ウェンディ姫の生い立ち
※ 2025/10/10 修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
ダンスパーティーの騒動があった数日後。
王宮殿、ライナス王太子の執務室に僕は呼び出された。
「カール、その後ウェンディの様子はどうだ?」
「はい、間者に連れ去られそうになった夜は、恐怖だったのでしょう。だいぶ怯えておりましたが、今は、落ち着いて部屋で猫と楽しく遊んでいらっしゃると、乳母やウェンディ姫の専属メイドが申してました」
「そうか安堵した。俺もこのところ姫の暗殺騒動の後始末で多忙だったからな。ウェンディの顔を見る暇もなかった──あの夜、すぐに王様に状況をお伝えしたぞ、なにせウェンディは我が父王の亡き姉の娘でもあるからだ。子供の時から知っている俺の可愛い従兄妹だしな。事と場合によってはデラバイト王国との友好条約を破棄することだってありえる状況だった」
「陛下、ならばやはり首謀者はデラバイトの現王妃ですか?」
「ああ、王妃の親族の一味だった。首謀者らしき男は拷問部屋で鞭で散々叩いても無言だったが、2~3日間水を飲ませずにしたらすぐに吐いたよ、はん情けない、間者が聞いて呆れるわ!」
ライナス王太子は忌々しそうに舌打ちした。
「ウェンディ様を狙った理由は一体なんなのですか? さすがに一国の王妃が国王の目を盗んで、他国で義娘を殺めるなんて信じがたいですが……」
「単純だよ。デラバイト国王がウェンディを猫かわいがりしてるのが、気に入らなかっただけだ」
ライナス殿下のブルーアイズが冷たく光った。
「え、たったそれだけの理由で?」僕は少々驚いた。
「まあ、現王妃とリチャード国王の仲は元々冷え切っていたんだ。前王妃だった俺の叔母、アクアリネ様をリチャード国王は溺愛していたからな、アクアリネ叔母が亡くなったとはいえ、国王は叔母にかわる正妃なんて欲しくなかったんだよ」
「なるほど……」
「元々臣下たちが無理やりさせた政略結婚だったし、国王は最初から現王妃を嫌っていた。それに御子も王女1人しかできなかったからな。──既に王太子はウェンディの兄、ハーバートが世継と決まっている。──王妃は姫君しか産めなかった負い目も大きかったのだろう。せめて第2王子でもいたら良かったかも知れんがな」
「確かに……」
「だから王の寵愛を一身に受けるウェンディを目の当たりにして憎悪していったのだろう。なにせ国王は自分の生んだ娘を抱いた事すらしないと聞いた。その差は歴然だった」
「…………」
僕はライナス殿下の説明を聞きながら絶句した。
──そこまでデラバイト国王はウェンディ姫と、現王妃の姫君との差をつけていたのか?
流石に愛のない妻子とはいえ、実の娘だろうに……。
「お話頂きありがとうございます。確かに王妃からするとウェンディ姫を恨みたくなるかもしれませんね」
「その通りだ、王妃は年々神経過敏になっていった。そして以前から前妻に生き写しのウェンディに嫌がらせを始めたんだ──特に去年の暮から今年になって嫌がらせが悪化してきたが、あの子は辛抱強く我慢して、リチャード父王にも一言もいわなかったがな」
「なんと……」
ウェンディ姫がそんなに継母にいたぶられていたのか!
「だがな、知らぬが仏。ウェンディには兄のハーバートの間者がずっと監視していた。その都度ハーバートに王妃がしていた嫌がらせを逐一密告していたんだよ。それすら知らない王妃は、ウェンディ憎しと増長して、我が国でウェンディの暗殺ときたもんだ。女の嫉妬は本当に恐ろしい!」
ライナス王太子は吐き捨てるようにいった。
「お言葉ですが殿下、恨みがあるとはいえ義理の娘を殺めるなど一国の王妃としては、あるまじき行為です」
「その通りだカール。リチャード国王には、父王から緊急伝令にて暗殺未遂の詳細を通達した。まだ正式な返事は来てないが、さすがに今回は王妃一族のお咎めなしとはならないだろう。証拠も証言もあるからな──俺の見立てでは、王妃とその親族諸共、極寒の辺境地へ追放されるだろう。そのくらいの処置をしてくれなければ、我が王国はデラバイト王国とは決別してもいいくらいだ」
ライナス王太子のブルーアイズはらんらんと輝いて、絶対に許すまじという表情になった。
「…………」
僕は何ともいえない気分になった。
継母の王妃が追放されるのは願ってもないが、ウェンディ姫の気持ちを考慮すると王妃がウェンディに暗殺依頼するほど憎悪の対象とされていたと知れば、優しい姫の御心が傷つくのではないか?
そんな風に僕はウェンディ姫の身の上を聞いて増々彼女が不憫に思えた。




