100.
この潰れているのが、もし魔界の連中だったらと想像してみる。駄目だ。腸が煮えくり返る。俺のものを俺以外に壊されるのは業腹だ。相手を殲滅しても足りない。その親兄弟も仲間も国も、殺し尽くさないと気が済まないだろう。
ならば、潰れているのがエジン村の連中だったら、と考えると、微妙だ。業腹だが、まあ、復讐くらいはしてやろうかと考えるかもしれない。
魔物だとしても、魔界以外の魔物は平気で殺せるし、別に魔物か人間かでは区別していないらしい。じゃあ、俺はどこまで殺せるのかというのは、ここで検証する術はない。
それに、魔法で間接的に殺したせいかもしれないから、念の為、素手でも殺しておくことにする。
男の首を掴む手に力を籠める。男は口から呻き声と泡を漏らしながら、俺の腕を掴んで抵抗しているようだ。俺にとっては無いに等しい力だから、ただ男の足が土を無暗に蹴っ飛ばしているだけだ。
そのうち、めきめき軋んでいた首がバキボキ鳴って、俺の腕を掴んでいた男の手が痙攣する。呻き声はなくなり泡に血が混じって垂れ落ちた。
掌にはしっかりと人間の首の骨が折れる感触が、肉と皮を隔てて感じられる。血管に詰まる血流から男の心臓の動きまでわかるが、俺の胸に感じるものは何もなかった。
「平気だな」
これで確認は終わった。
俺は人を殺せるし、虐殺もできる。でもこれは相手が犯罪者だったからか、俺に殺意を向けている連中だったからかもしれない。
でも、確認のためにわざわざ人間の村を襲うのも面倒だから、この疑問は機会があった時にまた確認しよう。
そろそろ俺がいないことに気付かれるだろう。だが、俺に抜かりはない。この大量の死体を誤魔化す術があるから、ここで実験を決行したのだ。
死体を放って、俺は地面に目を向けた。
「おまえも、俺のために死ね」
久しぶりに拳に力を込めて地面を殴った。力が地中に分散するように殴ったから、土が抉れることはない。ドウンッと地面が弾むように揺れた。
それから一拍置いて、足元の土が盛り上がったと思った瞬間、巨大なミミズが飛び出してきた。口らしき先端の窪みにギザギザの牙があるから魔物だ。
「ひえっ?! なんでわざわざ起こすんすか!」
「ギルバンドラ様、目が赤に戻っておりますわ」
阿呆のピーパーティンはただビビるだけだが、ルビィは俺の策はすぐわかったらしい。平然と俺の顔を見上げて指摘してくれた。とはいえ、俺の服の中からは絶対に出てこないから、ルビィもビビッてはいる。
俺は難なくミミズを避けて、平らな地面に着地する。目薬を差す感覚で、瞳に魔法をかけ直しながら見物を決め込んだ。
巨大ミミズは二十メートルはありそうな体を土から引き摺り出して暴れ回るが、これは断末魔だ。さっきの一撃で致命傷を与えているから、盗賊たちの死体を散らばすにいいだけ散らばしてから絶命した。
念の為、ミミズの死骸に刃物で切られたような傷をいくつか付けておく。
こいつが地下深くにいるとわかっていたから、ここで盗賊たちを土魔法で殲滅したのだ。
「ギル!」
この騒ぎに一番に駆け付けたのはリオだった。来るだろうとは思っていたが、予想よりも来るのが早くてちょっと驚いた。
リオは俺の無事を確認してから、巨大ミミズと盗賊たちの死体に目を丸くする。
遅れてダンや護衛隊のやつも何人か駆けつけたが、凄惨な状況にみんな一様に顔色を失くしている。
「魔物と相打ちになったみたいだ」
俺は用意しておいた説明をする。この状況を見て俺がやったなんて誰も思うまい。
土塗れで潰れた人間の死体と、切り傷だらけの巨大ミミズの死体があれば、盗賊と魔物が死闘のすえ一緒に死んだと考えるのが妥当だ。
「俺たちを追っていた盗賊団か」
「これは酷ぇ、全滅だ」
「こいつは地中深くに生息する魔物だな、積極的に暴れることはないが、こいつらは迂闊に上を歩いたんだな」
想定通りの思い込みをしてくれた。死んでるのは盗賊だから詳しく調べようなんてやつもいない。
とりあえずキャラバンに戻れば、猿はすっかりいなくなっていて、損害も馬車の幌が少し破かれた程度で荷物は無事だという。
これで一件落着、と思ったのに、俺は単独行動をしこたま怒られた。
「なんで一人で森に入ったんだ」
「物音がしたから」
「だったら誰かに言うか、今までみたいにペットを偵察に出せばよかっただろう」
「こいつらはビビりだから出てこなかったんだ」
「危ないものがあるとわかっていて近付いたなら尚悪い!」
「荷物は傷付けてないぞ」
「そういう問題じゃない!!」
それから休憩中は“黄金の斧”のメンツとオリバーと、何故かリオにまで説教されて、俺は死体を誤魔化すだけじゃなく、説教を回避する言い訳も考えておくべきだったと反省した。
死体を放置すると魔物が寄ってくるが、あれを全部運ぶのは無理だから、盗賊団と魔物の死骸は放置して王都に着いてから警備隊に報告することにした。
また動き出したキャラバンに付いて俺も歩く。後ろを振り返っても木々の向こうに人間どもの死骸は見えない。木陰は別に暗くもなかった。
たまには魔王らしいこともしとかなくっちゃね。
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