ハーバートお兄様とライト ウェンディSIDE
※ 2025/10/22 挿入及び修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
「ウェンディ、良かった。やっと目覚めたか?」
私と同じ金髪を揺らしながら、ブルーアイズの貴公子が颯爽と部屋へ入ってきた。
その人が入ってくると、ぱぁっと爽やかな風が吹くように部屋内の淀んだ空気が一掃する。
「ハーバートお兄様!」
私は笑顔になった。
「良かった、ウェンディ、私の薔薇よ。心配したぞ。お前が目覚めなかったら祈祷を行おうと相談していたとこだ!」
とお兄様は私をいつものように抱きしめた。
「にゃぁご、にゃぁ~ごお……」
ハーバートお兄様が私を強く抱きしめたので、そばにいたミケのスペースが窮屈になって少し怒った。
ミケは「にゃん!」と私の腕から、ぴょんと飛び降りて床へ歩いていく。
部屋の奥のミケ用クッションに座り、毛づくろいをし始めた。
抱きしめられた私は、お兄様のハーブの爽やかな嗅ぐわかしい髪の香りを嗅いだ。
──ああ、まさかハーバートお兄様が、あのライト君だなんて!
過去世は、立花 光君、いえ「モー3」のライト君と言った方がいい。
アイドルグループ「モー3」でも一番人気者で輝いていた。
ライト君も、この世界に転生してたのですね。
それも私を溺愛する兄として転生したなんて、なんて贅沢なのでしょう。
そして、左川 仁こと黒髪の麗しいジン君も、お兄様の側近としてレフティ伯爵として転生していた。
──不思議だわ、一体なぜこんなことが起こったのかしら?
ライト君もジン君もライブコンサートで見てただけで、風子とは殆ど接点はないのに……あろうことかライト君は私を溺愛する兄でジン君はその側近。
しかもジン君は、今は私のフィアンセになっている!
──こんな不可思議なことってある?
カール様はわかるけど、なぜ2人まで何の因果なのかしら?
(ウェンディ、それはね。ライトもジンも、君とカレンに負い目があるからだよ)
「え?」
私は抱きしめられていたお兄様の体から離れて、周りをきょろきょろと見回した。
「ウェンディ、どうしたんだ?」
「え、お兄様、今何か声が聞こえませんでしたか?」
「? いや、何も聞こえなかったが……」
「マリー、あなたは?」
「いえ、私も何も聞こえませんが……」
「変ね。今確かに声が聞こえたのに……」
ハーバートお兄様は私の額に手を当てた。
「う~ん、やっぱりお前は、まだ具合が悪そうだな。カールを呼んでいるがどうしようかな」
「え、カール様が来ていますの?」私は驚いた。
「ああレフティと一緒に庭園に出てるよ」
「え、レフティ伯爵と?」
──レフティ伯爵とカール様ですって?
大変だわ──ジン君とカレン様は確か、あの日楽屋で大ゲンカしてた。
もしかして、この世界でも喧嘩してしまうかも?
そうよ、レフティ伯爵は私のフィアンセだもの。
レフティ様のお耳にも、カール様が私を助けたことはご存知のはずよ。
私のフィアンセなら、内心余りよい感情を抱いていないかもしれない。
私は、思わずベッドから起き出す。
なんと白い太ももの素足があらわとなり、丸見えになった。
私は夏物のネグリジェ姿を着せられていたのだ。
「おいおい、どうしたウェンディ?」
私のはしたない姿を見たお兄様が少し顔を赤らめた。
だがそれどころではない。
「お兄様、レフティ伯爵様とカール様を2人きりにしたら危ないですわ」
「え、何故?」
「だって、彼はジン君でカレン様を……」
思わず私は口走ってしまう。
「?ジン、カレン、いったい何の話だい?」
「あ、いえ、それは……」
「ウェンディ、話は後回しだ。とりあえず着替えなさい。そのネグリジェ姿は兄の私でも目に毒だよ。私がレフティたちを呼びにいってくるからその間に着替えなさい!」
ハーバートお兄様が片手で顔を覆って、私の肩をポンポンと軽く叩いた。
美しいブルーアイズがとても優しげだ。
──ああ、素敵だわ。
ハーバートお兄様はこの世界でも「モー3」のライト君そのものだわ。
爽やかで紳士的で、素敵なオーラを放つまさにザ・アイドル!
そうだ、お兄様には過去のライト君の記憶はないのかしら?
「あ~のぉ、お兄様。そのぉ……ライト様って覚えてますか?」
私は、あえてカマをかけてみた。
「え、ライト?」
「ええ……」
私は上目づかいでお兄様の顔をじっと覗き込んだ。
「……いや、知らんな。ライトって男がどうしたんだい?」
とお兄様は私の顔をじっと見て訝しがる表情をした。
──ああ、やはりご存じない。
お兄様の顔はしらばっくれてるお顔ではないわ。
ハーバートお兄様が嘘をつく時は、私は子どもの時から知っているが、決まって私と目を合わさない。
だから、お兄様の嘘は私にはすぐにバレる。
「あ、いいえお兄様、何でもないですわ。そうですわね。直ぐに着替えますわ」
「ああ、そうしてくれ。私は2人と居間で待ってるからな」
お兄様は私のおでこに軽くキスをして寝室を出ていった。
──やっぱりお兄様には過去の記憶がない。
ならばレフティ伯爵が男色だってことも知らないのね。
この重大な秘密は伝えるべきか否か?
ううん、駄目よ。そんなこと教えたら、絶対にややこしくなるわ。
だってお兄様には既にユリエお姉様というお妃がいるのだから。
私はぷるぷると首を振った。
「マリー、若竹色のシフォンのドレスを着るわ」
「畏まりました。今お持ちいたします」
寝室部屋の内扉が「バタン」と閉まる音がした。
その時、居間の前でハーバートお兄様が、珍しく物憂げな顔をしていた姿に、私が気付くよしもなかった。




