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なんども駆け落ちされた伯爵子息カールの行く末は……  作者: 星野 満


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カールの揺れる想い

※ 2025/11/4 修正済み

◇ ◇ ◇ ◇



「カール伯爵、君はウェンディを幸せにできると私に誓えるかね?」


デラバイト国王の穏やかだが剣のある表情が真っ直ぐに僕を凝視した。



「あ、あの……もちろん私はウェンディ姫をお慕いしております。姫のような御方を常に護衛できるのはこの上ない栄誉であります。我が命賭けてもウェンディ姫の命は守る所存でございます」


「それは護衛騎士ならば当然の責務じゃが、私がそちに聞いてるのはウェンディと結婚して、我が国へ来て結婚するということじゃ。つまりマンスフィールド伯爵家の爵位等、全てを投げ捨てても一生幸せにできる覚悟はあるのかを聞いているのじゃ」


「全てを投げ捨てても幸せにできる覚悟……ですか?」


「そうじゃ……」


「それは、もちろん全てを投げ捨てて……」


あ、その瞬間だった───


僕はその後の言葉を、続けることができなかった。



僕は自身で問うた。



──え、全てを投げ捨てるとは……どういう意味だ?


無論、伯爵の地位も名誉や家族を捨ててという意味はわかる。


だがそれは何もかも捨てて、いざという時は2人で駆け落ちも辞さないということか?


そうだ、昔デラバイト国王自身が姫の亡き母上、アクアリネ姫を(さら)ったように?



──いや、それは僕にはできない。


僕は駆け落ちしてまでウェンディ姫を欲しようとは思えない。

駆け落ちは僕にとって禁句だ。生理的に受付ない。


だって、それはとても残酷な仕打ちだったからだ!


僕は過去のフィアンセたちから受けた苦い思い出が次々と蘇った。


「…………」


僕が沈黙した。



「なんだ、カール伯爵。君は応えられないのかね?」


デラバイト国王の眼差しは、僕を射抜くように注視していた。



──そうだ、僕は答えることができない。


僕は目をデラバイト国王から目線を離して顔を伏せた。




「お父様、いい加減になさってください!」


ウェンディ姫が大声で叫んで、勢いよく椅子を引いて立ち上がった。


彼女の顔は真っ赤で怒りに満ちていた。



「「ウェンディ?」」


デラバイト国王や他の王族一同も驚く。


「そのような言い方、カール様が応えづらいではないですか? お父様は卑怯ですわ!」


「ウェンディ、卑怯って私はそんなつもりで問いかけてはいないよ」


デラバイト国王は可愛い娘が怒ったので、少しおろおろした。


「ただ父親として私の愛する娘を(めと)る覚悟があるのか聞いたって良いだろう」


「いいえ!そもそも、この晩餐で聞くのが尋問(じんもん)ですわ。カール様はただでさえ王族の中で緊張しているのに……第一私たちはまだ出会ってふた月ほどです。カール様だっていろいろとお家のご事情があります。直ぐに応えるなんてできっこないわ」


「ウェンディ姫……」


僕は姫が真剣に(かば)ってくれて、少し涙ぐみそうになった。


「まあまあウェンディ、落ち着きなさいな。リチャードもお前と離れるのが嫌なんだよ。気持ちは汲み取ってやりなさい」


国王がデラバイト国王に助け舟を出した。


「そうですよウェンディ、父王に腹を立てるなんて王女として無礼ですよ」


「あ……王様、王妃様、確かに……申し訳ありませんでした」


今度はウェンディ姫が言い過ぎたと判断したのか、長い睫毛を伏せてしまった。


「まあまあ、そんなに項垂(うなだ)れないでちょうだい。ほら珈琲のおかわりはいかが。カールも2杯目どう? まだ飲めるでしょう」


「あ、はい。王妃様。頂きます」


僕は王妃様の視線に目配せしながら応じた。


「ウェンディも、それにデラバイト国王もですよね?」

「ええ……」

「え、ああ。勿論いただこう。私の購入してきた珈琲は最高級の豆だからな、ワハハハ!」


デラバイト国王の小太りの身体が揺れるように笑った。


「本当、この珈琲はとっても香ばしくて美味しいですわ。ねえライナス?」

「ああ、アメリア。そうだな、私ももう一杯頂くとしよう」


アメリア妃とライナス殿下も場を和ませようと微笑した。


この場の険悪なムードは、ようやく国王夫妻たちのおかげで事無きを得た。


この後、珈琲と一緒に野イチゴとコケモモのジャムケーキのデザートも運ばれてきた。


野イチゴとコケモモはデラバイト国王が大好物だという。

その場にいた全員が「とてもケーキが美味しい、珈琲と合っている」と料理長を(ねぎら)った。


そのまま王族主催の晩餐会は無事にお開きとなった。



◇ ◇



その夜の晩餐会後、既に夜闇は深くなっており、満月は澄み切って輝いていた。

長い渡り廊下は庭園と面してて、月夜に輝いた灯りが花壇や木々を青白く輝かせている。


僕は後宮へ戻る途中の渡り廊下を、ウェンディ姫の少しだけ、後ろに下がって歩いていた。



「カール様。先ほどの晩餐で父が失礼な態度とったこと、深くお詫びいたしますわ」


「いいえ、ウェンディ姫様。失礼ながらデラバイト国王様は何も悪くはございません。私が国王様が、お尋ねになられた事に、直ぐに返せなかっただけであります。私の不手際です」


「そんな……あの場でだしぬけにカール様に聞くのは卑怯よ。お父様の魂胆はわかってます。なんのかんのいって、私を手元に置きたいだけですもの。伯爵家の地位も捨ててなんて、カール様を困らせてたけど、私はこのスミソナイト王国でカール様と永遠に暮らすつもりですわ」


ウェンディ姫はすらすらと、僕の心臓がドキドキすることばかりいった。



──ああ、この方は本当にこんな僕をお慕いしてくれるのか。

こんな駆け落ちばかりされた惨めな男のことを。


だけど──。

突然僕の脳裏に過去の令嬢たちの面影が僕をあざ笑うかのように、次々と思い浮かんできた。

特にエリーゼ嬢の微笑む笑顔と手紙の文が……苦々しく思い起こされた。



──ああ、駄目だ。



僕は身体が強張り、無言になって思わず立ち止まってしまった。


「カール様、どうされました?」

ウェンディ姫が振り向く。


「ウェンディ姫、申し訳ないが……僕はやはり貴方とは結婚できない!」

僕は絞り出すように声を上げた。





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