番外編 「朝の訪れ」が大ヒット!
※ 2025/11/9 修正済
◇ ◇ ◇ ◇
しばらくすると、王都内の貴族のサロンからも場末の酒場のピアノから、この曲を演奏して聴いた人々の評判が評判を呼んだ。
僕の曲はまるで一石を水面に投じた波紋のように 拡散していき、いつしか王都中で「朝の訪れ」を弾く演奏家がとてつもなく増えた。
最初、自分の曲が街の人々たちに賞賛されてるなんて知る由もなかった。
元々僕は街中には要人の護衛以外は、滅多に出かけないからだ。
だが、たまたま久々の休みにウェンディの夜会ドレスを作る為に、僕は購入したい本があって2人で街に繰り出した時があった。
昼間、僕はお目当ての本を買って王都に来ると行きつけのカフェで、購入した本を読みながらウェンディを待っていた。
彼女は貴族専門のオートクチュール店で、ドレスの仮縫い中だった。
仮縫いはけっこう時間がかかる。
そろそろ彼女との約束の時間になるなと、時計を見ながら購入した歴史書を読んでいた。
突然、店内でピアノの演奏がゆったりと始まった。
──うん、なんだか出だしは僕と似た曲だなぁ……と他人事のように聴いていたら、となりの席の若いカップルが話し始めた。
「やった、ここでも『朝の訪れ』弾いてくれたわ!」
「良かったな。リクエストしたかいがあって」
「ええ、今この曲は私の妹の通っている音楽サロンでも大流行なのよ」
「へえ、たしかに朝のイメージを感じるとても美しい曲だね」
──ええ、ちょっと待て! 「朝の訪れ」って僕の曲じゃないか!
音楽サロンで大流行って……本当か?
僕は真っ青になった。
店で自分の曲が演奏されているだけで、恥ずかしさでいたたまれなくなり読んでいた本を顔に近づけた。
「旦那様、ごめんなさい遅れちゃって!」
その時、ウェンディの良く通る声で呼ばれた。
「いや、大丈夫だよ」
僕はホッとして本を閉じて彼女に微笑した。
ウェンディは座るやいなや
「ねえ、このピアノの演奏、旦那様の曲よね?」
(うあああ、駄目だよ、ウェンディ、今それをいっちゃったら!?)
僕は、慌ててウェンディの口をふさぎたくなった。
「旦那様、どうしたの?」
ウェンディは様子が変な僕を訝しがった。
僕は横目で隣の席のカップルをチラリと見た。
2人は会話を中断して僕の顔をポカーンと凝視している。
──うあぁ、いたたまれない!
「ウェンディ、場所を変えよう!」
僕はそそくさと席を立ち、山高帽子を深く被りさっさと会計を済ませて外に出た。
「あ、まって旦那様~!」
外に出たらでたで広場まで歩くと何やら人だかりができていた。
覗くと軽業師とアコーディオン弾きの余興だった。
「それでは弾き語りタイムです。お客様のリクエストにお応えします」
「はい、『朝の訪れ』がいいわ!」
「私も『朝の訪れ』」
「はいよ、では『朝の訪れ』を弾くよ~!」
ここでも僕の曲を奏でていた。
──うわぁあ、大変だ!
僕は、突然の変化にとてもついていけず、そのままウェンディと食事もとらずに屋敷へ帰宅した。
◇ ◇
「朝の訪れ」はたちまちにしてポピュラーソングみたいに王都中に拡まっていった。
しまいには王室までこの曲の噂が届いたのか、ライナス殿下とアメリア妃から、王宮に呼び出されて、来週隣国との親善パーティを開催する時に、ピアノ演奏をするようにと命じられた。
「お言葉ですがライナス殿下。私はプロの演奏家ではありませんし、ピアノもブランクがありますのでとても無理です」
と最初、僕は丁寧だが頑なに断った。
「何言ってるんだ。今、王都ではお前が作曲した『朝の訪れ』が流行してるんだ。街中では幼児ですら口ずさんでると聞く」
──ひええ〜、子供までって……そこまで浸透してるの?
ライナス殿下は更に続ける。
「そもそも王族の護衛騎士団が作った作曲なんて、それだけでも話題性抜群だ、インパクト大なのだ!いいか、良く聞け。お前の曲のおかげで、王室の名声に一役買えるにはもってこいなんだぞ!──ここで異国の親善大使たちに、お前が颯爽と自曲のピアノを弾けばさらなる話題になるのだ。『おお、スミソナイト王室の護衛騎士は芸術面でも秀でてる、何たる王国だ〜ファンタスティック!』とな。はははは、どうだ素晴らしいだろう!」
と、早口でまくしたてた。
──ええ、王室の名声って、貴方様はなんつう重荷を僕に課すんですか!
もしも、万一観衆の前で、ピアノをミスったら僕はどうなる?
まさか殿下は護衛騎士をクビにするかも?
僕は頭の中が火山のように爆発寸前に、プスプスなってどうにかなりそうだった。
「まあ、ライナスったら、無骨なカールをからかったら駄目よ」
と呆れたようにアメリア妃が口を挟んだ。
「カールも気楽に受ければいいのよ 親善パーティーなんて単なる余興に過ぎないわ。それにウェンディも王室の一員として来賓客として来るし、大喜びするわよ。ね、新妻の為にも楽しく弾いておあげなさいな──それに義父のリチャード様と、義兄のハーバート殿下もいらっしゃるし、ウェンディの夫として妻の王族に媚を売るチャンスでもあるわよ」
「媚びとかチャンスって……アメリア様まで……」
思わず僕はこの王太子夫妻の、とても王族とは思えぬ下世話な物言いに、呆けて本音を口にしてしまう。
「さすが我が妻、アメリアは良い事をいう!」
「オホホ、ライナスったら煽てても何もでないわよ!」
とアメリア妃はまんざらでもないと、嬉しそうに孔雀の扇でパタパタと仰ぐ。
「分かりましたよ、演奏致します。殿下の命令は臣下には絶対ですから。その代わり何度も言いますが、私は長年のブランクがあります。大ミスしてもご了承願います!」
と、僕はしぶしぶ承諾した。
「そうそう、お前はそれでいいんだよ!」
「そうよ、貴方はそれで良いのよ!」
夫妻は同時に、楽し気に笑った。
うっ……僕は、半ばライナス王太子夫妻にからかわれてるだけなのか?
結局、僕はいいくるめられて演奏に参加するハメになった。




