カールの縁談話
※ 2025/10/14 挿入及び修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
僕がそう考えたのも、ウェンディ姫が僕を護衛として生涯守って欲しい、と乞うてきからだ。
たとえこのままウェンディ姫がデラバイト王国の侯爵夫人になっても、僕は彼女の護衛騎士として一生を捧げてもいい、とすら考えていた。
考えてみれば愚かな話である。
愛するウェンディ姫の為とはいえ、伯爵の嫡男に生まれたのに地位と名誉を捨てて、一護衛騎士として生きるのは愚かと言われても仕方がない。
ウェンディ姫は隣国の姫君である。
専属の護衛騎士となれば今まで通りにはいかない。
このままなら何れは家督のマンスフィールド伯爵家を継いだとしても、異国の地で護衛騎士と兼任はそうとう困難だろう。
ウェンディ姫が了承したとして母国と去来しても、複数の伯爵領地管理まで繁忙すぎる。
王室の領地だけなら代理を設けても、マンスフィールド領地は王都から遠い。
各伯爵領地の代官に代行を頼んでもいいが、己で領地経営に携わっていた祖父と父が許さないだろう。
──お祖父様、父上、申し訳ないが僕はマンスフィールドの家督は継げそうもないです。
けれども──僕の顔は一瞬曇ったが首を大きく横に振った。
いや、少なくとも今夜は考えるのはよそう。
せっかくの祝宴の席で愉快に酒を飲んでいる祖父と父や親戚たちに、己の胸中を、今はまだ話すべきではないと考慮した。
◇ ◇
「そうそう、カール、あなたにお見合い話が令嬢のお母様たちから依頼を何件か受けてるのよ」
と、扇でパタパタと扇いでいる、汗かきの叔母が嬉しげに言った。
「は? でも叔母上、僕は王都から“駆け落ち駄目男”と見做されて見合い話は一切無くなったのでは?」
「いやあねぇ〜そんなの大昔の話じゃないの。オホホ……今のお前は『虎のマスクを被った、か弱き姫を守った剛剣士』としてサロンでは噂していて、若い令嬢等の憧れの存在になっているのよ!」
──げっ、本当か? 何たる裏返しだ!
思わず僕は、飲んでいた2杯目のシャンパンを口元から吹き出しそうになった。
「そうじゃカール、ワシの知人からも『孫娘の婿にと、ぜひタイガーマスクの御子息が欲しい』といわれたぞ! もう誰も駆け落ちなぞ気にもとめておらんわい、ワハハハ!」
祖父が豪快に笑った。
「いやあ、父上、それはめでたいですなあ。どちらの家の令嬢ですか?」
「ああ、伯爵家じやが奥方が元公爵令嬢だから我が家より相当格上だぞ、ワハハハ!」
「そうですよ、お父様。カール、その元公爵であった母親のお嬢様がお前にぴったりだと思うのよ」
すかさず叔母上が勝ち誇ったように言った。
「どうかしら? 願ってもない縁談よ。来週にでも一度茶会を開くから会って見たらどう? お嬢様はとっても器量良しで性格もおっとりしてお前にぴったりですよ!」
「は、お祖父様も叔母上もいい加減にしてください! 僕は駆け落ちの呪いがかかってるんでしょう。また逃げられますよ」
「そんなの迷信に決まっておる! お前もすぐに24歳じゃ。そろそろ世帯を持たんとワシはひ孫の顔が見れないうちには死んでも死にきれん。とりあえず会うだけあってみろ!」
とお祖父様はノリノリだ。
「そうだ、そうしなさい」
父親まで賛同した。
祖父と叔母の見合い話にその場にいた宴席テーブルの親戚一同が頷いていた。
「………」
僕は彼等を見回した後で、微笑みながらも黙ってシャンパンを飲み干した。
──はあ、またこれかよ?
せっかく『駆け落ちされた駄目男』と社交界から評されて、最近祖父たちは僕の見合い話など一切しなくなったのに……またまた面倒くさく成りそうだ。
僕の心は急に曇った。
ウェンディ姫一筋なのに、どうやら周りがそれを許してはくれない。
「君、悪いがもう一杯、シャンパン頼む!」
と僕はシャンパンのおかわりを給仕に頼んだ。




