どうかウェンディと呼んで!
※ 2025/11/7 挿入&修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
「カール様聞いて下さいませ、父上ったら最近この国の王都近郊の別荘を購入しましたのよ!」
ダージリンティーを飲みながらウェンディ姫は少し捻くれて言った。
「何でも蟄居してからは私に逢いに来たいからなんですって!まるでなんだか退位された理由は、単にこの国に住む私に逢いたいだけの口実かもしれませんわね」
僕はウェンディの王室では滅多に見れない子供っぽいふくれた顔が、とっても愛らしいなと微笑した。
「まあ、それだけお義父上はウエンディ姫が心配なんでしょう」
「でもいい加減、お父様にも子離れしてほしいものですわ」
──いやいや、あれだけ姫を溺愛しているなら無理でしょうよ。
「それにしてもデラバイト前国王は、全てに対して行動力のある方だな。僕のように優柔不断な人間には羨ましい。若い頃も非常にモテたというのもわかりますよ」
「ええ、不思議ですけど事実なんですよ。父上は背も低く小太りと見栄えはしないのに、外見などとんと気にしないのです。母に対しても躊躇せず、一目惚れした途端アタックのみだったらしいですわ。それで母もとうとう根負けしたとか……」
「へえ……それは凄いですね……」
僕は目を丸くしてダージリンティーを一口飲んだ。
──そうなんだ。やはり男が淑女にモテるのは、ぐいぐい引っ張っていくリーダーシップの男性なんだろう。
「ねえ、カール様」
「はい?」
「明日からこの新居で、あなた様と住むにあたって1つお願いがありますわ」
ウェンディ姫は真剣な表情で僕を見つめた。
僕はあらためって言う姫の表情を見て少し畏まった。
「何でしょうか、ウェンディ姫?」
「カール様、その言葉遣いですわ!」
「へ?」
「私はもう貴方様の妻になるのですから『姫』と呼ぶのは止めて欲しいのです」
「ブッ!!」
僕は姫の剣幕に驚いて、飲んでいたダージリンティを思わず吹き出した。
慌てて口をハンカチで拭きながら
「……ああ失敬。そうですね、ではどうお呼びしたらいいのかな……」
「ただの “ウェンディ“でいいですわ!」
「あ、わかりました。明日までいえるように練習しておきます」
「明日ではダメです、今すぐウェンディっておっしゃって!」
ウェンディ姫がじぃ~と僕を凝視する。その眼力の凄い事といったら──
──うわぁ、これは僕が名ざしで呼ぶまで目を逸らさなそうだ。
「ウ、ウェンディ……」
僕は真っ赤になりながらも姫の名を呼んだ。
「まあ、カール様ったら、ウフフたどたどしい……でもいいです、今日はこれで許しますわ」
ウェンディ姫はにこやかな笑顔に変わった。
僕はちょっと面食らったが、こんなあけすけなウェンディ姫も、とても可愛いなと苦笑した。
◇ ◇
いつしか、ティータイムの時間はあっという間に過ぎた。
気付けば東の空にうっすらと白い満月が顔をだした。
もう夕食の時間ではないか──。
「あ、思った以上に長居してしまいました。そろそろ帰らないと……」
「あら本当。こんな暗くなってしまったのね。私たちすっかりお話に夢中になってしまいましたわ」
「ええ、とても楽しかったです」
僕とウェンディ姫は婚前最後の日ということもあり、少し名残惜しかったが、手を組ながら連れ立った歩いた。
婚約してから僕たちは常に手を繋ぐようになった。
勿論、ウエンディから強請られたものだ。
テラス席を離れて渡り廊下を通り、客用食堂から入口のコンサバトリーへと向かう。
ふと気づけば、後ろを歩いていた乳母のマリーさんと僕の執事の他、誰もいなかった。
──ん? 変だな、さきほどまでマリーさんたちがいたんだけど、誰も見送りにこないなんて。
僕は少し気になったが直ぐに忘れた。
明日は早い、このまま子爵邸に戻って直接、結婚式会場の教会へ行こうと考えていた。
正直、僕は独身最後の日に、こうしてウェンディ姫と一緒に過ごせた事に安堵もしていた。
なぜなら、これだけラブラブなのにもう1人の心の僕は、常に過去のトラウマに怯えていたからだ。
この1週間くらいあいつはふと、突然嫌らしく囁いてくるんだ。
( おい、カール。ウェンディ姫はとても楽しそうだが、明日になれば、姫も結婚式には来ないかもしれないぜ!)
ほら、また僕の脳裏にあの悪魔の声が囁きだした──。
※ 次回最終回です。(*^。^*)




