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なんども駆け落ちされた伯爵子息カールの行く末は……  作者: 星野 満


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番外編 生まれてくる日

※2025/11/9 タイトル変更及び修正済み

◇ ◇ ◇ ◇



6月の中旬。王宮殿のアクアリネ様の霊廟(れいびょう)の庭園内。


この日は、早朝からザーザーと雨が降り続いていた。

霊廟内の小さい池も、叩きつけるような雨で水面が白く(けむ)っている。


遠くの空には雷鳴(らいめい)の音がゴロゴロと聞こえる。

梅雨の時期にしては珍しい雷雨だ。

そのため、庭園に咲いた満開の紫陽花(あじさい)も、茎から折れそうなくらい激しい風で花びらが散りだしていた。


王宮騎士団の制服を着た僕は、アクアリネ様の霊廟室内に祭壇した石碑。

そして隣に建立したミケ猫の石碑の前で、ひたすら祈りを捧げていた。


ミケの石碑は数年前ウェンディの暗殺未遂の時、彼女を(かば)って名誉の死を遂げたミケの為に建てたものだ。

ミケの亡骸は、ウェンディが自ら庭園の土を掘って埋葬した。


──どうか光の邪気よ、生まれて来る双子とウェンディの命を守ってくれ! どうか、どうか妻の命も双子の御子も無事に生まれてきてくれますように。


僕はそのまま一心不乱に祈り続けた。


既にウェンディの陣痛が始まってから、14時間以上が経過していたのだ。


双子のせいか、難産だった。



◇ ◇


これまで、ウェンディは産科医でもあるライ老人に云われた通り、毎月妊婦用の定期健診を欠かさずに行い、屋敷内でも最新の注意をはらっていた。

その後、出産予定日の1カ月まえに正教会に入院となった。


入院する日、屋敷のコンサバトリーで幼いデビッドは、母親と離れるのが辛いのか、母のドレスの裾を持って「行かないで!」と大泣きした。


僕は見かねてデビッドを抱き上げた。


「デビッド、そんなに泣いてはいけないよ。母上にいってらっしゃいのキスをするんだ」


「……はい、おとうしゃま」


とデビッドはひっくひっくと、泣きながら母の頬にキスをした。


ウェンディも、デビッドの紅潮したほっぺたにキスを返した。


「ふふ、デビッド。どうかいい子にしていてね。母さまは必ず、あなたの弟か妹を連れて帰ってきますからね」


「はい、おかあしゃま。きっと、きっとでしゅよ」


身重のウェンディも、泣きじゃくる我が子を見ながら、涙ぐみながらも乳母のマリーに支えられて馬車へと乗り込んだ。


その後2,3日くらいデビッドは母が恋しくて、食事もとらず毎日ぐず付きだしたが、新しく雇った乳母のキャリーがとても明るい娘だったので、デビッドをかいがいしく世話をしてくれた。


おかげでデビッドも、キャリーにべったりとなって母たちのいない悲しさを忘れた。

少しずつ普段の明るさを取り戻していった。


◇ ◇



入院後、ウェンディのお腹の双子は順調のようで母体共に安定していた。

僕も王宮騎士団の勤務日は、団長の執務室から、別棟にある正教会を行ったり来たりして、必ずウェンディの顔を見るようにしていた。


だが、予定日よりも10日ほど早くウェンディの陣痛が、夜中の2時から始まったと正教会から至急、知らせがきた。


僕はもう気が気でなかった。


──こんなに早く陣痛がくるなんて……ウェンディは大丈夫だろうか?


どうしようもない不安にかられた。

出産に馴れている乳母のマリーは、ウェンディに付き添っていて屋敷にいなかったが、デビッドの乳母のキャリーがいた。


彼女は一昨年、可愛い男の子を産んだばかりだ。


「キャリー、ウェンディの陣痛が始まったそうだ。予定日より10日も早いけど大丈夫なのか?」


キャリーは僕が真っ青な顔をしているので、安心させたいのかほほ笑む。


「旦那様、落ち着いてくださいませ。早産はそんなに珍しいことではありません。私も予定より1週間早く陣痛がきましたけど、無事に出産致しました」


「そうか出産したか──」

僕はその言葉を聞いて少し安堵した。


キャリーは年はまだ20代そこそこだが、とても大柄な体型でふっくらとしていた。

見た目は僕より年上に見えるくらい、どっしりと逞しかった。


「ですが旦那様。脅かしたくはございませんが、奥様の場合、なに分にも()()でございますので、正直私にもよくわかりません。ただ過期産よりはまだいいのかと。勝手ながら2人もお腹に赤子がいたら、小さい方が産みやすいのではないでしょうか──まあ、そういっても、お産は人それぞれですよ。それでも産婦人科では王都でいちばん名医といわれているライ先生でございます。きっと奥様は玉のような赤ちゃんがお産まれなさいますよ!」


とキャリーは可愛い声で一気に早口でまくしたてた。


尚且つ、彼女のはしばみ色の大きな瞳は、ライ老人への信頼の(あかし)がみなぎっていた。


そうだ、キャリーもれっきとした子爵令嬢であり、妊娠時は正教会に通院しながらライ老人に診てもらい、無事に安産で産まれた経験がある。


「そうか、それを聞いて安心したよ。ありがとうキャリー」


僕は勇気づけられて、思わずキャリーの大きな両手を掴んで握手した。


「そんな、恐縮でございます。旦那様」


キャリーは珍しく顔を赤らめた。


ちなみにキャリーの夫は、騎士団に所属する僕の直属の部下だ。

彼もとても恰幅が良かった。


「私はこれから騎士団の勤務で王宮へ行く。今夜は業務が終わったらそのまま病院に宿泊するよ。だからデビッドのことはよろしく頼む。赤子が生まれたらすぐに屋敷に知らせるからな!」


「畏まりました、デビッド様のことは、()()()私にお任せください!」

と胸を叩くキャリー。



──ああ、こういう時はやはり乳母に限る。


男では、ただ()()()()するばかりで駄目だ。


キャリーがいてくれて本当に良かった──。


僕はほっと安堵した。




※ 次回、最終話です。(^_^)/

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