番外編 ウェンディの嘆き
※ 2025/11/9 タイトル変更及び修正済み
◇ ◇ ◇◇
この国では、理由は不明だが「双子を生んだ母親は、母子ともに死産になる」という言い伝えが昔からある。
まず双子の妊娠は滅多になかった。
たまに市井の平民の子供に双子は見かけるがそれでも特例だ。
母体と子供ども無事に生まれてくるのは、よほどの“天の加護”がない限り不可能だった。
「先生、双子って……それは間違いないのでしょうか?」
僕は声がふるえて上擦っていた。
「はい一応、私は瞑想療法で邪気の正体を見極める能力もありますが、同じように妊婦のお腹にいる赤子も見えます。それはお産にとって非常に重要な事でして、複数か1人かはシルエットで判別できるのです。ウェンディ様のお腹を瞑想をしたところ、2人の赤子のシルエットがはっきりと見えました。まちがいなく双子です」
「なんと……」
僕は絶句した。
「そんな、双子なんて……」
ウェンディは震える声を絞り出した。
「で、でも先生。双子だからって死産にならない場合だってありますでしょう。平民の子供で双子を見かけたこと、以前私は何度か見かけたことがありましたわ」
「……そうですね。必ずしも死産になると決まった訳ではありません。現にこの国にも平民ですが、双子は何組かおります。ただ──」
ライ老人の痩せた顔は少しくぐもった。
「ただ……何ですの?」
「ただでさえお産は、母体には大変な負担です。ウェンディ様は元々虚弱体質では、1人産むだけでも大変でした。さらに双子と判明した以上は命に係わる可能性が高い。申し上げにくい事ですが、私としては出産はお勧めできません」
「ライ様、お勧めできないというのは、妻に産むな……ということですか?」
僕は唸った。
「はいカール様、お辛い事ですが、ウェンディ様のお命の為には私は出産ではなく堕胎をお勧めいたします」
「そんな……先生、嫌です! 私は絶対に産みますわ!」
「………………」
僕は無言となった。
双子と言われて、母体が危ないなんて言われたら、頭が真っ白になってしまった。
なんて返事をしていいのか思い浮かばなかったのだ。
「ウェンディ様。お気持ちはわかります。だがあなた様はまだ若い。今回断念しても、また御子を授かることはできます。今回はいいかたは失礼ですが、御子を流した方がよろしいでしょう」
ライ老人は冷静に言った。
「私どもの開発した母体に優しい堕胎薬があります。過去にこの薬で安全に 堕ろした患者が何人もいらっしゃいます。その方々もいろんな諸事情で流さざるを得なかった方たちです。ですが、次に母子共に無事に赤子が生まれた方が何人もいらっしゃいます。ウェンディ様。どうか今回は諦めくださいませ」
ライ老人の声は淡々としていたが、内容はとても恐ろしい意味だった。
ウェンディのお腹に宿った小さな2つの生命。
それを無惨にも流せとな──。
それでもライ老人は、母体を心配して医師として云わねばならない、御子はまた産めるという希望の言葉を諭す温かみを感じた。
だがウェンディは納得しなかった。
「先生お願いです。どうか私が思わず頷きそうなことを仰らないで!──そんなこといわれたら先生の言う通りにしてしまいそう。でも嫌よ、せっかく宿った赤ちゃんを流すなんて絶対に嫌です!」
「ウェンディ様。私もとても心苦しい。できるなら赤ちゃんを産ませてあげたいのです。ですが貴方様の身体のリスクを考えると……医師としては承諾できかねるのです」
「ああ、ううぅ……いやですうぅ……いやあよぉ!」
その場でウェンディは嗚咽してしまう。
大きな声を押し殺すかのように、両手で顔を覆ってテーブルに突っ伏してしまった。
「ウェンディ!!」
僕は、彼女の背中を擦って優しく抱きかかえた。
「おお、カール様。ううっ……私には無理。双子だろうと、赤ちゃんを堕ろすなんて事とてもできない!」
「………………」
僕も泣きそうになって、ぐっと歯を食いしばった。
──ああ、一体どうすればいいんだ。
せっかくできたのに、まさか双子なんて……なぜだ、なぜ彼女がこんな目に合うんだ。
僕だってできるならウェンディに産ませてあげたい!
せっかく小さな命がお腹に宿ったんだ……だけど、それでもし万が一妻が亡くなったら?
僕はゾッとした。
──嫌だ。それだけは絶対に嫌だ!
それでも僕はどちらにも判断ができなかった。
◇ ◇
(カール、大丈夫だよ。)
「え?」
その時、誰かの声が聞こえた。
「? どうしました、カール様?」
「ライ先生、今“大丈夫だよ”って仰いませんでしたか?」
「いえ私は何も……」
ライ老人は不思議な表情をした。
──何だ 今、心の声が聞こえた。そう、まるで以前お墓で聞いたミケ?
(そうだよカール。あちきだよ、ミケだよ )
──あちきって……あ、ミケ?
僕は久々にミケを想い出した。




