姫君と風子の記憶(3)ウェンディSIDE
※ 2025/10/18 タイトル変更及び修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
控室のカーテンの仕切りの奥から聞こえてきたのは、カレン様とジン君の会話だった。
どうやらライト君はいないようだ。
──どうしよう、こんな空気の中、とてもカーテンを開けて、カレン様に挨拶する勇気なんてないよ。
さりとて部屋を出ていくこともできず、私はその場で固まって息を押し殺した。
2人は私が居ることに、気付かないようで、そのまま会話を続けた。
「もともと僕はアイドルなんてなる気はなかった、光(ライト)が僕と高校でバンドをやろうぜと誘ったから『モー3』に加入しただけだ。あのまま好きなロックとクラシックの融合のサウンドを作って、楽しく演奏していたかったのに……あの時、アイドル事務所のスカウトさえ光が受けなければ今頃は……」
その時、カレン様の話を遮るようにジン君が言葉を被せた。
「カレン、いいかげん光って本名でいうのはよせ、今はライトだ。高校生のアマチュアバンドなんて金にもならない。ここまで売れたのも、俺とライトの人気があったからこそだ!」
「確かにそうだ、だが僕だって曲を提供してるじゃないか。こんな事をいいたくないがデビュー曲がヒットしたのも、僕の楽曲が良かったからだろ」
「はん、偉そうに……新曲はコケたくせに。カレンのその『僕が曲作ってます!』という上から目線が俺は前から気に入らなかった。なんだよ、金持ちの子供だか知らんがピアノ習って楽譜読めるからって何様のつもりだよ!」
「実家は関係ないだろう、それに別に偉ぶってる訳じゃない。ジンが2人だけで売れたというから反論したまでだ」
「カレン悪いが現実見ろよ、所詮アイドルなんて顔とスタイルさ。すべては見てくれで売れるんだ──この世界は事務所のコネと力さえあれば活躍の場を与えられる──いつもキーボード引いて俺たちを後ろから眺めて、ハモってるからわかるだろう?」
「…………」
「ふん、何も言い返せまい。そうだよ、顔がよくてある程度踊れれば、女の子たちはキャーキャー勝手に騒ぐ。ステージで俺が流し目1つするだけで、女どもは馬鹿みたいに何人も失神すんだぜ。可笑しくて笑っちゃうくらいにな!」
「やめろよ、ファンの子にそんな言い方するのは。僕たちを応援してくれる女の子じゃないか」
「は、まあな。そのおかげでこの地位を得ているしな」
「ジン、お前がそんな風に思ってたとは、見かけと違って最低な奴だな…………」
「なんだよその目は、事実じゃないか。カレン、この際、いいたいことあるなら言い合おうぜ!」
「分かった、ならいうが、寝ているライトにキスしたのは何だ?」
「お、お前!?」
「図星か?──僕も最初は冗談だと思ったけど……その後も何度か見たよ、ジン、君がライトにキスしたり、ロッカーでこっそりとライトの下着を嗅いだりするのもな」
「お前……まさか、そのこと……ライトにいったか?」
私は、2人の会話を聞いて慌てて手で口を押さえた。
──何ですって?
ジン君がライト君を?
まさか……信じられない。
私は体が震えてきて、声が洩れそうになるのを必死に押さえた。
「僕がいう訳ないだろう。そんな事考えたくないし何よりも気色が悪い。」
「カレン、お前……」
「それにジンには悪いが、僕はライトが事務所に内緒でアイドルの優実ちゃんと真剣交際してるの知ってるからな」
「おまええええ──! それ以上何も言うな!、絶対ライトに言うんじゃないぞ!!」
突然、ガターン!と、大きな凄い音が聞こえた。
「痛い、離せよジン、ははは、なんだ、その泣きそうな顔は、やはりお前、ライトの事……」
「うるせえんだよぉぉおおお!!」
「ガシャーン!!」
ガラガラ、ドシン!と何かがぶつかって強い振動音がした。
「痛っ……」
「黙れ黙れ黙れ!カレン、お前に何が分かる!!」
「僕にはわからない!男が男を好きになるなんて……」
「うるせー!、俺がライトを好きになってどこが悪い!あいつがたまたま男だったってだけだ! そんなの、誰にもとやかくいわれる筋合いはない!
「……ジン……」
「(はあはあ)俺だって……俺だってわかってんだよ。おかしいって事は!」
「……痛いよ……ジン、口が切れたぞ」
「俺だって……どうにもならないって……わかって……」
ジン君の声が泣き声に聞こえた。
「ああ、いてえな。よっこらしょっと……僕は君を傷つけたな、だけど謝らないぜ、君が先に僕のプライドを傷つけたんだ。お返しだよ」
「おい待てよ、どこへ行くんだ、まさかライトに話すのか?」
「安心しろこんなの話す訳ないだろう。くだらない。僕はもう抜けるし魑魅魍魎の芸能界はまっぴらだ」
「おいカレン、マジか?」
「ああ、今日がちょうどツアーの最終でちょうどいい。あとでマネージャーにメールしておく。じゃあな!」
「おい、待てよ!」
「なんだよ、邪魔な僕がいなくなったら、好きなだけライトといちゃつけばいいだろう?」
◇ ◇
私はじっとしていた。2人の話を全て聞こえてきた。
──何、これは何なの?
2人はこんなに仲が悪かったの?
さっきの大きな音は、カレン様がジン君に殴られた音?
ジン君はライト君が好きなの?
ジン君ていわゆるアレだったの?
私は『モー3』の大変な秘密を盗み聞きしたんだと、ようやく気付いた。
──怖い…駄目だ…。
早くこの場を去らなければ、
早く──!
私は震える手でドアを開けたら、目の前に光源氏みたいな男の子が立っていた。
「あっ!?」
「あれ? ゴメン。何だ君、ファンの子?」
「!?」
──ライト君!
目の前には立花 光君こと『モー3』の看板のアイドル!
「あ、あの……私……」
──わあ、背が高い。金髪で薄茶の瞳で色白。ハーフだ。
マジかでみるとめちゃめちゃオーラがある!
たしかにライト君は特別なイケメンだった。
◇
当初、私も『モー3』を初めてテレビで見た時、光君ことライト君の太陽のようなキラキラ感に見惚れた。
あと……対照的な黒髪のジン君にも……。
でも……でも彼等の歌って踊る後ろに、キーボードのカレン様の演奏姿を見た時、私は体中に電撃が走ったの。
カレン様の優しいおだやかな笑顔に胸がザワついた。
変なの、カレン様は2人に比べて平凡な顔で、一般人の中にいても埋もれそうなのに。
でもカレン様の作る歌が、とてもカレン様の優しい雰囲気とマッチしていた。
自分は、この1年『モー3』をずっと追っかけできて幸せだったのに……。
とっても素敵な3人グループだと思ってたのに……
──カレン様が抜けるなんて嫌だ!
私はいてもたってもいられずに、ライト君に懇願していた。
「ライト君、どうか2人を仲直りさせてください!」
「え、どういうこと?」
とつぜんの私の言葉に不思議がるライト君。
その時、シャーっとカーテンの音がした。
「ライト!」
「? 誰その子?」
先ほどまで喧嘩していたジン君とカレン様が、私とライト君が居る事に驚いていた。
「いや、この子が今、僕に仲直り……って」
ライト君もきょとんとして不思議そうだった。
私は、もういたたまれなくて
「ああ、わたしい~あの~勝手なこといってすみません! 失礼致しました!!」
と俯いたまま、カレン様の顔すらまともに見ずに真っ赤になって、ものすごいスピードでその場を走り去った。




