105.
改めて考えれば、二匹を引き連れて歩く必要はなかった。王都入り三日目にして俺は思い至った。
今日もリオは仕事探し、俺は王都をブラブラする。
昨日作った地図をもとに、街並みを実際に見て回るつもりだ。昨日は魔法であちこち見て回るのに忙しくて、歩いたのは宿の周辺ほんの数ブロックだけだった。
王都までの道中もこいつらは好き勝手飛び回らせていたし、王都でも自由行動させた方が三人分の情報が集まるはずだ。
俺はさっそく人のいない路地裏に入った。
「おまえら人間になれ、この街にいる人間の真似してな」
「えーむずいっす」
「この街の人間の真似?」
「やれ、できるだろ」
ピーパーティンは弱り切った顔をしているが、変身魔法は使えるはずだ。完全な人間になったところは見たことはないが、人間と怪鳥の混ざった鳥人間みたいな姿は見たことがある。
ルビィは人間になるのも得意だが、サキュバスらしいボンテージ姿やヒラヒラのお嬢様みたいな姿ばかりだったから、首を捻ってこの街に馴染む服装を考えているようだ。
二匹はうんうん悩みながら人間の姿に変身した。どちらも冒険者みたいな姿だったのは、街の住人よりもキャラバンにいた人間どもの方がまだ見慣れていたからだろう。
ルビィは流石はディテールがちゃんとしている。黒い髪をスッキリ結い上げ、革の胸当てと女性冒険者が選びそうなナイフを装備していた。服装は冒険者風なのにバリバリ厚化粧で、下がピチピチのショートパンツとロングブーツなのは、サキュバスとしての矜持だろうか。
ピーパーティンは、まあ人間になれただけ褒めてやるべきかもしれない。髪は緑色だし、服も緑色のシャツとズボンだけだ。靴がアーミーブーツっぽいのが辛うじて冒険者っぽく見えるけど、そこはかとなくチャラい雰囲気が滲み出ている。でも、ひょろひょろの長身とボサボサのロン毛は、妙に都会の路地裏に馴染んでいた。
「うんうん、どっからどう見ても都会に男探しに来た冒険者の田舎娘と、そこら辺にいそうなチンピラだな、やればできるじゃん」
「あざーっす」
「なんか悪意のある言い方」
これでも褒めてる。ピーパーティンはもう少し嫌味をわかるようになるべきだが、二匹とも王都をフラフラしてても怪しまれない姿にはなれていると思う。
「じゃ、王都見て回ってこい、魔物だとバレるなよ、夜までには宿に帰ってこい、元の姿に戻ってからだぞ」
「これが元の姿よ」
「俺の正体は怪鳥なんすけど」
そうだった。あまりにペットの猫と鳥の姿に馴染んでいたから本当の姿を忘れていた。
でも、俺にとってピーパーティンとルビィの本当の姿はペットの猫と鳥だ。文句があるならペット以上の成果を出してみろ、というわけで二匹の意見は黙殺した。
小遣いとして銀貨一枚ずつを渡す。王都を数日ブラブラするには充分な額だろう。二匹とも俺が金を使うところは見ていたし、小学生レベルの算数ならできるはずだ。
一人になった俺は、今日は手始めに道具屋の密集する地域に行ってみることにした。人間の技術力は知っておくべきだし、どんな職人がいるか知りたい。あわよくば設計図とか製造方法とかを盗めたら万々歳だ。
そう思っていたが、やっぱり現実は甘くなかった。
店はある。どこもかしこも溢れるくらい日用雑貨が並んでいる。前世でも見たことあるような台所用品や掃除道具の店が多いけど、中にはファンタジー世界ならではの魔法用品店だとか魔道具専門店なんかもある。
しかし、店はあれど工房や職人らしき人間はほとんどいない。職人はいても修理や手入れ専門で、金物屋の一角に小さな作業場がある程度だ。
グラント革用品店みたいに、店の裏に工房があるのかとも考えたが、路地裏に入ってみても店の裏口があるだけで作業場らしきものは見当たらない。倉庫はあるから、あんまりうろうろしてたら追い払われた。
道具屋通りはかなり広い。新品を扱う店から中古品を扱う店、果ては部品だけの店などピンキリだ。よくよく見て回れば日用雑貨の多い場所や、冒険者向けの武具の多い場所など、道具屋通りにも住み分けがあるようだ。
わかることは、ここには物が溢れている。ついでに南東の貴族向け商店街も、こんなに煩雑としていないだろうが貴族を満足させるだけの品揃えがあるはずだ。
これらを全部王都の外から仕入れているとは考えづらい。王都にこれだけ人間がいるのに、製造業の人間がいないなんて不自然だ。必ず王都にも職人がどこかにいるはずだ。
しかし、空から屋根を見ただけじゃ工房なんて見分けられないし、グラント革用品店みたいな主張する気のない工房なら、地上を歩いても見つけれられる気がしない。
こうなったら素直に聞くしかないだろう。
「これはどこで作ってるんだ?」
まずは、新品の台所用品の店先にあった鍋を指さして店員に聞いてみる。金属でできていて叩いた後も継ぎ目もないから、絶対に高度な金属加工の技術で作られているはずだと思ったのに、案の定、魔法だった。
「南の村に錬金術師の一家がいるんだよ、あの家のもんは質が良いけど、技術は門外不出だから弟子入りは難しいよ」
俺は道具職人への弟子入りを夢見るガキだと思われたらしい。相変わらず浮浪児だと思われているのは気に入らないが、この間違いは使える。
「こういうのの作り方はどこで教えてもらえる?」
今度は金属ではなく、一見プラスチックのような、材料のわからない道具を指さして聞いてみる。魔物素材だとしても素材そのまま使っているのではないはずだ。
「あんた魔法使えるのかい、だったら魔法学校を目指しな、錬金術師のコースもあるはずだよ」
だが、道具屋のオバサンの答えは同じだった。錬金術で魔物素材を変化させて、プラスチックみたいなものを作り出しているらしい。
錬金術なら田舎の街で少し見たことがある。
この国ではざっくりと、杖を振ったり呪文を唱えて魔力を操るのが魔法で、金属や石材の形や性質を変化させるのが錬金術と呼び分けられている。
しかし、前世の科学知識のある俺が見たところ、錬金術は魔法によって化学反応を起こす技だった。
ただ、この世界は魔法があるせいか化学の研究がまだ未熟だから、化学反応は魔力とは別の何らかの力によって引き起こされるものと考えられている。
実際、魔力を使わずに化学反応を起こしていることもあるのだろう。そのわからない力を使う技を全部ひっくるめて錬成術と呼んでいる。
だから、錬金術の勉強はいらない。魔法ならば見ればわかるし、たぶん人間の錬金術師よりも魔界の魔導士たちに研究させた方がいい。なにせ、魔界は魔法や錬金術の燃料である魔力が人間界よりも濃いし、魔物は頑丈だし倫理観は薄い。どんな研究も実験もやりたい放題だ。
もしかして、人間の使う道具は全部魔法で作られているのだろうか。だとすると、工業の方面で人間に学ぶことがあまりない。
次は場所を変えて魔道具の店に行ってみる。魔道具とは予め魔方陣が刻まれていて、魔石など魔力を持つものを嵌め込めば魔法が発動する。電池式の家電製品みたいなものだ。
魔法が使えないやつらの道具というイメージだったが、店先には暖房器具だとか食料を冷やして保存する保冷箱だとか、ずっと魔法を維持し続ける道具もある。こういう物は魔法使いでも魔法で再現はできないだろう。
魔力が底無しの俺なら自力で全て再現できるが、魔法を維持するのはダルいから、魔力供給さえあれば動き続ける永久機関の作り方はなかなか有用だ。
魔界の黒魔導士たちも魔方陣の研究をしているけど、あいつらの研究は主に古代魔法だから、魔法を日常生活に役立てようという発想があまりない。
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