カール、姫君の兄と婚約者に会う。
◇ ◇ ◇ ◇
ウェンディが倒れた翌日の早朝。
王宮殿内の王族騎士団の訓練所に、ウェンディ姫の乳母のマリー様がやってきた。
「え、ウェンディ姫がまたお倒れになったって、一体なぜです?」
僕は、顔の汗をタオルで拭きながら、思わず大きな声をだした。
今朝は騎士団たちと一緒に合同訓練の朝稽古の日だった。
訓練の後、着替えをして朝食を取ってからウェンディ姫の警護に行く予定だった。
昨日は、久々にウェンディ姫の警護の非番で王宮にいなかった。
だからマリー様のいってる状況が、よく呑み込めなかったのだ。
──なぜ、またしてもウェンディ姫が失神したんだ?
「はいカール様。昨日、午前中にデラバイト王国のハーバート王太子様と側近のレフティ伯爵さまが来日されて、お嬢様に会いにお部屋にいらっしゃいました。その後、ハーバート様たちと話している最中に突然、お嬢様がお倒れになってしまったのです」
乳母のマリー様は困惑気味に言った。
「その日からずっと眠っておりますが、今朝になってうわ言で苦しげにあなた様の御名前を何度も呼んでおりますの──それを兄であるハーバート様にお伝えした所、至急、カール様をウェンディ様の部屋に寄越すようにと、おっしゃっております」
「え、私の名前を姫がうわ言で呼んでいる?」
「はい、多分あなた様だと思われるのです」
マリー様はいぶかしげに言葉を濁した。
「多分って、それはどういうことです?」
「……それがお嬢様は『カール様、カール様』とうわ言で呼ぶのですが、時々違う方の名前も呼ぶのです。私には『カレン』と聞こえます」
「カレン?」
──あ、カレンと言えば、確か前世の僕の名前だったはず。化け猫のミケが教えてくれたアイドルグループだったな。
えっとなんだったっけ?──。
歌って踊る職業の……そうだ『モーニング3』のカレンという職名が僕の名だった。
僕は府に落ちた。
もしかしたらウェンディ姫は、前世の風子嬢の記憶を思いだして倒れたのか?
「マリー様、了解しました。直ぐ支度するので少し待っていてください!」
「はい、よろしくお願い致します」
マリー様は深々と僕に一礼した。
僕は訓練室の着替え室に戻って、訓練着から護衛騎士の制服に忙しなく着替えた。
──ウェンディ姫がまたお倒れになったなんて?
僕は制服に腕を通しながら、なんだか胸騒ぎがした。
もし、ウェンディ姫が前世の記憶を蘇ったら?
一体、これからどうなるんだ?
◇ ◇
王宮殿の後宮 ウェンディ姫の客間。
この部屋は昔、ウェンディ姫の亡き母君アクアリネ姫様が、デラバイト王国へ嫁ぐ前に使用していた部屋だそうだ。
落ち着いた調度品がある居間と寝室が内ドアで区切られていて、居間の広々としたバルコニーのテラスから、美しい庭園へと広い後宮へ続く新緑の小路も見える。
とても美しい、眺めの良い部屋だった。
「失礼致します──」
僕は乳母のマリー様の後に続いてウェンディ姫の部屋へと入室した。
居間には、金髪でロングヘアを後ろに束ねた若い御仁と、やはりロングヘアだが黒髪を後ろに束ねた御仁が、茶を飲みながらソファに腰かけていた。
「ハーバート王太子様、お待たせ致しました。カール伯爵様をお連れ致しました」
「おお、マリー、ご苦労様。手間を取らせて悪かったね。彼が例のタイガーマスクかい?」
「左様でございます。カール様。この方はウェンディ姫の兄君のハーバート王太子殿下でございます。お連れの方はレフティ伯爵様でございます」
とマリー様は、二人に僕を紹介してくれた。
「お初にお目にかかります。ウェンディ姫の護衛を命じられております、カーラル・マンスフィールドでございます」
僕は一礼した。
「おお君か。さすが騎士らしい立派な体格をしているが、顔は随分と優し気なタイガーマスクではないか。ははは、私はウェンディの兄のハーバートだ。よろしく!」
なんとハーバート王太子は、気さくな友人のように僕に握手を求めてきた。
「いえいえ殿下めっそうもありません。一介の護衛の私めに握手など、とても恐れ多いことであります!」
僕は慌ててハーバート王太子の前で膝をついて正式な敬礼をした。
「いや、そんなに仰々しくしないでくれ。君は妹の命を助けてくれた恩人だとライナスから聞いている。ほら立ちたまえ!」
とハーバートはにこやかに笑いながら僕を立たせた。
「恐縮です殿下、余りにももったいなきお言葉であります」
と僕は硬直したが、なんとか立ち上がって思わずハーバート王太子の顔を真近で拝した。
艶やかな金髪で目が醒めるほどのブルーアイズ。
顔立ちもウェンディ姫と雰囲気がそっくりだ。
──うわ、眩しい御方だ。
ライナス殿下といい、ハーバート王太子といい、王族の方々は、なんと神々しく端正なお顔立ちだろうか。
さすがにスミソナイトの隣国同士の王族だ。
やはり王太子は兄妹だけあってウェンディ姫に似ていなさる。
僕はハーバート王太子の眩しい容貌に同性ながら見とれた。
ふと、彼の隣にいる黒髪の貴公子にも眼がいった。
「ああ、カール。紹介しよう、彼はレフティ・ラインハルト伯爵だ。私の側近でもある。一応ウェンディのフィアンセだけどな」
と、ハーバート王太子は茶目っ気たっぷりに言った。
──え、まさか王太子、僕を面白がってる?
顔はめちゃくちゃいいのに、けっこう軟派王子なのか?
内心僕は動揺したが顔には出さなかった。
王族の揶揄いはライナス殿下で慣れている。
「お初にお目にかかります。カーラル・マンスフィールドと申します」
僕は、ふかぶかとレフティ伯爵にお辞儀をした。
「初めまして……レフティと申します。お見知りおきを」
レフティ伯爵はもの静かな低い声で、僕の顔をじっと凝視した。




