3人の貴公子とウェンディ姫(2)
※ 2025/10/24 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
「はぁ、とんでもない発言だな。誰とも結婚しないとは、レフティ、お前父上のヨハン宰相が聞いたら卒倒するぞ!」
ハーバート王太子が呆れ顔で食べかけのクッキーを置いた。
たしかに僕もレフティ伯爵の発言は驚いた。
まさか一生結婚する気はない、というのは一体何故なんだろう?
レフティ伯は侯爵家の嫡男のはず。それなのに妻を娶らずなんて許されるのだろうか。
「レフティ、お前はラインハルト侯爵家の嫡男だぞ。一生独り身など親は大反対するだろうよ」
──そうそう、そうですよ、王太子のおっしゃる通り。
僕は同調した。
「殿下、心配には及びません。私の下にはすぐ下に優秀な弟が2人もおりますので。あ奴等が侯爵家を継承すれば良いだけであります。私は生涯結婚する気はもうとうありません」
──あれ、と僕はレフティ伯の言葉にデジャヴ感を感じていた。
なんだかこの会話、昔僕が父上に頑なに結婚を拒んだ時の会話に似てると。
「はあ、お前は女嫌いなのか?──そういえばレフティは令嬢たちとの噂は一切聞いたことがないな……よもや、何処かに愛人でも囲っているとか?」
ハーバート王子は流石に困惑した顔になった。
「ちょっと、お兄様。はしたない物言いはおやめください!」
ここでウェンディ姫が口を挟んできた。
「ウェンディ?なんだ、何を怒ってる?」
「別に怒ってなどおりませんわ!」
ウェンディ姫の顔は蒼白から赤くなっていた。
「ただ私はレフティ伯爵さまが、そこまでお兄様の側近として人生をまっとうされたいなら、王太子の立場として臣下の御心を汲みあげても良かろうかと……」
「ウェンディ姫様……」
今度はレフティ伯が顔をあげてウェンディ姫を凝視した。
「レフティ伯爵様、私も貴方様との婚約解消は同意致しますわ。おふた方とも御存じかもしれませんが、私はここにいらっしゃるカール伯爵さま以外の殿方とは結婚致しません。帰国なさったら、お父様にもそう言ってくださいましね!」
「あ、ウェンディ姫様……それは……」
思わず僕は声を上げてしまった。
──いやいや、さすがに姫よ、それは強引ではなかろうか?
「う、うんっ……ゴッホン!!」
すかさずハーバート王太子が大きく咳払いをした。
「まあ皆、落ち着け! ウェンディとレフティ、カールよろしいか?」
「「はい!」」
「はい、殿下」
「この度、私がレフティと一緒に親善大使に来た理由は、カール伯、実は君に会いに来たんだ」
「は? 僕をですか?」
僕は思わず「私」でなく「僕」と言ってしまった!
「さよう、父上からも“カールというタイガーマスクと称された姫の護衛騎士をしっかりと見定めてこい”と仰った。──父上は結局、娘のウェンディが可愛いから誰にもやりたくないのだ。だがウェンディもそろそろ適齢期だし、王女だからそうもいってられん。」
ハーバート王太子のブルーアイズを細めながら話を続けた。
「先日の王妃の企てた妹の暗殺未遂事件が一掃した後で父上も考えを改めたんだろう。ウェンディを手元に置いとくのは潮時だとな。──そしてカール、君がウェンディを助けたことで、姫と君は相思相愛だと父上は情報を得た!──結局は父上は異国の男に娘をやりたくないのだ、だから苦肉の策で、レフティとの婚約を敢えて推し進めたがな」
「そんな、お父様はとても身勝手すぎますわ!」
ウェンディ姫は更に口を尖らせた。
「まあな、だが父上の気持ちも汲み取って差し上げろ──お前は母上と生き写しだから手元に置きたい、娘のお前と離れ離れに暮らすのがなにより嫌なんだよ」
「はぁ……お父様は、本当にお母様が忘れられないのですね。そうでなければ王妃の娘とはいえ、実の娘のエミリーを修道院などいれませんもの」
「まあな、それだけお前だけが可愛いんだろうよ。私個人は別にカール伯爵と結婚して、この国に降嫁してもいいが父上は大反対するだろう──だからこれは提案だが、一度お前とカール伯は2人で直接父上と会って、結婚の許しを乞うた方がいいと思うぞ」
とハーバート王太子は、さもまっとうな意見だといわんばかりな尊大ぶった表情をした。
「失礼ながら、ハーバート殿下は、僕とウェンディ姫の結婚を承諾して頂けるのですか?」
「ああ、私は最初からここにいるレフティが乗り気でないのを知っていたからな。私が同行したのもこやつの為でもあった。──だが生涯独身を貫くとは初耳だったな」
ハーバート王太子はハハハと高らかに笑った。
レフティ伯爵が顔を赤らめた。
なぜかウェンディ姫は青くなった。
「──まあ私としてはレフティが、そこまで私の片腕として尽力してくれるなら願ったりかなったりだ。なにせ私が国王になれば、ウンザリするくらい負担と責任が押し寄せるだろうから、レフティが生涯側近でいてくるると、これほど頼れる人材は他にいないからな」
「ハーバート殿下……そこまでいって下さり恐悦至極にございます」
レフティ伯爵は言葉がとぎれとぎれで、少し涙ぐんでいるように見えた。
「そ、それは良かったですわね。レフティ様……どうかお兄様を生涯支えてあげてくださいね」
ウェンディ姫は、少し動揺しているが笑顔で言った。
「はいウェンディ姫。本当にありがとうございます、失礼ながら私もウェンディ姫とカール伯爵が婚姻なさるのを自分事のように嬉しいのです。どうか末永くお幸せになってください」
「あら……そこまで喜んでくださるなんて……カール様、私たちとても心強い友ができましたわね」
ウェンディ姫は僕に微笑んだ。
「あ、そうですね、誠にもったいないお言葉、とても痛み入ります」
僕はレフティ伯爵にお礼をいった。
──そうだ、レフティ伯爵は、先程の庭園でカレンとジンの過去の話をした通り、僕への罪滅ぼしなのだろう。
よほどレフティ伯爵は長年に渡り、僕への罪悪感に蝕んでいたのだと思うと、なんだか気の毒になった。
亡くなったカレンだって、自分の死を彼のせいだなんて夢にも思ってないのだろうから。
王太子たちの話も、どうも僕は前世のカレンの記憶がない為、他人事のように感じてしまう。
この時点でまだ僕はレフティ伯爵がハーバート王太子に忠誠心はあくまでも臣下としてのものだと思い込んでいた。




