前世を思い出したわ! ウェンディSIDE
※ 2025/11/3 修正済み。
◇ ◇ ◇ ◇
王宮殿後宮・ウェンディの寝室。
まだカール伯爵とレフティ伯爵が、庭園にいる時間──。
失神してベッドに眠っていた私はようやく目を覚ました。
「にゃ~にゃ~」と猫の鳴き声が聞こえた。
気付けばにょっと、目の前にミケの可愛い顔のドアップ!
「ミケ……」
ミケはクリクリとした茶色の瞳孔が悪戯っぽくキラキラしている。
そのままミケはペロペロと私の顔を舐めた。
「ふふ、ミケったら!」
私はくすぐったくてベッドから上半身を起こした。
そのまま手を伸ばして、ミケを胸にしっかりと抱いた。
「にゃーご、にゃーご、ゴロゴロ」
嬉しそうにミケは喉を鳴らした。
ベッドの隣には、椅子に座ったマリーがうつらうつらと、うたた寝をしていた。
「マリー、マリー起きて!」マリーはびくっと気が付いて私を見つめる。
「あ、お嬢様。良かった……目覚めたのですね。心配しました!」
「ええマリー、心配かけてごめんなさい。あの……ここは、私の……ウェンディの寝室よね?」
「左様でございますが……どうなさいましたか?」
「ううん……何でもないわ」
マリーは心配そうに言った。
「お嬢様はハーバート殿下とお話なさってた時、突然お倒れになったのです。最近はカール様を見ても平気でしたのに、またお嬢様がお倒れになって私はとても心配いたしました」
「ごめんなさいマリー」
「何を仰います。ずっとお眠りで喉もお乾きでしょう。お水をお飲みになりますか?」
「ええ、お願い」
「はい、どうぞお気をつけて……」
乳母のマリーはサイドテーブルにある水差しでお水を飲ませてくれた。
私は水を飲みながら、ミケの頭を撫でる手が少し震えた。
◇
──そうだ、ここは異世界スミソナイト王国。
私は隣国のデラバイトの第1王女のウェンディなんだわ。
こうしていつも私の周りは、常にお付の従者や乳母のマリーが側にいてくれて、身の回りを世話をしてくれる。
至れり尽くせりの王女様に転生したのね。
私は豪奢な部屋をくるりと見渡しながら、ふと大きな鏡台に映る自分の顔を見つめた。
波打つ豊かな金髪で瞳は蒼色。
色白で整った輪郭の少女の姿が映っている。
絵画の仏蘭西人形のように美しい。
──信じられない。
こんな非現実なことってあるのかしら?
日本とはまったく違う世界なんだわ。
どう見てもこっちが夢想世界なんだけど、今が現実の世界だったのね。
私は眩暈がしそうなくらい戸惑った。
それでも──
不思議と風子の記憶が蘇っても、これまで18年間ものウェンディ王女の生きた時間も忘れてはいない。
ただ、過去世の風子の記憶がポンと私の脳内に追加されただけ。
まだ、ところどころパズルのピースが揃わない断片的な箇所はあるが、アイドル「モーニング3」のカレンのファンの記憶は鮮やかに蘇った。
私はもう一度、その過去を思い出して頭の中を整理した。
※ ※
前世の私、安城 風子は大人しい女子高生だった。
自分でいうのもなんだが、勉強と読書ばかりしている根暗な女の子だった。
読書は何でも読んだが特に魔法や異世界ファンタジー小説が大好きだった。
私は現実よりも、空想ばかりしているような少女だった。
それが突然アイドルグループ「モーニング3」略して「モー3」。
彼等の演奏をテレビで見て、一瞬で虜になり推しになった。
特にカレンにどんどん惹かれていき、アルバムを購入したりライブにも行くようになった。
それはエスカレートしていき、家族から“追っかけ&ストーカー”と揶揄されるほど、グループにのめり込んでいった。
だがある日突然、一番推しのカレン様が交通事故で亡くなった。
あの時は目の前が真っ暗になった。
ショックで私は生きる気力を失くし、高校を中退するくらい落ち込んて家に引き籠った。
そしてカレン様の死後から何か月か経ったある日、私はファンクラブの追悼記事を読んだ。
記事にはカレン様のお墓を彼のご両親が建てたという内容だった。
カレン様=本名は九条 唐人の実家は青森にあったのでお墓も青森にあったが、カレンの両親がファンがお墓参りをしやすいようにと、わざわざ分骨して東京の寺にお墓を建てたと書いてあった。
私は記事を読むと藁をもつかむように、私と同じようにカレン様の死を悲しんでいたファンの友人たちと、毎週末になると待ち合わせしてお墓参りに通った。
だがいつしか他のファンの娘も1人、2人と減りいつしか私だけとなった。
ひとりお墓に行くようになった私は、誰に気兼ねもせずに毎日通った。
──そうだ、あの頃の私はひがな一日中、亡くなったカレン様のことばかり考えていた。
いけないことだが心の中は常に“カレン様の後を追いたい”と、何度も自死を考えていた日々だった。
だが家族の心配を考えると、さすがに実行まではできずにいた。
私には母と父、2人の姉がいた。
家族たちは私をとても心配してくれた。
それなのに学校まで中退して迷惑をかけていると、私は自分の行動を呪った。
──ああ、だけどなんてことでしょう。
ウェンディ姫となった私は、過去世だった家族の顔を誰ひとりとして思い出せない。
笑い合っていた両親の顔も、優しかった2人の姉の顔もおぼろげな風貌しか記憶にない。
親不孝だけど、私の前世の記憶は、ステージ上のカレン様含む「モー3」のことばかりだわ。
だからカレンが亡くなって、淋しくて淋しくて毎日お墓に通ったのね。
カレンが大好きだったミケ猫の置き物を何か1つ買って持っていった。
猫を愛していたカレンがお墓で独りぼっちにならないように……。
私はカレン様のお墓参りをするのが日課になっていた。
──あの頃は、カレン様のお墓にいるだけで心が満たされていた。
だけど秋が深まる頃いつものようにお墓から帰る途中、私は冷たい雨に打たれて風邪を引いてしまった。そのまま肺炎をこじらせて、あっけなく死んでしまったんだわ。
私は18歳だった。
今の私と同じ年だ──。
あの亡くなった夜は、高熱で朦朧としていたのになぜか覚えている。
全身が痛くて、苦しくて熱で魘されながらも、カレンをずっと呼んでいたわ。
その時、私の願いを天の声が聞き入れてくださったのか、今こうしてカール様のいる異世界へ転生できたのかしら?
◇ ◇
そして──。
意外な事だが転生者は私とカール様だけではなかった。
他にも転生者はいた。
ウェンディは蒼色の瞳をカッと見開いた。




