104.
王都の中はざっくり言うと、北の方が庶民街で南の方が貴族街のようだ。
北の方は小さな建物が密集していて、道は狭い。市場らしき場所もいくつかあり人が多かった。南の方は大きな屋敷と広い庭がいくつもあり、どれも高い塀で囲まれている。道はどこも馬車が通れる幅があるが、道行く人間の数は多くなかった。
王宮は王都の中央より少し南寄りにある。大通りは北の大門から王宮へ真っ直ぐ通り、王宮から南の大門まで通る大通りもあったから、王都はほぼ東西に真っ二つに分かれているような感じだ。
大通り以外は王宮へ真っ直ぐ向かう道はなく、北の方は路地が毛細血管のように広がっていて、流石に今日一日では、道かどうかもわからない抜け道まで把握することはできなかった。
南の方は狭い裏道はないけれど、道は入り組んでいる上に高い塀に囲まれているから、実際に歩いたら迷路みたいだろう。これはたぶん、都市防衛のために意図して道を複雑にしている。
北の庶民街は全体的にごちゃごちゃしていて、家も店もまぜこぜだが、なんとなく似たような店が集まりやすいようで、食料品の店が多い通りや、道具類の店が多い通りなど、誰かが街作りを計画したわけでもないだろうに凡その地域分けがされていた。
北西の方にはイカガワシイお店が集まっている繁華街もあって、その外れ、ぎりぎり王都に入るかどうかという場所にはスラム街もあった。王都の中でも古い地域のようで、建物は全部ボロいし、掘立小屋みたいな家に住んでいる連中もいた。
その真逆、南東の方には上流階級しか入れなさそうな綺麗な店の並ぶ綺麗な繁華街もあった。王都内でも北側は大通り以外の道は舗装もされていないのに、南東の繁華街は真っ白い石畳の道路が続き、ガラスも珍しいのにガラス張りのショーウィンドウが並び、まるで東西で街並みは別世界だった。
「王様と貴族がいる階級社会なら、こんなもんか」
俺は前世でも身分制度なんか遠い世界の話しだったが、それでも高級店の並ぶショッピング街と安さと気安さが売りの商店街とじゃ、道行く人の身なりはぜんぜん違った。
この国には厳然たる階級制度があるのだから、別に北と南を分ける明確な壁はなかったけれど、庶民が貴族街を歩いていたら白い目を向けられるだろうし、貴族は護衛無しで庶民街など歩けないだろう。
魔界は今のところ弱肉強食、強いやつが偉く弱いやつは虐げられている。俺は今後も力以外の身分制度を導入する気はないから、とりあえず防衛の観点だけ王都の街作りを都市計画の参考にしようと思う。
今日見つけた重要機関は大学と図書館だ。
東の貴族街と庶民街の間くらいに、王立大学と図書館と研究施設が固まっていた。学生寮や職員寮、そこに住んでいる連中向けの商店などもあるから、東の一角は研究都市という雰囲気で王都の中でも異質だった。
中等学校みたいなものは貴族街にあったが、たぶんあそこは貴族のための学校だろう。建物がすごく綺麗だったし、出入りしていたガキどもはみんな制服を着ていたから、絶対に通うのに金がかかる。ということは、つまり警備も厳重で忍び込むことは難しい。庶民街には田舎町と同じく教会が開いている塾みたいな学校しかなかった。
大学と研究施設らしきところは、関係者以外近付くこともできそうにない。城と同じくらい厳重な結界が張られているから、上空から建物を見て取ることも難しい。
図書館は一般市民にも開放されているようだが、やっぱり許可証が必要で、俺みたいな身分証もない田舎もんは入れそうもなかった。
「うーん、やっぱ簡単に知識は手に入らないか」
既に体系化されている学問を盗み出せれば手っ取り早かったのだが、そんな都合のいい展開は期待できないようだ。近道は諦めて、地道に歩き回って人間の文化を探るしかない。
宿に戻ればリオも丁度帰っていたから、二人で昨日サンドイッチをくれた食堂に夕飯を食べに行った。
この店は安さと量の多さが売りの、駆け出し冒険者の味方だったらしい。適当に一品ずつ頼んだのに、これもオマケだあれもオマケだ、ついでにペットの分もオマケだと、テーブルの上には注文の倍の料理が並んだ。これで儲けは出るのか心配になるほど良心的な食堂だった。
「仕事は見つかったのか?」
山盛りスパゲティみたいなものを食べながらリオに訊ねる。赤いソースはトマトソースかと思ったが、ベリーみたいな味がする。たぶん色んな木の実を混ぜ合わせているのだろう。大きなミートボールがゴロゴロ入っているが、これも何肉かわからない。とりあえず美味い。
「ううん、スカウトはいっぱいあったんだけど、冒険者ギルドなのに商店の売り子とか食堂の給仕ばっかりでさ」
冒険者らしく護衛や用心棒の仕事を探したのに、どうしてだろうとリオは頻りに首を傾げている。
俺はなんとも言えない顔で麺を啜った。この顔は料理のせいじゃない。ちなみに、この国でも麺を啜るのはマナー違反ではないらしい。貴族街は知らんが、あちこちでスープスパゲティみたいなものを啜る音が聞こえる。
そりゃあ、今のリオは村にいた時と違い小綺麗な格好をしているから、見栄えが半端ない。着ているのは古着なのに、貴族街を歩いても違和感がなさそうだ。きっと店に立っているだけで女性客が倍増することだろう。
「安全そうな仕事じゃん」
「そうだけど、家に仕送りするほどのお給料は貰えそうにないし」
リオはよくわからない焼き魚に齧り付きながら表情を曇らせた。ソースのかかった焼き魚は注文したものではなくオマケで出されたものだ。味はピーパーティンがまた感動してるくらいだから、リオの浮かない顔は料理のせいじゃない。
「おまえなら賃上げ交渉も楽勝じゃないか?」
「僕なら? いや、うん、確かにスカウトしてくれた人みんな親切で、給料はいくらでも相談に乗るって言ってくれたんだけど」
コミュ力に顔面力が加われば給料は天井知らずのようだ。田舎もんだけどCランク冒険者という信頼できる肩書もある。リオがいるだけで店の売り上げアップも期待できるのだから、当然なのかもしれない。
「でも、みんな立ってるだけで良いって言うんだよ、そんなんで高い給料もらうのは申し訳ないから、全部断ってきた」
残念、リオには顔だけで食っていく度胸と図々しさはなかったらしい。こいつなら貴族の愛人になってボロ儲けする道もあるだろうに、性格的に楽して稼ぐのが向いていない。
「明日は王宮の方へ行ってみるよ、兵士の一般公募があるって言ってたし」
リオの性格だと人間相手の戦闘も向いてないと思うけど、狩人の村で育ったから、接客業よりは戦闘職の方が馴染みがあるのだろう。国の軍隊に所属するなら給料もそこそこ期待できる。
「ギルは? 今日はどこ行ってたの?」
「街中ブラブラしてただけだ、王都の地理はだいたい把握した」
「すごいね、でも北の方には行けなかっただろ、あっちは貴族か使用人しか入れないって言うから」
やっぱそうだったのか。空から眺めるだけにしといてよかった。
「僕はギルドに行くだけでも迷っちゃって、色んな人に道を聞いたよ、王都の人は本当にみんな親切だね」
リオは道を聞いたついでに、あちこちの商店でおすそ分けを貰ったらしい。リオが声をかけなくても親切に話しかけてくれる人も多く、おかげで昼飯代が浮いたと喜んでいるが、こいつは自分の外見を自覚した方が良い。
俺はどこを歩いても誰にも声はかけられなかった。別に嫌われてるとかじゃなく、都会ならこれが普通だ。たぶん。
「あんたら、これも余ったから食べな」
喋りながらダラダラ食ってたら、食堂の婆さんがテーブルにドーンと大皿を置いてきた。
蒸かしたイモに野菜とか色々混ぜた料理で、マヨネーズかけたら美味しそうだけど、たぶんこの店にはマヨネーズは存在しない。
それにしても、もうぜんぜんオマケの量じゃない。
「こんなに食えるかよ」
「情けないこと言ってんじゃない、大きくなれないよ」
どんな押し売りだよ、いや金取ってないから押し売りじゃないけど、余計なお世話が過ぎる。
「店の心配しろ、売り上げねーだろ絶対」
「余計なお世話だよ、残したら承知しないからね」
「ありがとうございます! いただきます!」
お代はいらねー残したら承知しねーってとんでもない店だ。俺と婆さんが言い合っている間に、リオはテーブルの上の料理を平らげて、追加のオマケに取り掛かっていた。育ち盛りはいくらでも食べられるらしい。
別に強制参加の大食い大会で負けたって悔しくないけど、俺だってこれくらい余裕で食べられる。魔王の底無し胃袋を見せつけてくれる。
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