突然の襲撃
※ 後半、少々暴力的な表現があります。
※ 2025/11/4 挿入及び修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
「え、いまなんて仰ったの?」
ウェンディ姫は驚いた。
「本当に申し訳ありません、僕は姫とは結婚できません」
僕はウェンディ姫に深く一礼した。
「そんな……お顔を上げて下さいカール様、どうして?」
ウェンディ姫の顔がみるみるうちに青褪めていく。
僕は静かに顔を上げて息も絶え絶えのような声で言った。
「姫、僕は……僕は怖いのです!」
「何を怖いと……?」
ウェンディ姫が僕の側にきて不安げな表情で僕を覗き込んだ。
僕は目を瞑った。そして──。
「姫が……いつか僕から離れていくことがです!」
「え、何を仰っしゃってるか分かりませんわ!」
「あなたもご存じだが、僕は過去に3人の令嬢たちに婚約を解消されました。その事がどうしても、何年も僕の心を真っ暗な闇に突き落とされるのです!」
僕は身体中身震いして顔を両手で覆った。
「カール様……そんな……それはミケの呪いだったのでしょう。それも私と貴方が添い遂げるために、ミケがあえて駆け落ちを仕組んだ事ですわ」
「ええ、理屈ではわかっています。ミケは過去の僕、いやカレンとフウコ嬢を今世で添い遂げる為にした呪だという事も」
「ならば何も問題ないでしょう──ミケは私たちの味方です。第一、私があなたを捨てるなどありえませんわ」
「そうですよね、そうなんですけど──」
僕は目を開けて、ウェンディ姫を見つめた。
それでも顔は青褪めていて唇を歪ませた。
ああ、これはなんだろう?
喉元からこみあげてくる様な──この、とても辛い息苦しさは。
僕を見つめるウェンディ姫の顔も真っ青だった。
「カール様、一体どうしたのです? 何故そんな哀しいお顔をなさってるの?」
「すまない、ウェンディ姫。理屈ではわかっているが、僕はどうしても女性を信じられないのです!」
「カール様……」
「ウェンディ姫、いつかあなたも、あの令嬢たちと一緒で、婚約しても、また僕から離れていくかもしれない! そう思うと僕はたまらなく未来が怖い!」
「そんな、そんなことは絶対に私は致しませんわ!」
ウェンディ姫は僕の両腕を取った。
「ウェンディ姫……」
僕は彼女の青白い月光に映るブルーアイズを見つめた。
──ああ、わかってる。わかってるんだ。
これは僕の弱さなのだと……
だが、それでも僕は怖いんだ!
僕は怖い、場違いの王族の姫を貰うことも!
ウェンディ姫がまた過去の令嬢たちのように、突然離れていくという不安が、どうしても脳裏から拭いきれない!
僕は、その場で目を固く瞑ってしまった。
◇
(そうか……ごめんよカール、あちきは君をとても苦しめたんだね )
──え? 誰?
(カール、あちきですよ。ミケだよ)
想わず僕は、ミケの声で眼を開けた。
向こうから歩いてくる青白い炎のような、ミケネコが僕をじっと見つめていた。
──ミケ?
「にゃぁ……にゃぁ……」
「まあ、ミケったらお外に出てきちゃったの?」
ウェンディ姫もミケに気が付いた。
ミケはトボトボと歩いてきて立ち止まり、僕の足元で甘えるようにすりすりした。
(カール、大丈夫だよ。あちきはもうすぐ消えるから、君のトラウマを植え付けてしまったのはあちきのせいだ。本当に悪かったね。その報いを、僕は受けるからね)
「え、ミケ、報いって……どういう事?」
と、思わず僕はミケに話しかけた。
「カール様、どうしましたの?」
どうやらウェンディにはミケの心の声が聞こえていないようだ。
ミケが呼応するかのように「ニャー!」と大きな声で鳴いた瞬間!
ザワザワザワザワ……
ザワザワザワ……
突然、風もないのに木立のざわめく音がして、その陰から人間の気配を僕は感じた。
「!?」
同時に庭園から矢のような星型の投武器がシュルシュル……と音を立てて飛んできた!
「姫、危な!!」
僕は咄嗟にショートソード(小剣)を瞬時に抜いて、跳んできた投武器を2個、3個と撃ち落とした。
だが遅れて1つがウェンディ姫を目がけて飛んできた。
──不味い、このままでは姫に突き刺さる!
僕はとっさにウェンディ姫を庇って背を向けた。
星形の投武器はぐさりと僕の背中に突き刺さった。
「うっ!」
「カール様!!」
ウェンディが僕の背中を見て、僕の身体から離れた。
同時に空中に星形の投武器が勢いよく、彼女の頭上に跳んできた。
──不味い、姫に刺さる!
そう思った刹那、ミケが突然身体を張ってその投武器に向かって跳んだ!
「ぎゃぁああ──!!」
ミケの悲鳴の絶叫と共に、ミケの胴体が真っ赤な血しぶきをあげて空を舞った!
ミケは地上にパサリと落ちた。
「キャー、ミケ!」
ウェンディ姫の絶叫が聞こえた!
「なんだ、なんだ、どうしました!」
渡り廊下の奥に待機していた護衛騎士たち数人が、悲鳴を聞いて一斉に走ってきた!
「あ、カール騎士団!」
「ウェンディ姫様!」
「うっ、曲者だ、気をつけろ!」
僕は騎士たちに怒鳴った!
「奴は投げ物を放ってくるぞ、まだ庭園にいる! 姫を姫を守れ!!」
「「はい、畏まりました!」」
「者共であええええー、曲者が侵入したぞ!」
ピューッと口笛を鳴らす護衛騎士たち。ガーン、ガーンとドラを叩く者もいる!
「曲者だ、全員、ウェンディ姫を守れ!」
廊下から大勢の護衛騎士たちが集まってきた。
そうだ、それでいい。
僕はホッとした途端、体から麻痺を感じた。
──何だ?……たいして刺さってないのに背中が痺れ……
あ、さては投器具に毒が塗られていたのか!
「うっ……」
僕は起き上がれず、視界が廻った。
「カール様!!」
ウェンディ姫が血だらけのミケを抱きながら、泣きじゃくった顔で僕を見た。
「大丈夫……です。大したことはない、だいじょう……」
僕は朦朧としてその場で意識を失った。




