番外編 懐かしい過去世のピアノ曲
※ 2025/11/9 挿入及び修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
屋敷にピアノが届いた日、僕は早速王都の優秀なピアノ職人に頼み修理を急いでしてもらった。
修理後、僕は家にピアノがあるのが嬉しくてたまらなかった。
昔のように夕食後や休日には毎日ピアノを弾くようになった。
学生時代までは音楽の授業も取っていたので、ほぼ毎日弾いていたが護衛騎士に従事してからは、滅多に弾かなくなり、20歳過ぎて子爵邸に引っ越後は一切弾かなくなってしまった。
久しぶりに鍵盤を叩いたが、指が回らなくて昔のようにはなかなか弾けなかった。
それでも何日か真剣に練習していくとそれなりに弾けるようになった。
昔の僕が作曲した楽譜も実家から持ちだしていたので、懐かしくなって楽譜通りに弾いてみた。
その曲を最も喜んだのは妻のウェンディだった。
彼女も王女教育の一環として、そこそこピアノを弾けたので2人で連弾などをして楽しんだ。
──ああ、なんて楽しいんだろう。
妻が音楽に精通している人で良かった。
ウェンディが一番喜んだのは僕にある曲を弾いてもらう事だった。
休みの日になると決まってウェンディは強請った。
「旦那様、またあの曲を弾いてくださいな」
「ああ、いいよ。」
僕は妻のリクエストに応えてピアノの前に座り、ゆっくりと弾きはじめる。
曲の表題は「朝の訪れ」だ──。
この曲は子どもの頃、僕が母と連弾した思い出の曲だった。
生前、母が僕にいってくれた素敵な魔法の言葉を思い出す。
「カールはとっても優しい曲を創るのね、それはとても素敵な才能よ」と褒めてくれた。
そう『朝の訪れ』の曲ができたのは、爽やかな風が吹く早朝、実家の庭に母が佇んでいた情景をイメージに、僕が母の為に作ったのだ。
ゆったりとした曲調から徐々に軽やかなワルツのような旋律に、リズミカルに切り替わっていく。
朝の爽やかな風が流麗に感じる曲だった。
僕はとても優美で爽やかな曲が作れたなと、子ども心にも満足したものだ。
そして初めてウェンディにこの曲を弾いて聴かせた時に、ウェンディがびっくりした!
「旦那様、この曲、知っていますわ!」
「え、何故だい?」
「だってこの曲『モー3』の最初のアルバムに入ってた曲ですもの!」
「!? そうだったっけ?」
僕はびっくりした。
「はい、過去世だった私(風子)の一番好きな曲でした、風子の時、カレン様が作ったシングルのデビュー曲と、この『朝の訪れ』が一番お気に入りでしたの。もうCDが飛ぶくらい、家で何度も聴きましたわ。学園の行き帰りですらも“ウォーキングマン”で常にアルバム曲を聴いていました!」
ウェンディは過去を夢見るように、興奮してるのか少し普段よりキーが高くなっていた。
「ウォーキングマン、CDか……懐かしい名だ。あの異世界にはそんな便利な音楽機械があったな……僕はすっかり忘れていたよ」
「無理ありませんわよ。あの時の記憶を思いだしたと旦那様は仰ってましたけど、たしか断片的なのでしょう──それもカレン様の芸名で活躍した時代だけだといってましたわね。『モー3』のカレン様はデビューして活動期間はほんの2年弱ぐらいでしたもの」
ウェンディはしみじみと言った。
「でも不思議ですわ。過去世の記憶がなくても、この世界で同じメロディを旦那様が覚えてたなんて!」
「本当だ。ウェンディ、まさに君のいう通りだ!」
──確かにそうだ。
僕は全てではないが「モー3」時代のカレンといわれた頃の記憶は思い出した。
だがそれもウェンディと出会ってからだ。
子供時代は自分の前世なんて知る由もない。
少年の頃、僕は無意識でこの曲を作っていたのだ。
無意識の中に過去世のカレンの作った曲の記憶があるなんて……
──不思議だ。
まるで“カレンと僕が同一人物”であると証明するように、時空を超えて過去と現代が“音楽”で繋がっていたような感覚に陥った。
そして僕ははっきりと思い出した──。
僕が母のために創り上げたこの曲は、前世で「モーニング3」の1stアルバムに収録してあるラストの曲だった。題名も同じ『早朝の訪れ』だった。
確かこの曲もファンの中では評判が良かったんだよな。
僕は記憶が蘇って自分の両手を開いて五本の指を眺めた。
何だかとても嬉しくなって再びピアノを弾いた。
「ウェンディ、この曲の標題はそのまま『朝の訪れ』にしよう!」
「ええ、大賛成ですわ!」
ウェンディも風子時代の記憶を呼応するかのように嬉しそうに微笑した。
◇ ◇
その後「朝の訪れ」の曲は、王都の街中のカフェやサロンでもよく聴くようになった。
なぜそうなったかというと、屋敷で親戚や知人を招いた茶会の余興で「朝の訪れ」を僕が弾いた時、叔母の客人に称賛された。
その中にひとり、音楽愛好家で王都でも著名な貴婦人が僕に依頼をしてきた。
「カール伯爵、この曲はご自分で作曲なさったとか。わたくしとても気に入りましたわ。どうか楽譜にして頂き、我が家のサロンで弾いて頂きたい。勿論十分なお礼は致しますわ」
「いいえマダム、滅相もない。お礼などいりませんよ。僕の拙作でよろしければ、後で楽譜にして贈呈いたしましょう」
「まあ、嬉しい!──けれど伯爵。貴方はこの曲で、きっと著名な作曲家の仲間入りをなさいますわよ」
「ははは、ご冗談をマダム。それでもそこまで自曲を気に入ってくださって、とてもありがたく存じます」
と僕は丁寧に一礼した。
だがその貴婦人の予言は見事にこの後、当たるのだった。




