今、ようやく僕は……
※ 2025/11/6 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
殿下の手紙によればあの晩餐の夜、姫を襲った王妃の手の者は数人いたそうだ。
あの後、護衛騎士団が彼等を捕獲して、全員王妃とその親族の手の者だと自白させた。
牢屋に入れて翌日最終尋問後、直ぐに殺処分されたという。
前回は未遂だったので命だけは助けたが今回は二度目ということ、護衛騎士である僕が重症を負ったこともあり、彼等に恩情はしなかった。
王妃が毒薬で自ら自死したあと、半狂乱になっている異母妹のエミリーもそのまま修道院へ送ったらしい。
いたましい騒動だったが、デラバイト国王の怒りは強烈だったそうだ。
デラバイト国王は、僕が一命を取り留めたと知った後、直ぐに帰国した。
愛してやまない娘を一度ならず、二度も危険な目にあわせた王妃の親族を一斉に粛清すると決めたそうだ。
◇ ◇
怪我を負って3週間が経過して、ようやく僕はウェンディ姫と再会ができた。
ライナス王太子夫妻も一緒にお見えになってたらしいが、まずは2人だけでということで、ウェンディ姫だけが病室へ入ってきた。
姫はカスミ草の花束を持っていたが、僕の顔を見るや否や両手で口を塞いで花束を落としてしまう。
その場で直立したまま、ぽろぽろと涙を流した。
暫しお互い見つめ合うだけで、なぜか言葉が出なかった。
彼女の碧い瞳と僕のブラウンの瞳が、お互いを見守りながら、今までとは違う、不思議な感覚を感じ合っていた。
ミケではないが目と目が合うだけで、なんだか心の声が聞こえてくるような気がした。
( カール様、もしやカレン様の記憶を……?)
( ええ、ウエンディ姫も風子嬢の記憶を……?)
( はい、そうですわ)
( やはり……実は僕もです)
僕はベッドから上体を起こして、姫に向かって頷いた。
ウェンディ姫が泣きじゃくりながら静かに近づいてきた。
そのまま、僕のベッドに突っ伏した。
「ううっ、うう、カール様、カール様、良かった~本当に生きていてくださってありがとうございます、私のせいで本当にごめんなさい!」
彼女は思いっきり泣いた。か細い肩がひどく震えていた。
僕はさらに上体を起こして、ウェンディ姫の乱れた黄金の髪をゆっくりと撫でた。
「ウェンディ姫、そんなに泣かないでください、ほら、顔をあげて」
ウェンディ姫が顔をあげると、涙で瞼のまわりの化粧が落ちかかっていた。
僕はくすっと笑って、彼女のブルーアイズから流れ落ちていく雫を拭ってあげた。
「僕は大丈夫、絶対にあなたを置いて二度も死なないから安心して!」
「おおカール様、私、あなたが死んでしまったらどうしようかと何日もずっと祈っておりましたの」
ウェンディ姫は、泣きながらも僕の手を取って自分の頬にあてた。
「もしも、またカール様が亡くなって、他の世界に生まれ変るのなら『私もあなたの後を追って同じ異世界へ行かせてください!』と必死に祈りましたわ!」
「ウェンディ……」
「何度も何度もね。私は自分でいうのもなんですが、相当しつこい女なのです。どうしようもないくらいカール様をお慕いしているの──だからあなたのいない世界なんて生きていたくない、ええ私は幾度となく貴方のいる世界に生まれ変らせてって! 神様に祈りましたわ。もう食事もとらずに私は必死でしたのよ!」
怒涛のようにまくしたてるウェンディ姫。
僕は、目を丸くしてウェンディ姫のアイシャドーのとれた、青狸みたいな目元を凝視していたが、どうにも我慢できず。
「ぷーっ、あははははは!!」と大笑いしてしまった。
ウェンディ妃は最初ポカーンとしていたが、僕のバカ笑いがなかなか収まらなかったせいで
「まあ、カール様ったら、こんな時に笑うなんて酷いわ!」
と今度は顔を真っ赤にしてぷんぷんと怒り出した。
「ははは、ゴメンなさい。だって姫の顔が涙で化粧がぐちゃぐちゃで、その顔で必死に喋ってるし……それがとても可愛過ぎる。あはは……なんだか可笑しくて……」
「酷いですわ~、私の顔そんなに化粧が取れてぐちゃぐちゃですの?」
ウェンディは泣きやめて、両手で自分の目元をあちこち触りだした。
「ああ、駄目ですよ。僕が拭いてあげますから、もっと顔を近づけて下さい、」
僕はベッドの側にあったタオルを水で濡らして、ウェンディ姫の泣きはらした眼の辺りをゆっくりと拭いてあげた。
ウェンディ姫は目を瞑っているが、口元はまだへの字になっていた。
まだ僕が笑ったのを怒っているみたい。
「ふふ、さきほどの告白、本当は大変うれしかったですけど。どうかもう一度、生まれかわるなんて哀しいことを仰らないでください」
「カール様……」
ウェンディ姫は目をあけて真っ直ぐに僕を見つめた。
「今、僕とあなたはこうして、このスミソナイト王国で共に生きている。僕はあなたを守れて本当に誇らしかったんだ。もしもですよ、あなたがあの日、毒刃で刺されていたと思ったらゾッとします。姫がこんな猛毒で苦しんでいたらと思うと、僕のこの苦しみなんかたいしたことじゃない、だから僕はもう大丈夫ですよ──」
僕はウェンディをそっと引き寄せておでこにチュッと軽いキスをした。
「どうか安心してください。これからもずっと永遠に僕はあなたを守っていきます!」
「え、それでは……カール様」
「はい風子嬢、いえウェンディ姫。どうか僕と結婚してください!」
ウェンディ姫は目をパチパチさせて暫し無言だったが──
「カール様……本当ね。もう二度と前みたいに、断ったら許しませんわ」
「ええ、デラバイト国王様が反対なさったとしても、僕はあなたと結婚する。万が一、ううん、万が一反対されたらそうなったら致し方ない──そうだなぁ、2人で異国へ駆け落ちしちゃいましょう!」
珍しく僕は子供のように大きく目を見開いて茶化すように言った。
「おお、カール様!」
とたんにウェンディ姫のブルーアイズがキラキラと煌めきだした。
「ぐずぐずしてた僕をどうか許して下さい、ようやくようやく決心がつきました。ウェンディ姫 僕は生涯あなたの護衛騎士として、生涯夫としてあなたを守らせてください!」
「ええ、ええ……そうですわ。カール様、ありがとう! 私たちの結婚はお父様だろうと誰だろうと、もう誰にも止められませんわ!」
僕はウェンティ姫の頬にそっと手を当てた。
ウェンディ姫は長い睫毛にふちどられた碧い瞳を静かに閉じた。
僕たちは、熱い口づけを交わした。
開け放たれていた窓から6月の初夏を思わせる爽やかな風が、治療室を吹きぬけていった。
「にゃ~ん……」
僕はキスの最中に、微かにミケの鳴き声が聞こえたような気がした。




