田舎の村人たちだけだ。エジンの村の住人なんて、ほとんどが隣町よりも大きな町を見たことがない連中だったから、あの町が一番大きいという情報事態に信ぴょう性がない。

 北の方にあるというなら魔界からも近いから、里に帰るときにでも見に行けばいいか。


 道具屋通りを粗方見て回った後、屋台で昼飯を買い食いしていたら、とんでもない掲示板が目に飛び込んできた。


「魔王討伐隊、人員募集……?」


 思わず口をひん曲げてしまった。


 身に覚えのないことで指名手配された気分だ。いや、魔王であることは確かだが、何もしていないのに討伐隊を差し向けられるとはどういうことだ。


「興味があるなら早く王宮へ行けよ、申し込みは今日までだぞ」

 俺が掲示板の前で固まっていたら、守衛っぽい男が声をかけてきた。

 ここは街の交番みたいな建物らしい。掲示板は木の板に木炭で何度も描いたり消したりを繰り返しているようで、黒ずんで酷く読みづらいけれど、他にも指名手配犯の情報だとか、どこそこで盗みがあったから情報求むとか、色んな事が書いてある。


「魔王討伐隊ってなに?」

「なんだ知らんのか、聖女様が神の御神託を受けたんだと、北の果てで魔物を統べるものが生まれたとかなんとか」


 神ってどこの神だ、御神託ってなんだ、そんなチクリ野郎がいるなんて知らないぞ。俺は魔王なのに。


 そうだ、俺だって魔王だから、魔王城とか四天王とか魔王軍だとかを用意してから、人間界を毎日曇り空にして曇天に雷鳴が轟く中、空から突如「ワッハッハッハ人間ども聞くがよい」とか言って登場するつもりはあったのだ。


 それなのに、こんな意味のわからないネタバレをされているなんて酷い。エジン村の隣町にも噂は流れていたから、もう国中に知れ渡っているのだろう。自己紹介する前から知られているなんて登場し辛い。変な時期にやって来た転校生みたいな気分だ。


「討伐って、魔王がなんかしたのか?」

「いいや、討伐隊って言ってもまずは調査だろうな、北の森の先は何もわからんから」


 それならまだ安心だ。なんもしてないのに攻め込まれたら堪ったもんじゃない。魔物がいくら強くても集団戦になると勝てる自信はないからな。


「募集も十二歳からだし、なんかあった時の予備戦力だろうな、まだ南の方もごたついてるし東の方は決着もついてないし……」


 ぼやくような守衛の話しに俺は呆れてしまった。

 この国もしやと思っていたが、本気で全方位とドンパチする気なのだろうか。帰ったら魔の森の結界をもっと強化しておこう。野蛮な人間が入ってきたら面倒だ。


 勿論、俺の討伐隊に俺が参加するわけはないけど、いや魔王討伐隊に魔王がいましたというのも面白いかもしれないけど、流石に住所不定無職のガキは応募できないらしい。

 三日後から早速選抜試験があるという。ちょっと見物には行ってみたいが、王宮の中でやるなら忍び込むのは骨だ。


 あちこちで屋台飯を摘まみつつ、今度はスラム街へ行ってみる。危険な場所へは近付くなと言われているけれど、魔王にとって危険な場所なんかあるか。

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