ダンスパーティーの決死の攻防(3)
※ 2025/10/9 挿入修正済み
◇ ◇ ◇ ◇
突然のパーティー会場にウェンディ姫の暗殺集団が出現したせいで、談笑していた周りのカップルたちも何が起こったのか、前方の騒ぎがまだ良く分かっていないようだった。
──見つけた、ウェンディ姫。
僕は彼女めがけて直ぐに走った。
しかしさすがにデラバイト王国の王女である。
これまで母国で自身が殺められてきた身の危険を察したのか、あたふたと呆けている隣の侯爵子息から1人離れて、その場から逃げようとこちらへ向かって猛然と走ってくる。
「カール様!」
ウェンディ姫が僕に気がついて大声で叫ぶ!
タイガーマスクの僕と、ウェンディ姫の目が合った!
「ウェンディ姫、そのままそこにいて下さい!」
僕は、ウェンディ姫の側に駈け寄ろうとした。
しかし同時に黒装束の男たちが大声を上げてにやりと笑った。
「ふふ、ここにいたのか。ターゲットを探し当てたぞ!」
そうみなすや否や、手に持っていたクリケット大の球を、数個大広間に投げつけた。
広間にコロコロと転がっていく数個の球から突然「シュッ~、シュ~シュシュッ~」と煙がまくような音と異臭が立ち込めた。
たちまち大広間が白い煙に覆われて、僕の視界をさえぎる!
「キャー、何、見えないわ!」
「うあああ、なんだ白くて見えん!」
「くさいわ~、何、なんなの?」
「毒か!俺は死ぬのかー!」
大勢の人々がようやく危険を自覚した。
阿鼻叫喚の如く喧騒となる。その場にいた人々が一斉に動きだした。
「ゴホッ、ゴホっ」と煙でむせ返る人々。
あっという間に、大広間は白い煙で見えなくなっていく。
僕はマスクのせいか、息苦しさがなかったのが幸いした!
「ウェンディ姫、ウェンディ姫!」と何度も大声で叫んだ!
だが。
──駄目だ、返事がない。くそおおおお!
それでも白い煙が渦巻く中、窓ぎわの近辺で「カール様~!」と小さく叫ぶ声が聞こえた。
「!?」
声の方へ振り向くと、黒装束の1人がウェンディ姫の身体を抱えて、ガラスを壊して入った窓から2階の屋根づたいへ姫を連れ去ろうとしていた。
──おのれ、やはり姫がターゲットだったか!
僕はそばにいる黒の侵入者たちと戦っているマルコとネロに向かって
「マルコ、ネロ!姫が連れ去られた! 窓から屋根づたいに逃げる気だ、奴らの後を屋根から追え!」
「「承知しました!」」
とマルコとネロたちは物凄い速さで侵入者の後を追って窓から外へ飛び出し、そのまま長い城の屋根へと軽々飛び移っていく。
2人は元サーカス団のブランコの名手だった。
彼等は兄弟で僕が2年前その技術をかって護衛騎士の秘密結社部隊にスカウトした者たちだ。
ネロとマルコは快く承知し秘密結社部隊に入った。
2人はサーカス団で培った強靱な身体技術でたちまち頭角をあらわしていった。
今では僕の片腕ともいえる頼もしい部下となっていた。
窓から逃げた3人の内の2人は、軽々と屋根をつたって逃げていたが、流石にウェンディを抱えている1人は、女体とはいえドレスの重さが負荷となったのか、屋根を走る動きがだんだん鈍くなっていた。
そして煙突の突き当りの屋根に登った瞬間──。
ちょうどそこはうまい具合に行き止まりとなった。
既に屋根は3階の高さだ。
「曲者、待て──!」
「もう逃がさんぞ!!」
マルコとネロは、ぴょんぴょんと軽やかに跳び乗っていく。
2人はあっという間に侵入者に追いついた。
「ふん、ここまで追ってくる奴が、まさかこの国でいるとはな!」
と黒装束の男はネロとマルコに言い放ち、あろうことか抱きかかえていたウェンディ妃を空へと放り投げた。
「「あっ、姫が!」」
ネロとマルコが同時に叫んだ!
そのまま真っ逆さまに、地上へと落ちていくウェンディ姫。
彼女は男に鳩尾を打たれたのか気絶していた。
ウェンディ姫の空中で乱れた金髪が、満月の夜空にキラキラと煌めく。
その時、僕は黒い奴が最悪、姫を落とすことを見据えて、屋根づたいに走る男たちを地上から追っていた。
そして、姫が叩きつけられる、ほんの何メートルか後ろを走っていた。
──駄目だ、まにあわん、いや、死んでも守る!
「うぉおおおおおおおおおおおおお!!」
一気にスピードを上げて、姫が落ちてくる頭上にスライディングした──!
あわや間一髪間に合った。
僕はウェンディ姫を寸前で抱きかかえることに成功した。
◇ ◇
「ち、くそ──!!」
ウェンディ姫を3階から落とした黒装束の男は、姫を抱きかかえた僕を見下ろしながら舌うちをした。
そのまま屋根から空中で1回転して逃げようとしたが、ネロとマルコたちがその男の腕と足を、ぐっと掴んで飛ばせなかった。
「うわぁあ、痛ってぇええ!」
男がネロたちに、身体を踏まれてのた打ちまわった。
「くそ、離しやがれ……」
「嫌だね、俺らブランコ乗りから逃げれると思うな、アホ黒野郎!」
ネロとマルコの連携プレーで、ウェンディ姫を突き落とした男を捕まえた。
一緒に逃げていた2、3人の男共は残念ながら逃げられてしまったが。
奴らは屋根づたいから、階下に宙を舞うように降りて、そのまま瞬く間に逃げ去っていった。
◇
「姫、ウェンディ姫!大丈夫ですか?」
僕に抱き抱えられたウェンディ姫は、うっすらと目を開けた。
「……タイガー、ああ……カール様……」
「ウェンディ姫、良かった……良かった……はぁ」
思わず僕は大きく息を吐いて、そのまま目がしらが熱くなり瞼をぎゅうっとした。
「……カール様……」
青白いウェンディ姫の表情は、僕のタイガーマスクをじっと見つめてホッと安堵したかのように、力が抜けたのかそのまま瞼を閉じた。
その夜、ダンスパーティーに侵入してきた黒装束は全員男たちだった。
屋根から逃げた何人かを逃したものの、他の10数名は捕まえることができた。
満月の夜の攻防戦は、王室護衛騎士の大勝利に終わった。




