2人の新居
※ 2025/11/7 タイトル変更&修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
晩餐会後の襲撃事件から翌年の初夏。
季節は6月。
ジューン・ブライドの季節だ。
「6月に結婚式をあげると夫婦は、生涯幸せな結婚生活を送れる」とこの国では有名で6月は結婚式のシーズンであった。
晴れて明日は僕とウェンディ姫の結婚式が執り行われる。
結婚式は、スミソナイト王都の大聖堂教会で行う。
僕はウェンディ姫が帰国した後、王宮騎士団の第一部隊団長に昇進した。
そうなると独身ならいざ知らず、現在の子爵邸では手狭で所帯で済める家ではない。祖父たちが住むマンスフィールド伯爵本邸だと、王都から離れた地方にあり僕がまだ爵位を継いでいない。
よってこたび王室から頂いた王族の領地にある、前伯爵家を大幅に改修してもらった。
伯爵領地は王都近辺にあり、伯爵家から王宮や教会まで馬車で30分くらいで、交通の便が良かった。
既に僕の荷物は工事が完了した2週間前に運ばせた。
ウェンディ姫の嫁入り道具などは既に運びこまれて、姫も自身で室内の飾り付けを行いたいといい、数日前から住んでいる。
乳母のマリーと専属メイドのアンナも一緒に付いてきた。
今日は僕とウェンディ姫は、明日の教会の結婚式のリハーサルも午前中に終えて新居に足を運んだ。
屋根裏部屋付3階建の白亜の豪邸だ。
王族の伯爵邸は旧式ながら大邸宅だった。
花壇と木立に囲まれた広大な庭にはサンルームもある。
1階は舞踏会もできる大広間とコンサバトリー、奥にはこじんまりした家族専用食堂、居間、客用大食堂があり、そこから庭のサンルームまで渡り廊下で歩いて行けた。
その他に厨房、洗濯室、家令たちの部屋が数室。
地下室もあり食糧倉庫や物置、家令の休憩室などがあった。
2階は、夫婦の寝室と僕とウェンディ姫の部屋とドレスルーム、客間の部屋が4つ。
その他乳母のマリーとアンナの部屋と執事の部屋だ。
夫婦の寝室と両隣はそれぞれ僕の書斎兼執務室と、ウェンディ姫の部屋となっていた。
僕はウェンディ姫に案内されて夫婦の寝室の天蓋ベッドを見て赤面してしまった。
真紅のビロードの天蓋ベッドで特大のキングサイズだった。
なんとハーバート様からの結婚プレゼントだという。
「お兄様ったら『2人が飛び跳ねても壊れないベッドだ。ハネムーンベイビーを期待してるよ!』なんていいますのよ」
ウェンディ姫があっけらかんと笑いながらいう。
「あ、あははは……ハーバート様は国王になっても相変わらず、ジョークがお好きな御方ですね」
僕は笑ってはいたが、内心心臓の鼓動がドキドキして赤面した。
ちなみに僕は女性経験がない──。
なにせ3度もフィアンセに駆け落ちされた駄目男である。
それ以来女性不信に陥っていた。
なので職務以外で令嬢たちと話をするのはウェンディ姫だけだ。
ひと通り新居を見廻った僕達は、庭のテラスでティータイムを楽しんだ。
僕たちは、これまでの怒涛の1年のことをいろいろと語り合った。
◇ ◇
一年前のウェンディ姫は事件後、一旦デラバイト王国に帰国をした。
その後、僕のケガが完治し実家の伯爵家とデラバイト王室との間で2人の婚約が決まった。
僕達が心配していたリチャード国王は僕らの婚約を反対しなかった。
国王がすんなり承知したのは、僕が2度もウェンディ姫を助けたことも大きい。
一度、ライナス王太子が新国王になったハーバート様の戴冠式に参列するため、僕も王太子の護衛騎士としてデラバイト王国へ赴いた。
その折にリチャードから何度も何度も、姫を助けた県のお礼を何度もされて恐縮したほどだ。
リチャード国王は王妃の暴挙に相当ショックだったようだ。
而して国王は一つの重い決断を処する。
自ら王位を退いた──。
その理由は、王妃が2度もウェンディ姫の暗殺未遂事件を起こした事だ。
続く王妃の自死もあり、デラバイト王宮内は騒然となった。
リチャード国王は王妃と共にウェンディ姫を暗殺未遂した彼女の親族を一斉に粛清した後、自らの退位も退いた。
当初、王侯貴族や王室の参謀たちは、こぞってリチャード国王の退位に大反対したが彼の意思は固かった。
リチャードがいうには
「何れの理由にせよ、王妃が王女を2度も殺める大罪を犯した責任は、夫である私の責任でもある。私の罪は多大にあった」と。
その後、リチャードは酷く疲弊した顔で忠臣たちに伝えた。
「亡き妻の忘れ形見のウェンディ姫ばかりを可愛がり、王妃と娘をないがしろにしたのは私の罰じゃ──よって自らも諌めねばならぬ。この度、王座から退いて息子のハーバート王太子へ王位を継承し、地方へ蟄居する」と。
ウェンディ姫の兄のハーバート王太子も、最初は父王の退位を断固反対したが、彼の意思が堅固と諦め最終的には折れた。
そして去年の秋、デラバイト王国では盛大に新国王の戴冠式が行われ、晴れてハーバート王太子は、新国王となった。
前国王と共に職を辞した大臣や参謀たちが退去し、新たな国王のハーバートの元で、新体制の王室政治が始動した。その参謀の中には、レフティ伯爵もいた。
彼も去年同じ時期にラインハルト侯爵家の爵位を継ぎ、レフティ侯爵となった。
その後の話だが、レフティ侯爵は父親と同じ宰相となる。
彼は生涯結婚はせずに、侯爵家の跡継ぎも兄弟の子を養子にした。
レフティ侯爵は死ぬまで、ハーバート国王の参謀として寄り添った。
この時はまだレフティ様の未来は知らなかったが、僕とウェンディ姫は思った。
「レフティ様は前世で自身がジンと分かってたはいたが、ハーバートお兄様は過去の記憶がないようでしたわ」
「そうか、それならレフティ様はハーバート様への思慕は永遠に心に秘めているんだろうね」
「ええ、それにお兄様には王太子時代から、正妃と御子が1人おりました。お兄様は幾つも若い令嬢との恋の噂はあったけど、男性との噂は聞いたことがないもの」
ウェンディ姫も神妙な面持ちで頷いた。
僕は押し黙った。
──そうか。やはり2人の関係は、今世もレフティ様だけの片思いだったか。
ハーバート様は過去を知らない。レフティ様は前世の関係など口が裂けてもいえないだろう。
ましてや異世界は封建社会だ。
同性同士の恋愛など国王となったハーバート様の、スキャンダルとなりかねない。
忠実なるレフティ様だもの。
ハーバート様の思慕を己の胸だけに秘めるだろう。
そう、僕とウェンディはレフティ侯爵が男色だという秘密を知っていた。
とはいえ、あくまでもこれは僕の臆測だ。
レフティ様の過去世の“ジン”がハーバート王子、つまり“ライト”を好きだったという事実を知っているだけだ。
レフティ様が未だに男色かどうかは分からない。
実際、ハーバート様は王太子時代に1人、国王になってからも2人の子を成した。
また側妃2人にもそれぞれ1人ずつ子がいた。
どちらかというと女性にだらしない御方だ。
あの美貌で王太子だったのだ令嬢たちが放っては置かないのだろう。
僕はそう結論付けた。
結局、僕とウェンディ姫の解釈は、レフティ様は過去世を知っていても、この世界ではプラトニック・ラブに徹するだろうと結論づけた。
そう思うと僕は、この時代に転生してきたレフティ様が少し気の毒に思った。




