番外編 「朝の訪れ」の演奏会
※ 2025/11/9 タイトル変更及び修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
隣国の親善パーティーが、王宮殿の大広間で開催される日がやってきた。
広間の前段にはステージが設置されて幕が閉じられていた。
親善大使の中には各国の王族も何人か来日しており、デラバイト王国からハーバート新国王の他に、レフティ侯爵も側近として同行していた。
ハーバート新国王は、愛する妹のウェンディとスミソナイトに移り住んだ、父親のリチャードに会う予定も兼ねていた。
いよいよ演奏が始まった。
バイオリンやチェロなど弦楽器のプロの演奏家が次々と流暢に演奏をしていく。
ステージの幕のすぐ傍にある小さな控えの間で、僕は彼等の音楽を聴いていた。
──さすがはプロの演奏家だ。
こんな錚々たる著名な演奏家に交じって僕はピアノを弾くのか?
それもピアノが一番最後とは?
黒の燕尾服を着た僕は緊張して、首のタイが息苦しく感じた。
先ほどから心臓がバクバクしてはちきれそうだ。
それでもこの日のために、やれることは精一杯努力した。
──カール、しっかりしろ!
準備だけは怠らずしてきただろう!
そうだ、何日も朝晩、隙間時間を見つけてはピアノの前に座って練習した。
自分の曲とノクターンやセレナーデなど、貴族の茶会でよく演奏されるスローな曲は、僕は馴れていて楽に演奏はできる。
問題は、難曲のバラードだった。
テンポの強弱があり、幅広い音域に加えて多彩な音色を必要とする。
高度なテクニックが必要とされた。
また作曲家の意図するストーリーの表現も難しかった。
僕はこのバラードを中心に日々練習に明け暮れた。
ならばバラードを演目に入れなければいい、とも思ったがプロの演奏者の中に僕が選出されたのだ。
茶会なら小品でもいいが、王室が主催した隣国の親善パーティーだ。
せめて1曲ぐらいバラードを入れたかった。
子どもの時は、これでも“神童”といわれた時期もあったのだ。
ピアノのブランクがあるとはいえ見栄っ張りなプライドが僕を動かしていた。
而して僕は子どもの時、憧れのバラード曲があった。
当時は、まだ手が小さくて鍵盤に届かない音もあり、満足に弾けなかった。
今回その曲を演奏しようと決めて猛練習をした。
今では手も大きくなり指はなんなく鍵盤に届く。
子供時代には厳しいパートもス厶ーズに弾けた。
これは嬉しい発見だった。
最後の数日間は、護衛騎士の職務で溜まっていた有給をとってピアノのレッスンに明け暮れた。
妻のウェンディも、僕の最後の一週間の練習を見て
「旦那様、鬼気迫るものがあったわ!」
と側に近寄れないくらいだと、今朝の朝食で言ってくれた。
◇ ◇
いよいよ僕の番がきた──。
ピアノの前に座るまでは酷く緊張したものの、不思議に鍵盤を奏で始めたら演奏に集中できた。
小品のノクターン、即興曲、セレナードの3曲を軽やかに弾けた。
そして猛練習した大作のバラード。
どうやら難関のバラードも出だしから好調だった。
練習通りいやそれ以上に僕の手は、この時流暢に動いてくれたようだ。
緊張はあったものの、それが却ってダイナミックな曲の迫力を感じさせてくれた。
いつしか僕自身が曲と同化したように、観客がいることも忘れて楽曲の世界に没入していた。
「ワーー! 素晴らしい!!」
最終章の演奏が終わると、貴賓席の観客たちが、その場に立ち上がって、大きな歓声と拍手が沸き起こった。
──はぁ……よかった。
どうやら演奏は成功したようだ。
大きな拍手の中、アンコールは自作の「朝の訪れ」を奏でた。
「朝の訪れ」
この曲はピアノの技術的には、簡単で初心者でも練習すれば弾ける。
覚えやすいフレーズの繰り返しと、ゆったりしたリズムから後半は軽やかなテンポに変化していく。
思うに分かりやすく美しい旋律が、一般には好まれるのだろうか。
正直「朝の訪れ」は、こうして弾いていても良い曲だと自分でも思うが、ここまで大衆に支持される曲になるとは夢にも思わなかった。
総ての演奏を終えた後、僕はすっきりした気分だった。
もう最初の緊張は消えていた。
心はやり切ったと、真っ白な気分になりながら立ちあがって深々と一礼をした。
僕が顔をあげると、貴賓席のハーバート国王の隣にいるウェンディと目があった。
ウェンディは涙ぐんでいるのか、ブルーアイズがキラキラと光って、手が割れるくらい拍手をしていた。
尚且つ「旦那様、この歓声が聞こえてますか。大成功ですわよ!」
といわんばかりのウィンクで合図してくれた。
僕はようやく妻の笑顔を見てホッとしたのか体が脱力した。




